0-4

 駅まで歩き、電車に乗り、下車したのは、どこか覚えのる場所だった。



 ……なんでだろう。

 ここを、知っている気がする。

 昔、来たことるよーな……懐かしいよーな……。



 ジジに従い、やがて到着し。

 俺は、十年越しの記憶を、鮮明に呼び覚まされた。



 そこは、父さんと母さんと暮らしていた実家。

 二人が亡くなってから、なくなく売り払った場所。

 そのはずなのに……あの頃に酷似したデザインで、同じ場所に、確かに立っていた。



「……大分待たせて、すまんかったな、蛍音けいと

 本当ほんとうは、もっと早く買い直すもりだったんだが、上手くいかんかった。

 ここが、お前の本当ほんとうの居場所。

 俺達の帰るべき、新しい家だ」



「あ……」



 二人が玄関の前で、先を譲る。

 俺は、無心でそこを抜け、ドアを開け、中に入る。



「あぁ……!」



 同じだ。

 あの頃と、ほとんど同じ。

 部屋の配置も、家具も、温もりも、匂いも、安心感も。

 なにもかもが、遜色無い。



 完璧に、忠実に、再現してる。

 職人技としか、認めようい。



 気付けば俺の顔は、うれし涙でグシャグシャになっていた。



「どうだ?

 気に入ったか? 新居は」



 俺に続いて上がって来たジジが、意地悪な表情を見せる。



「さて、蛍音けいと

 改めて、問おうか。

 ここに、俺達と住むか?」



 そんなの……いに、決まってる。

 断れるはずいじゃないか。

 こんなの……反則にも、ほどる。

 こんなん奥の手出されたら、言い包められる他無いじゃないか。



「っ!!」



 以前として、言葉は出ない。

 今の俺から出るのは精々せいぜい涙位くらいだ。

 となれば、行動で示すしかい。



 全身で感謝を伝えるべく、俺はジジに勢い良く抱きついた。

 ジジは、危うく倒れかけたが、少しして俺を抱き締めてくれた。

 後ろからババが、穏やかに見守っていた。



 そのタイミングで、ピンポンが鳴った。



「ちょっと早いけど、引越し祝いに出前を頼んでいたの。

 ピザに、ポテトに、フライドチキンに、お寿司に、ラーメンに、ギョーザに、チャーハンに、チーズ・ハンバーグに、ケーキに……。

 ……あら? あとは、なんだったかしら。

 まぁ、いわ。

 かく、覚悟なさい、ケイちゃん。

 お残しは、許しませんからね」



 どこぞの食堂みたいなことを言いつつ、ババがデリバリーの対応に入る。



 顔を見合ったあと、二人して声を上げて笑った。



 その日は、ババの奢りで、たらふく御馳走を食べた。



 それから、およそ一週間後。

 夏休みが始まると同時に、俺達は新居に移った。

 その頃には転校の手続きも完了していて、俺は何度か、学校見学にも行った。



 二人の言う通り、ここなら楽しく過ごせそうだった。



 余談だが。

 その頃には、前の学校が暴行事件を秘匿した件は、世間に取り沙汰されていた。

 権力や恐怖に打ち勝ち、ジジが警察に連絡してくれたおかげで、捜査が進められたのだ。

 


 ニュースになるまで、かなり早かった所を見るに。

 元々、それらしいマークはされていたのではなかろうか。

 きっと、ああいう、社会不適合者、犯罪者紛いのトランスの掃き溜めが、あの学校だったのだろう。



 そういう意味では。

 数ヶ月で、あんな無法地帯から自由になれたのは、僥倖でしかない。



 同様に。

 くだんの生徒の他、やつの両親、学校の関係者の謝罪会見を見て。

 俺は、ようやく救われた気になった。

 スカッとしたというより、溝が埋まった感覚に近かった。



 ほどなくして。

 例の七光りの財閥は解体され、家族揃って逮捕された。

 これからは、真っ当に生きてしいと思った。



 間違っても、『メイテイ』なんかせずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る