0.5-2

 かくして、俺と安灯あんどう 明歌黎あかりの、妙な関係が生まれ、始まった。

 


 初日に、俺達はいくつかのルールを定めた。



「1. この関係は内緒(別にバレたら解消とかではない)」



「2. 人前では極力、しゃべらないし、名前を呼び捨てにもしない」



「3. 不自然に取られない程度には振る舞う(タメ口とか)」



「4. 密会は図書館の個室、RAINレインのみ」



「5. 図書館の部屋は、なるべく変える」



「6. 最低限の礼儀は払うが、変な遠慮はしない」



「7. 互いのプライバシー、予定、体調などは尊重する」



「8. 休みの日に会うのもり(ただし秘密裏に)」



 とまぁ、こんな感じに。



 その後、これまでのこととか、互いの趣味の話とか、「数学の抜き打ちテストの規則性」だとか、「保険の先生と体育の先生は親密な関係」だとか、そんな感じの話をした。



 他にも、安灯あんどう 明歌黎あかりの七変化りを堪能したりした。

 髪型を変えたり、ちょっと衣装の着方を合わせるだけで雰囲気が変わるのだから、彼女のキャラ・メイクは凄まじいと思う。



 あとは、「どうしても」と強請ねだられたので、恥は承知で、これまでのポエミー紛いのノートを披露したりもした。

 意外とウケたのが、複雑だった。



 そうこうしてる間に帰宅のベルが鳴り、校門前で解散した。

 彼女の前では口が裂けても言えないが、遠ざかる背中を眺めて物悲しくなった。



 翌日。

 マニッシュな衣装を纏った彼女と、町を散策した。



 我が家の位置を教えたり、学校までの最短ルートを伝授されたり、安くて美味しい穴場のグルメに案内されたり、ちょっとだけカラオケに行ったりもした。

 歌の感想を求められ、「上手じょうずだった」と素直に答えた。

 やや寂しそうに「……そっか」と笑う彼女の方が、印象的だった。



 そして、翌日。



「……まんない」



 俺達は、早くも倦怠期を迎えた。



蛍音けいとぉ。

 なんか面白いの書いてよぉ」

「……僕はいつから、君のネコ型ロボットになったんだ」



 人をなんだと思ってるのか。

 第一、おいそれと誰でも出せるようなら、この世界に物書きなんぞ最初から存在しない。



 ……クリエイターなんて最早、絶滅危惧種だけどさ。

 自由に、楽に作れる、『Sleapスリープ』のおかげで。



 それはともかく。

 確かに俺は、あれから二日、まだ書けずにいた。

 取っ掛かりはうっすら見え隠れしているのだが、筆は一向に進まずにいた。



「これじゃあ本末転倒じゃんかぁ……」

「僕は、これでも楽しんでるけど」

「私もだけどさぁ。

 でも、こう……なんか、物足りない」



 それはまぁ、分かる気がした。

 こうしてダラダラ、グダグダしているのも好きだが、進展が見えないのは思わしくない。



「そもそもさ。

 ぼくに問題がるのは確かだが、あなたにも責任はるんじゃないか?」



 読みかけの小説を閉じ、ずっと気になっていた件に触れる。



「本気を見せてくれないのは、あなただって一緒じゃないか」



 安灯あんどう 明歌黎あかりは、芸達者である。

 それなりに勉強も運動も出来できて、フレンドリーで、隠密行動やカモフラージュ、アドリブも得意で計算高い。

 そのどれもに不自然さはいが、逆に言えばリアリティもい。

 器用貧乏止まりとも言える。



 この恋愛飽和時代において。

 彼女は、未だにコクられているらしい。



 か、相手は軒並み、断られたらあきらめるらしい。

 つまり、リベンジを図られるだけの執着を持たれないくらいには、彼女は周囲、そして自分に関心が薄いのだ。

 現に、好かれた回数こそれど、誰かに一途になったことは皆無だとか。

 そういった本音がなんとなく、あるいは如実に取れるから、安灯あんどう 明歌黎あかりみんなの共有財産であり、誰かの彼女にはれていないのだ。



「私の本気かぁ。

 言い得て妙だなぁ」



 やはり他人ごとの調子で、安灯あんどう 明歌黎あかりは言う。



「本気になれる心当たりはるよ。

 でも、君に教えるのは、時期尚早かなぁ。

 今の私は、君に楽しませてしい気分だから」



 自分は俺に本気を求めるくせに、あちらは示さない、チラつかせもしない。



 やはり俺達の関係は不平等で、不鮮明で、不安定で、不健全だ。



蛍音けいとぉ。

 ゲームしなぁい?」



 テーブルに突っ伏しながら、安灯あんどう 明歌黎あかりげる。

 断っておくが、俺はゲーム機なんて持って来てないし、流石さすがに図書館に置いてまではいない。



なんか、こう、さぁ。

 退屈凌ぎになりそうなの、思い付かない?」



 やっぱり彼女は、俺に多くを望みぎというか、便利に扱いぎではないだろうか。



「……るけど?

 一つだけ」



 もっとも、俺も俺で、甘いけど。



なになにっ!?」



 ガバッと起き上がり、瞳を輝かせ、虹色のオーラを放つ安灯あんどう 明歌黎あかり

 ここまで無邪気な彼女を見るのは新鮮で、思わず吹き出しそうになった。



「『ヘッド・ハント』ってゲーム。

 前に読んでた小説で、文芸部に所属する主人公とヒロインが遊んでた」

なにそれ、面白そうっ!

 でかした、蛍音けいと!」

「……ぼくの手がらじゃないし。

 褒めるのは、せめて概要聞いてからにしてくれない?」



 せかせかしている彼女に向けて、俺はルール説明を開始する。



「1. ヘッド・ハントとは、簡単に言えば『イニシャル合戦』である」



「2. プレイヤーは、一つのイニシャルから、いくつかのワードを紙に書く(分かりやすように、イニシャルは大文字にする)」



「3. 用意する手札の枚数ごとに、シンキング・タイムは一分とする」



「4. 出来できたワードは、相手にバレないようにする(トランプのように隠して構える)」



「5. カードを中央に置き、『格好かっこいい』『負けた』『強い』などといった具合に、より相手を洗脳し、打ち負かした方が勝ち」



「6. 雰囲気やニュアンス、補足などで印象操作するのもり」



「7. 嘘は原則禁止」



「8. 相手プレイヤーの出したワードが分からなかった場合のみ、調べる権利が与えられる」



「9. 負けたカードは墓地行き。二度と使ってはならない」



「10. 相手のカードをすべて墓地送りにしたプレイヤーは、そのゲームの勝者となる」



「11. 人名や、長々とした注釈のるワードは禁止」



「12. 勝ったカードは勝利席に置き、手札を失うまで手元には戻らない」



「13. 勝利席に他の手札をすべて置いた状況で最後の一枚を出した場合、特例として勝利とする」  



「14. 先行・後攻は、じゃんけんで公平に決める」



「15. バトルに勝った方が、次のターンで先行になる」



「16. センターに置いたワードは、かならず読み上げる。おこたった場合、不戦敗扱いになる」



「17. 書き損じもアウト。なお、シンキング・タイム中なら調べることも可能。ただし、相手に尋ねたり確認したワードは、使用不可(実際に使っても不戦敗)」



「18. 最後の一枚を場に出したら、『ハント』と宣言する(UN○みたいな感じ)」



「19. パスもり」



「とまぁ、こんな感じに。

 語彙力、精神力、適応力、集中力、知力が求められるゲーム。

 どう?

 理解した?」

「私、『A』!」



 ……もう少し俺の話に耳を傾けてくれてもばちは当たらないんじゃないかなぁ。



「……じゃあ僕は、『K』で。

 最初だしトライアルって感じで、制限時間は三分、手札は三枚ね」

「ヤー!」

なんで英語?」



 形から入るタイプなのだと納得し、すでに紙に書いている彼女にならい、俺もワードを用意する。



 互いのカードを用意し、じゃんけんによって安灯あんどう 明歌黎あかりが先行となる。

 そしていざ、頭文字合戦ヘッド・ハントの幕開けである。



「行っけぇ!

 私の、『Acel』!!」



 存外ノリノリな彼女が、カードゲームやメンコのテンションで、センターに最初のワードを叩き付ける。

 跳ね返り、裏返しになったカードを表面にして戻し、俺は手札を見る。



 こちらが用意したのは、『King』、『Kind』、『Knowledge』の三枚。

 ここで勝てそうなのだと。



「『Knowledge』。

 知識がいと、どんなアクセルも無駄。

 あと、スペル間違えてるから、そもそも不戦敗」



「ぐはっ!」



 何故なぜかダメージを受け、何故なぜか胸を押さえ、何故なぜか口元を拭う安灯あんどう 明歌黎あかり

 思ってたより楽しんでて笑いそうになった。 



「くっ……!

 やるねぇ、蛍音けいと……!

 流石さすがは、私の見込んだライバル……!」

「主催者だし。

 じゃあ、このバトルは僕の勝ち。

 はい次、『King』」


 

 勝った『Knowledge』を勝利席に置き、ここで現状の、王道チックな最強カードを出す。

 これで勝ったあと、最後に『Kind』を出せば、俺の勝ち。

 仮に『King』で負けても、情で訴える『Kind』なら、そう容易くは負けはしない。

 


 そんな感じで、考案者の意地を見せた結果、ダーティな戦法を取る。



 さて、安灯あんどう 明歌黎あかりは、どんなワードで、どんな手で打って出るか。



「……甘いよ、蛍音けいと

 君の未来は予測、検索済みだ」



 不敵に微笑ほほえみ、意味もくカードを天高く掲げ、安灯あんどう 明歌黎あかりは再びテーブルに叩き付ける。



「唸れ……!

 私の……『Ace』ぅっ!!」

なにっ!?」



 エース。

 それは、トランプでは『K《キング》』の上位互換になり得る存在。

 となれば流石さすがに、このターンは譲らなくてはならない。



田坂たぁざか蛍音けいつぉ!

 きーみは、君が思ってる以上にぃ!

 思考がぁ……ぉぉぉみやすいんだよぉぶぇははははぁっ!

 ブーンッ!!」



 詳細は不明だが、完全に元ネタありきで、おどろおどろしく不気味なポーズを取り、リズムも滅茶苦茶に煽って来る安灯あんどう 明歌黎あかり

 この人、仮にも学園のマドンナなんだが……。

 ちょっとキャラ崩壊しぎじゃないだろうか……。

 


 それはさておき。

 彼女は思ってた以上に、このゲームを理解し、勝ちに来ている。

 こちらの手の内を読み、相性を考慮し、道筋も立て、それでいてダミー、ブラフも欠かさない。

 明らかに、ビギナーズ・ラックなんかじゃない。



 俺達は今、先程までの自堕落さ、無計画さも忘れるほどに、偶発的に引き起こされた遊びに、本気で没頭している。

 この状況が、可笑おかしくて堪らない。

 


 けど、腑にも落ちた。

 スポーツマン・シップに則り、公平、盤石を期し、無我夢中、無邪気に没頭し、いさぎよかろうと未練たらたらだろうと、敗者は勝者を称える。

 元来、互いの本気、本質、本音を出し合う場として、ゲームは打って付けなのだ。

 最近でこそ、切断厨だのチーターだのガチ勢だのニワカだの効率厨だのエンジョイ勢だのヌル勢だの火力厨だのエアプ勢だの、ともすればマナーが足りないゲーマーが増えつつあるけど。



 なにはともあれ。

 これで、一勝一敗。

 次のターンで相手をくだし、勝利席から呼び戻した手札を置いたプレイヤーが、勝者にランク・アップする。



 前のターンで勝った安灯あんどう 明歌黎あかりが、最後のワードを置く。

 今までとは真逆に、しおらしく。

 さながら、茶道部が点いた粗茶のように。



 ……なにか仕込んで、仕掛けて来たな。

 瞬時に察知した俺は、気後れしながら、中央のバトル・フィールドを見下ろし。

 


 そして、後悔した。

 自分は二戦目……いや。

 始まる前から、彼女に負けていたのだと。

 最初にイニシャルを選んだ、あるいはルール説明の時点で、すべて、彼女に掌握されていたのだと。



 きっと、内側ではガッツポーズし高らかに笑っているに違いない彼女は、いじらしく頰を蒸気させ、髪を意図的に掻き分け、艶めかしく前傾姿勢を取りながら、とどめ。

 最後のワードを、読み上げる。



「『Adult』よ、坊や。

 は……ハント……」

「……」



 ちーん……というBGMがおあつらえ向きなほどに倒れる俺。

 気絶しかけており、呂律も思考も回らず、最後の一枚を握ることすら敵わず、無様に平伏す。



「よっと」



 色気付いたオーラ、続けざまに出したシャイネスを掻き消し、普段の人懐っこいモードに戻った安灯あんどう 明歌黎あかり

 そのまま、俺の落とした手札を拾い、したり顔で、俺の頭をペシペシとカードで叩く。



「私の演技力に勝つには、まだ君は優しさが足りてないかなぁ」



 ……どうしよう。

 想像の百倍は、悔しい。

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