第0.5夜「テイメイ」

0.5-1

 課題やテストも終え、俺は夏休み中、暇になってしまった。

 上述の通り、交友関係を築こうとは思うのだが、前回のトラウマのダメージが深く、当分の間は、誰かと親しくなるのは難しそうなのだ。



 こうなった以上、俺に出来できるのは、ただ一つ。

 いつか、誰かと仲良くなるために、少しでも語彙力、コミュ力、メンタルを磨き上げることだ。

 


 そのためにも、自分の心と向き合うべく、言葉を書きたいと思う。

 が……あの日から、文字は止まったまま。

 前みたいに、感想を羅列することさえ、困難に思えてならない。



 けど。

 それでも、やらなきゃならない。

 もう、あんな悲しい思いはしたくないし、ジジとババに寂しい思いもさせたくない。



 そんな気持ちとは裏腹に、ノートは相変わらず白紙のまま。

 まるで、なんだかんだといいつつ空っぽなままの、俺の心の縮図のようだった。



 彼女と出会ったのは、そんな時だった。



 風に靡く、キラキラした長い髪。

 スパッツが必須なほどに短いスカートが特徴的な、向日葵がらのワンピース。

 どこか遠くを見詰める、大人びた、憂いを帯びた眼差し。

 わずかに汗が滴る首筋。

 校門に寄りかかっているだけで絵になる立ち振る舞い。

 


 明らかに異質な存在感を放っていた存在に見惚みとれていると、こちらと不意に目が合い、かと思えば近付いて来た。



「遅刻だよ、寝坊すけさん」



 悪戯に微笑ほほえみながら、初対面のはずなのに、彼女は俺の鼻をツンッと軽く押して来た。

 わけが分からず混乱していると、彼女も首を傾げる。



「もしかして、聞いてない?

 私の事」



 嘘をいても仕方がいので正直にうなずく。

 女性は、眉間に皺を寄せる。



「……サプライズってことか。

 まったく……年寄りを身内に持つと、苦労するよね。

 お互いにさ。

 どっちも祖父なのに、老婆心出しちゃってさ」



 やや毒づいたあと、女性は胸に手を当て、笑顔を取り繕った。



「じゃあ、仕切り直して。

 初めまして。けん、改めまして。

 私は、3年の、安灯あんどう 明歌黎あかり

 驚くべきことに、2年の時点で『Sleapスリープ』者に就職が決まってる、学園の才媛。

 で、君のお祖父じいちゃんの親友かつ、ここの理事長の孫娘だよ。

 今日は、祖父に頼まれて、君のための一日ガイドに任命されたの。

 で、『異性と会う以上、こっちもバシッと決めないとっ! 』って張り切ってたんだけど。

 待てども待てども君が来ないから退屈……失敬。

 ちょっと困ってたんだ。

 でも、まぁ……事情を聞いてなかったんなら、仕方がいっか。

 なにはともあれ。

 えず、よろしくね?

 田坂たざかくん」



 気持ちを切り替え終えたらしく、こっちまで釣られそうな笑顔で、先輩は右手を差し伸べて来た。

 ……さっきまで、胸の上に置かれていた手で。



 やや迷ったすえに、軽く頭を下げつつ、先輩と握手した。

 別に変な、他意はいだろうし、ここで応えないのは不自然だし、先輩が出して来たのだから、問題にはならないだろう。



 学校を回りがてら、先輩は色んな所を教えてくれた。



 年齢、性別の枠を超えて、生徒も先生も皆、気さくで仲が良い所(実際、先輩は明るくて優しく親しみやすい)。

 食堂が安くて美味しく、メニューも豊富で、おかわり大盛り無料な所。

 休憩時間は勿論もちろん、朝や放課後にも購買が営業している所。

 かろうじて進学校を名乗っているけれど、そんなに偏差値も校則も部活も 厳しくない所。

 ゲームやスマホ、漫画などを持ち込んでもお咎め無しな所(流石さすがに授業中に楽しんだりは出来できないが)。

 屋上が開放されており立ち入りが自由な所。

 展望台がって、許可さえ降りれば天体観測が可能な所(ちなみに、校長にいたく好かれた結果、俺は無断で入れるようになった)。

 予約制ではあるが、映画館並みのシアターもる所(ちなみに俺は無断で以下略)。



 先輩が伝授してくれた、新しい高校のい所は数あれど、中でも特に、高らかに売り出すポイント。

 それは、図書室ではなく図書館がる所だと、勝手に思っている。



 グラウンドの横に建っている図書館は中々の敷地面積を誇り、蔵書数は述べ十万以上。

 勉学の本のみならず、ラノベや漫画も置いてある他、(私物も含め)DVDも観られる防音の個室もあるなど最早、漫画喫茶、無料なのか疑わしいレベルである。



 これは間違いく入り浸りそうだな、と確信した。



「気に入った?」



 そんな本心を見抜かれたらしい。

 図書館の、二人だけの個室で先輩が、何故なぜか楽しそうに、テーブル越しに見て来た。



「ここ、私も好きなんだ。

 静かで、広くて、居心地いごこちくって。

 なにより、個室完備。

 私、もう進学決まってて余裕有るから、すっかり常連だし。

 ま、そんな暇人だから、お祖父じいちゃんに仰せつかったんだけどね」



 かすかに照れながら自嘲する先輩。

 作り込んでるなぁと思った。

 まるで、彼女自体が、一冊と書物のようだ。

 


 この人と親密になるのは好ましくない。

 俺の直感が、そう強く高らか、しきりに警笛を鳴らす。



 い人だとは思う。

 祖父(それも校長)の命とはいえ、受験もく手持ち無沙汰とはいえ、見ず知らずの無愛想な後輩のために、ここまで的確に、笑顔で学校を案内するなんて、誰でも出来できことじゃない。

 どう考えても、彼女の人がらってこそ成せる荒業である。



 けど、彼女がい人だと分かってるからこそ、余計に実感する。  

 この人とは、最低限の距離を維持するに限る。

 さもなくば、俺は彼女にきっと、陶酔、傾倒してしまう。

 彼女の迷惑になってしまう。


 

 初恋の経験なんてくても、分かる。

 このままでは、きっと俺は、彼女を好きになってしまう。

 それも、無益に。

 大した理由も、オリジナリティも、勝算も賞賛もいままに。



 今日、学校を歩き回っている間、彼女は引切り無しに声をかけられ、その一つ一つにつぶさに応えていた。

 彼女は、自分とは何もかもが違う人種なのだ。

 俺みたいな凡人、日陰者などが惚れ込んで、つけ込んでい道理はい。

 今日、このガイドが終われば、擦れ違った時に挨拶するくらいの、ライトな関係に収まらなければならない。

 


 そう、予期していたのに。



「ねぇ。

 田坂たざかくんって、好きな人、る?」



 気付けば方の触れ合う位置に移動していた先輩が、真横から尋ねて来た。

 思わず発声してしまいそうになったのを耐え、答える。



 ……狙ってるのか、この人は。

 いくなんでも、タイムリーぎるだろ。



「……まだ通い始めてさえいないので、分かりません」



 素気すげなく返す。

 捻くれてるなぁとでも言いたに、先輩は笑った。



「君、綺麗で可愛い声してるね。

 中性的な顔立ちからして、そうだと思った。

 ちょっとアンニュイなのも、くすぐられる」



 瞬間、口を抑えた。

 たばかられたのだと、今更ながら理解した。

  



「そうやって、年下を意図的に意味深に揶揄からかって、えつろう、母性なり庇護欲なりを満たそうって魂胆ですか?」

「ごめん、ごめん。

 引っ掛けたのは確かだけど、興味ったのも本当ほんとうだよ。

 私も、年頃だから。そういうのには、目がいんだ。

 特に異性となんて普段、こういう話、出来でき機会無いし。

 切り出したが最後、擦り寄られるのが目に見えてるし」


 

 分からなくはなかった。

 今日こうして、俺と会ってくれていた、先輩の真意も。

 先輩が、消え入りそうな、窮屈、退屈、鬱屈そうな笑みを浮かべる、その理由も。



 ゆえに、自分なりに答えたくなった。

 俺と先輩は、孤独だにていると直覚したから。



「……別に、どこも楽しく、面白くない話ですよ」

「話自体はるんだ?」



 ……やっぱり苦手だ、この人。

 是が非でも、俺から恋バナを引き出す心積もりか。

 こっちは、遠回しに難色示してるってのに。



 ……仕方しかたい。

 こうなったら居直る、あるいは開き直る他無い。



 俺は、転校までの経緯を、掻い摘んで先輩に話した。

 といっても、ジジとババに聞かせた時の使い回しだが。

 先輩は終始、無言で聞いていた。



「……以上が、僕の話です。

 言ったでしょ?『面白くない』って。

 僕は、そういう、アレな人種なんですよ。

 事前に聞いていなかったとはいえ今日、学校を案内してくれたことには、感謝します。

 けど、もう大丈夫です。

 僕のことは、っといてください」



 そんな言葉で結び、男として非常識なのを百も承知で、先輩を一人、部屋に残して去ろうとする。



「……格好かっこいよ」



 彼女から離れんとした足が、ピタリと止まった。

 振り返った先にた先輩は、涙を流し、悔しそうに、羨ましそうに笑っていた。



 初めて、先輩の本当ほんとうの笑顔に、触れた。

 そう思う俺は、やっぱりいびつなのかもしれない。 



「君は……強いね。

 私だったら、そんなふうには、一人じゃられないし、選べない……。

 そんな黒歴史、出会った間もい、年上の異性になんて、絶対ぜったいに言えないや……」

「……そりゃそうでしょ。

 ドン引きされるに決まってるんだから」

「でも君は、それも全部分かってて、なのに私に打ち明けてくれた。

 適当に誤魔化ごまかしたり、無言を貫くことだって、出来できはずなのに」

「先輩に嫌われたいがためです。

 生憎あいにく、そんなアドリブかませるほど、器用じゃないんですよ。

 もっとも効率的、効果的な策を講じただけです」

「じゃあ、どうして、まだ足掻いてるの?」



 言い訳にばかり使われていた口が、ここに来て動かなくなった。

 先程までの、対人用のハイライトを失った先輩の、ベタ目が俺を捉える。

 


 答えろ、と。

 逃がすものか、と。



「君は言葉を、心を、自分を求めたばっかりに、悪口を浴びせらたのがトラウマになった。

 ならなんで、また試みるの?

 悲劇を繰り返すだけかもしれないのに」

「執着心がいからですよ。

 ぼくは、なににも本気になれない。

 心が真面まともに機能しないから、受けるショックさえ一過性。

 ゆえに、性懲りもく、また同じ方法で、同じあやまちを繰り返さんとする。

 他に、方法が見付けられないから。

 挫折するための感情さえ、持っていないから」

「それは、君が他の人間を、本当ほんとうの自分を、本気を知らないからだよ」



 カップに入った紅茶に映る、自分の悲痛そうな顔。

 それを見下ろしながら、先輩はげる。



「君はまだ、『小説を書くための材料、武器、引き出し』がいに過ぎないんだよ。

 血縁者である以上、家族は他者としては、自分と同一としてしか扱えない。

 かといって、円滑なコミュニケーションが図れなければ他人に興味なんて持てないし、秀でたスキル、役割がい以上、関心を持たれもしない。

 早い話、今の君には、『誰かと共に過ごした時間』、『人生経験』が足りないんだ。

 付け加えるなら、『それを補ってあまる、卓越した想像力と文才、知名度や権力やコネ』もい。

 致命的に、決定的に。

 誰かと本気で向き合ったこといから、生きてる実感が沸かなくて、自分にも趣味にも本気で打ち込めてない。

 だから」



 視線を上げ、俺を見据え、先輩はぐに伝える。



「私を、『君の一部』、『小説の題材』にすればい。

 これからも一緒に過ごして、その中で私を分析、解析し、それを小説に落とし込んで行けばい。

 私が『他人以上』、君にとっての『他者』になる。

 君の紡いだ言葉、物語、世界を通して。

 私は、本当の私を知りたい。

 本人、本物になりたい。

 君が、君の言葉を通して。

 君を、君の心を知りたがったように」



 言ってる意味が、分からかった。

 一体、彼女は何を言っているのだろう。



 自分を分析、解析?

 自分を題材に、小説を書け?

 


 現代なら、『Sleapスリープ』内でなら、誰でも容易に可能だろうに。

 今まで一作、一話、プロローグやプロット、設定さえろくに作れなかった、ワナビ如何いかの存在に、そんな要求をするなんて。

 どう考えても、普通じゃない。



 万が一、まかり間違って、そんなことが叶ったとして。

 面白さとか整合性とか度外視して、一本を作り上げてしまったとしたら。

 それはもう『小説』なんかじゃない。

 ただの、『熱烈なプロポーズ』に他ならない。



 彼女の意図は垣間見えた。

 けど、本音までは辿り着けていない。

 なんでそうまでして、俺とつながってたいと欲する?

 こんな面倒なの、無視すればいのに、何故なぜしない?



 けど一番いちばん、分からないのは……そんな謎、怪しさだらけの彼女を『面白い』と思ってしまっている、今の俺の心境だ。



「くっ……あはははははははっ!!」



 初めてだった。

 誰かと一緒にて、笑ったのも。

 こんなふうに、悪役染みた笑い方をするのも。

 ここまで清々すがすがしい開放感に包まれるのも。



 面白い。

 面白い、か。



 そう感じてしまった以上、もう認めざるを得ない。

 俺は彼女に惹かれていて、彼女は俺に必要な、まだ俺が持ってない大切な『何か』を持っているのだと。

 俺は、その得体の知れない『何か』が、どうしてもしい、手に入れなくてはならないのだと。



「……乗ったよ。

 君を、僕の『物語』にする」



 もう、『先輩』だなんて思わない。

 ここまでたずさわったからには、そんな他人行儀な、当たり障りない、的外れな、不釣り合いな呼び方はしない。

 これからは、俺の小説のモデル、安灯あんどう 明歌黎あかりとして接して行く。



い答えだね。

 じゃあ、『蛍音けいと』。

 これから、よろしくね」



 これが最初と言わんばかりに、白々しく、晴れやかな、それでいて含みのぎる顔で握手を要求する安灯あんどう 明歌黎あかり

 


 あぁ……今日という日を、安灯あんどう 明歌黎あかりに出会ってしまったことを、俺はきっと、一生後悔する。

 彼女に出会いさえしなければ、きっと俺は言葉とか小説とか心の探求なんか見限って、平々凡々な毎日を満喫出来できただろうに。



 無欲で無駄。

 無知で無色。

 無味で無臭。

 無援で無縁。

 無音で無心。

 無感で無我。

 無害で無益。

 厚顔無恥で無病息災。

 無手勝流で無念夢窓。

 無始無終で無為無能に。

 


 今更、そんな未来は、無理だけど。

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