0-3

 あの偉そうな立ち振舞から予想していたが、俺に暴行を加えた男子は、御曹司らしい。

 それも、この高校に巨万の富を与えてる出資者だとか。

 ゆえに、今回の件が明るみに出るのは、学校側としては避けたいらしい。

 そんなわけで、しばらく自宅謹慎してしい。

 それから今後は、身勝手な行動は謹んでしいとのこと



 気を失い、保健室のベッドで目を覚ました直後に、そんな話を校長から直々に聞かされた。

 事実確認もせず、心配する素振りも見せず、ただ一方的にまくし立て。

 保護者のジジ、ババを呼ばず、連絡すら取らず、まったく悪びれもせず。

 この感じだと、向こうの父親にも、なにも説明していないらしい。



 そういうことか、と察した。

 あのクラスメートは、『トランス』だったのかと。



 トランス。

 名前の由来は、そのまま『夢現』。

 素行や意地、出来できや性格などの悪さにより、現実と夢の線引きが出来ず。

 抑圧された自尊心を解放し、リアルでも暴力事件を起こしたりするアウトロー。



 『Sleapスリープ』が一般化された現代においても、言うまでもく、これはれっきとした犯罪であり。

 違反者には、公明正大に処罰される。

 


 しかし、実際に検挙された人間は一様に、みずからを棚上げする。

 具体的には、「暴力的な類は問答無用で捩じ伏せる『Sleapスリープ』のセーフティ」の所為せいにする。

 が、その実、本人の生来の粗暴さ、エゴなどが原因となるケースがほとんどで、『Sleapスリープ』自体には罪も害もい。



 むしろ、賄賂わいろや権力に決して靡かず、毅然とした、厳正な態度で臨んでいる。

 そんな『Sleapスリープ』制作陣の姿勢は、敬服する他ない。

 


 のだが。

 どうやら、そうは思わない、卑しい人種は残存しているらしい。



 あれほどまでの鮮烈な嗜虐性、自尊心、ストレス。

 どう見ても、一介の高校生の出せる物々しさではない。

 そして学校側も薄々、気付きづいているのに、野放しにしてる。

 あいつや俺の家族は勿論もちろん、警察にすら隠蔽したいのだろう。



 根っこから腐っているんだなぁと、ぼんやり思った。



 こうなった以上、流石さすがにここにはられない。

 こんな場所に通っていたら、次こそは本当ほんとうにゴールしてしまう。

 生きるのは億劫だけど、なにも、今ぐにでも死にたいわけじゃない。

 極力、平穏に暮らしたい。



 となれば……俺が取るべき行動は、一つ。



「……ジジ。

 ……ババ。

 ……ちょっと、い?」



 帰って来て早々に、二人に包み隠さず明かした。

 ジジは、大好きな音楽番組を付けていたテレビすら消して、合いの手を挟んだりもせず、真顔で、俺の言葉に耳を傾け続けてくれた。

 ババは、俺の隣に座り時折、俺の手を握ったり、頭を撫でたり、抱き締めたり抱き寄せたりしながら、静かに涙を流していた。



「……ケイちゃん。

 く頑張ったわね。

 く、耐えた。

 仕返ししたり、しなかった。

 偉かったわね、ケイちゃん」



 一通り話し終えた頃、最初に口を開いたのは、ババの方だった。

 まるで美談のように語るババの様子ようすに、なんだか体裁が悪くなってしまった。



「……んじゃないよ、ババ。

 んだよ。

 俺は、小心者だから」

「それは、あなたがい子だからよ。

 本当ほんとうに、く頑張ったわね。

 さぞかし、辛かった、痛かったでしょうに」



 ババの優しさを受けても、上手く言葉が出なかった。

 代わりに、涙がせきった。




「……蛍音けいと



 俺に近付き、肩に触れ、ジジはぐにげる。



「お前は、間違ってない。

 なんも、断じて間違ってない。

 お前は、なにも悪くない。

 婆さんの言う通りだ。お前は優しく、そして強い。

 今回の件は明らかに、そのボンボンと学校側の過失。

 延いては俺達の責任だ」



「そんなっ……!!」



 最後の一言だけは流石さすがに異を唱えたくて、聞き捨てならなくて、思わず立ち上がる。

 が、ババに止められ、座り直す。



「……すまんかった。肝心な時に、力になれんで。お前を、助けられんで。

 俺達に残されたのは、もうお前しかないのに。

 お前は、俺達の息子とむすめが残してくれた、最後の、掛け替えのい宝なのに」



「そうよ、ケイちゃん。

 困ってたら、ちゃんと相談して頂戴ちょうだい

 困ってなくても、どんな些細なことでもいから、ちゃんと話して頂戴ちょうだい

 家族なんだから」



 ……思い返してみれば、ここに来て、ジジとババに引き取られて十年は経ってるのに、これまでろくに話していなかった。

 


 俺が本当に話すべき場所は、学校ではなかったのかもしれない。



「うん……」



 今度からは、ちゃんと話す。

 なんでもない、なんのオチも面白みも突拍子も取り留めもい、話をする。

 そう伝えたかったのに、相変わらず上手く喋れなかった。



 なまじようやけを掴め始めたタイミングに、膨大な悪意に打ちのめされた結果、今まで以上に、ぎこちなくなってしまったらしい。



蛍音けいと

 お前は、どうしたい?

 ゆっくり、少しだけでい。

 お前の気持ちを、俺達に教えてくれ」



 ジジが、優しく問い掛ける。

 ほんの少し体と口が軽くなった。



「……転校したい。

 あんな怖い所、いやだ」



 あそこは、悪の温床だ。

 禍々まがまがしく刺々とげとげしく寒々しくおぞましい、周りに敵しかない場所。

 もう二度と、御免だ。



 俺は、覚悟を決めた。

 ここまで話が進んだ以上、もう聞き手に徹してはいられない。

 俺が、自分の意思と意志を、きちんと表明しなきゃならないんだ。



「だから、ごめん、ジジ、ババ。

 俺……ここを出る。

 もっと静かな、安全な場所で、自立する」



 今は、初夏。

 もうぐ、夏休みが始まる。

 その間に、電車に乗って、新しい転校先と住居を探せばい。



 ここへ来て、やっと痛感した。

 俺が今まで駄目ダメだったのは、すべてジジとババに任せていたためだ。



 い加減、自立、巣立つべき時が来たのだ。

 そもそも二人は、俺の両親がなくなったばっかりに、図らずも俺を預かってくれたにぎないんだから。

 っても、一人で生活費を賄うのはいくなんでも難しいから、仕送りとかはしてもらうかもだけど。

 せめて一人暮らしくらいは、出来できようにならないと。

 


 かく

 これ以上、二人に、迷惑ばかり掛けられない。

 本来なら二人は、父さんの実家でもある、この家で、バンドマンだった頃の貯金で、のんびり余生を満喫するはずだったんだから。

 俺のために、使わせてちゃ勿体無い。

 それは二人が、二人のために稼いでいたんだから。



「……そうだな。

 俺も、転校に賛成だ。

 ただ、蛍音けいといくつか、条件がる」

なぁに?」



 予想はしてた。

 どんなに格好かっこ付け背伸びした所で、とどのつまり、俺はまだ高校生、子供だから。

 なにかしらの制約を設けられて、しかるべきだ。



ず一つ。

 お前の転入先、新しい住居はもう決めてある。

 お前が近頃も浮かない様子ようすだったんでな。

 もしもの時に備え、校長をやってる幼馴染に、頼んでおいた。

 そんなに偏差値も高くないし一度、婆さんと下見に行ったが、ありゃあい所だった。

 学生も生徒もみんな、笑顔で楽しそうで、見ず知らずの俺達に挨拶したり、遠くから手を振ってくれたり、学校を案内してくれてなぁ。

 こんな老いぼれでも、心から手厚く歓迎されたんだ。

 そこならきっと、お前も馴染めるだろう。

 ここだけの話、夏休みが終わり次第、そっちに転入させるもりだった。

 新しい家からも、歩いて五分もかからんし、遅刻や寝坊、忘れ物をした時には便利だろう」



 ……毎度のことながら、ジジの行動力、用意周到さには、頭が下がる。

 今回は、そのコネ、コミュ力の高さにも唸らされたけど。



「……じゃあ、そこにする」



 迷う余地などかった。

 ジジとババが実際に確かめたのなら、なんの心配もい。

 それに、ジジの知り合いが校長先生なら、溺愛されそうなことくらいしか不安要素がい。



「次に、二つ目。

 バイトは、まだしなくてい。

 お前は最近、ようやっと趣味を見付けられたばかりだ。

 今は、そっちに専念しなさい。

 どうせ、あと数年もすれば、いやでも仕事に時間を奪われるんだ。

 まだ小説を仕事にするもりまではいのなら、今は存分に読むとい。

 きっと、その方が、お前の将来につながる」



「……分かった」



 本当ほんとうは反対したかったが、押し切られてしまった。

 保護者に『将来』なんてワードを出されたら、子供はなにも言えなくなる。



「最後に、三つ目」

 


 さんざDVDで観せられた、焼き付けられた、若かりし頃の、野心に満ちた瞳。

 その輝きを再び宿し、ジジはげる。



「俺と婆さんも、連れて行け。

 もう二度と、お前を一人に、被害者に、孤独になんぞしてたまるか」



「……え……」



 まさかの展開に、絶句する。

 


 そして、気付きづいた。

 すべては、ジジのてのひらの上。

 この条件を最後に持って来たのは、俺の油断を突くため、意図的に仕組まれていたのだと。



「ちょ、ちょっと待ってよっ!」



 無意識に立ち上がり、俺は反論する。

 自分の中に、まだこんなにも感情が眠っていたのかと、驚かされながら。




「この家を、手放すの!?

 ジジとババが、父さんと過ごしてた、この家を!?」

「別に、売りに出すわけじゃない。

 しばらくの間、別荘にするだけだ。

 ご近所さん方にも時々、気にしてもらえるように頼んでるし、定期的に戻って掃除もする。

 それなら、問題るまい。

 そもそも、こんなオンボロな一軒家、誰も手出しなどするまい」



「それはっ、まぁ……そうかもだけどっ」



 そこを出されると、なにも言い返せない。

 確かに、まっくろくろす◯が出てきそうな、お化け屋敷っぽい雰囲気だけども。

 でも、これはこれで趣がるし、個人的には気に入ってるし、なにより。

 ……三人が暮らしてた、大切な家なのに。



「……答えは、あとい。

 それより、出発するぞ。

 部屋で着替えて来なさい」

「行くって……どこに?」

ぐに分かる」



 それだけげ、ジジはさっさと居間を出た。

 ババも、優しい眼差しでポンッと肩を叩き、それに続いた。



 俺は仕方なく、言う通りにした。

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