第0.5夜「テイメイ」
0.5-1
課題やテストも終え、俺は夏休み中、暇になってしまった。
上述の通り、交友関係を築こうとは思うのだが、前回のトラウマのダメージが深く、当分の間は、誰かと親しくなるのは難しそうなのだ。
こうなった以上、俺に
いつか、誰かと仲良くなる
その
が……あの日から、文字は止まったまま。
前みたいに、感想を羅列する
けど。
それでも、やらなきゃならない。
もう、あんな悲しい思いはしたくないし、ジジとババに寂しい思いもさせたくない。
そんな気持ちとは裏腹に、ノートは相変わらず白紙のまま。
まるで、
彼女と出会ったのは、そんな時だった。
風に靡く、キラキラした長い髪。
スパッツが必須な
どこか遠くを見詰める、大人びた、憂いを帯びた眼差し。
校門に寄りかかっているだけで絵になる立ち振る舞い。
明らかに異質な存在感を放っていた存在に
「遅刻だよ、寝坊すけさん」
悪戯に
「もしかして、聞いてない?
私の事」
嘘を
女性は、眉間に皺を寄せる。
「……サプライズって
お互いにさ。
どっちも祖父なのに、老婆心出しちゃってさ」
やや毒づいた
「じゃあ、仕切り直して。
初めまして。
私は、3年の、
驚くべき
で、君のお
今日は、祖父に頼まれて、君の
で、『異性と会う以上、こっちもバシッと決めないとっ! 』って張り切ってたんだけど。
待てども待てども君が来ないから退屈……失敬。
ちょっと困ってたんだ。
でも、まぁ……事情を聞いてなかったんなら、仕方が
気持ちを切り替え終えたらしく、こっちまで釣られそうな笑顔で、先輩は右手を差し伸べて来た。
……
やや迷った
別に変な、他意は
学校を回りがてら、先輩は色んな所を教えてくれた。
年齢、性別の枠を超えて、生徒も先生も皆、気さくで仲が良い所(実際、先輩は明るくて優しく親しみ
食堂が安くて美味しく、メニューも豊富で、おかわり大盛り無料な所。
休憩時間は
ゲームやスマホ、漫画などを持ち込んでもお咎め無しな所(
屋上が開放されており立ち入りが自由な所。
展望台が
予約制ではあるが、映画館並みのシアターも
先輩が伝授してくれた、新しい高校の
それは、図書室ではなく図書館が
グラウンドの横に建っている図書館は中々の敷地面積を誇り、蔵書数は述べ十万以上。
勉学の本のみならず、ラノベや漫画も置いてある他、(私物も含め)DVDも観られる防音の個室もあるなど最早、漫画喫茶、無料なのか疑わしいレベルである。
これは間違い
「気に入った?」
そんな本心を見抜かれたらしい。
図書館の、二人だけの個室で先輩が、
「ここ、私も好きなんだ。
静かで、広くて、
私、もう進学決まってて
ま、そんな暇人だから、お
作り込んでるなぁと思った。
まるで、彼女自体が、一冊と書物の
この人と親密になるのは好ましくない。
俺の直感が、そう強く高らか、
祖父(それも校長)の命とはいえ、受験も
どう考えても、彼女の人
けど、彼女が
この人とは、最低限の距離を維持するに限る。
さもなくば、俺は彼女にきっと、陶酔、傾倒してしまう。
彼女の迷惑になってしまう。
初恋の経験なんて
このままでは、きっと俺は、彼女を好きになってしまう。
それも、無益に。
大した理由も、オリジナリティも、勝算も賞賛も
今日、学校を歩き回っている間、彼女は引切り無しに声をかけられ、その一つ一つに
彼女は、自分とは何もかもが違う人種なのだ。
俺みたいな凡人、日陰者などが惚れ込んで、つけ込んで
今日、このガイドが終われば、擦れ違った時に挨拶する
そう、予期していたのに。
「ねぇ。
気付けば方の触れ合う位置に移動していた先輩が、真横から尋ねて来た。
思わず発声してしまいそうになったのを耐え、答える。
……狙ってるのか、この人は。
「……まだ通い始めてさえいないので、分かりません」
捻くれてるなぁとでも言いた
「君、綺麗で可愛い声してるね。
中性的な顔立ちからして、そうだと思った。
ちょっとアンニュイなのも、
瞬間、口を抑えた。
「そうやって、年下を意図的に意味深に
「ごめん、ごめん。
引っ掛けたのは確かだけど、興味
私も、年頃だから。そういうのには、目が
特に異性となんて普段、こういう話、
切り出したが最後、擦り寄られるのが目に見えてるし」
分からなくはなかった。
今日こうして、俺と会ってくれていた、先輩の真意も。
先輩が、消え入りそうな、窮屈、退屈、鬱屈そうな笑みを浮かべる、その理由も。
俺と先輩は、
「……別に、どこも楽しく、面白くない話ですよ」
「話自体は
……やっぱり苦手だ、この人。
是が非でも、俺から恋バナを引き出す心積もりか。
こっちは、遠回しに難色示してるってのに。
……
こうなったら居直る、
俺は、転校までの経緯を、掻い摘んで先輩に話した。
といっても、ジジとババに聞かせた時の使い回しだが。
先輩は終始、無言で聞いていた。
「……以上が、僕の話です。
言ったでしょ?『面白くない』って。
僕は、そういう、アレな人種なんですよ。
事前に聞いていなかったとはいえ今日、学校を案内してくれた
けど、もう大丈夫です。
僕の
そんな言葉で結び、男として非常識なのを百も承知で、先輩を一人、部屋に残して去ろうとする。
「……
彼女から離れんとした足が、ピタリと止まった。
振り返った先に
初めて、先輩の
そう思う俺は、やっぱり
「君は……強いね。
私だったら、そんな
そんな黒歴史、出会った間も
「……そりゃそうでしょ。
ドン引きされるに決まってるんだから」
「でも君は、それも全部分かってて、なのに私に打ち明けてくれた。
適当に
「先輩に嫌われたいが
「じゃあ、どうして、まだ足掻いてるの?」
言い訳にばかり使われていた口が、ここに来て動かなくなった。
先程までの、対人用のハイライトを失った先輩の、ベタ目が俺を捉える。
答えろ、と。
逃がすものか、と。
「君は言葉を、心を、自分を求めたばっかりに、悪口を浴びせらたのがトラウマになった。
なら
悲劇を繰り返すだけかもしれないのに」
「執着心が
心が
他に、方法が見付けられないから。
挫折する
「それは、君が他の人間を、
カップに入った紅茶に映る、自分の悲痛そうな顔。
それを見下ろしながら、先輩は
「君はまだ、『小説を書く
血縁者である以上、家族は他者としては、自分と同一としてしか扱えない。
かといって、円滑なコミュニケーションが図れなければ他人に興味なんて持てないし、秀でたスキル、役割が
早い話、今の君には、『誰かと共に過ごした時間』、『人生経験』が足りないんだ。
付け加えるなら、『それを補って
致命的に、決定的に。
誰かと本気で向き合った
だから」
視線を上げ、俺を見据え、先輩は
「私を、『君の一部』、『小説の題材』にすれば
これからも一緒に過ごして、その中で私を分析、解析し、それを小説に落とし込んで行けば
私が『他人以上』、君にとっての『他者』になる。
君の紡いだ言葉、物語、世界を通して。
私は、本当の私を知りたい。
本人、本物になりたい。
君が、君の言葉を通して。
君を、君の心を知りたがった
言ってる意味が、分からかった。
一体、彼女は何を言っているのだろう。
自分を分析、解析?
自分を題材に、小説を書け?
現代なら、『
今まで一作、一話、プロローグやプロット、設定さえ
どう考えても、普通じゃない。
万が一、
面白さとか整合性とか度外視して、一本を作り上げてしまったとしたら。
それはもう『小説』なんかじゃない。
ただの、『熱烈なプロポーズ』に他ならない。
彼女の意図は垣間見えた。
けど、本音までは辿り着けていない。
こんな面倒なの、無視すれば
けど
「くっ……あはははははははっ!!」
初めてだった。
誰かと一緒に
こんな
ここまで
面白い。
面白い、か。
そう感じてしまった以上、もう認めざるを得ない。
俺は彼女に惹かれていて、彼女は俺に必要な、まだ俺が持ってない大切な『何か』を持っているのだと。
俺は、その得体の知れない『何か』が、どうしても
「……乗ったよ。
君を、僕の『物語』にする」
もう、『先輩』だなんて思わない。
ここまで
これからは、俺の小説のモデル、
「
じゃあ、『
これから、
これが最初と言わんばかりに、白々しく、晴れやかな、それでいて含みの
あぁ……今日という日を、
彼女に出会いさえしなければ、きっと俺は言葉とか小説とか心の探求なんか見限って、平々凡々な毎日を満喫
無欲で無駄。
無知で無色。
無味で無臭。
無援で無縁。
無音で無心。
無感で無我。
無害で無益。
厚顔無恥で無病息災。
無手勝流で無念夢窓。
無始無終で無為無能に。
今更、そんな未来は、無理だけど。
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