4-2

 遊園地に到着し。

 またしてもメイが駄々をこねたので、入り口にだけスタッフを配備し。

 本人が望んだイベントも再現してみせ、期限を取り。

 俺達は、園内に入り、デートを開始した。



 アトラクションで絶叫したり。

 ゲーセンで連勝したり。

 ど派手に回し過ぎた結果、コーヒー・カップで飛ばされそうになったり。

 王子と姫の格好でメリーゴーランドに乗るという、配信者みたいな真似マネを強要されたり。

 彼女の仮装に付き合わされたり、ひたすらポップコーンやチュロスを食べ捲ったり。

 ショーやパレードにはしゃぐ彼女を、保護者みたいな心境で眺めたり。



 そんなふうにして時間を過ごし。



「……ねぇ、ケートくん」

なに?」

「暇」



 最後に残った観覧車の中にて、ものの見事に詰んだ。

 というか。



「君は一体、観覧車になにを求めてるんだ……」

「だってぇ。

 なんか、退屈なんだもぉん。

 ケートくん、なんかしてぇ」

「君は一体、俺にも、なにを求めてるんだ……」

「ニセ彼氏としての振る舞い?」

「無茶言うな……」



 向かい側に座りつつ、足をブラブラさせるメイ。

 当然だがセキュリティーにより、スカートの中は厳重に守られている。



「そもそも、静寂のなにが不満なんだよ。

 人混みなんて、いに越したことい。

 渋滞や行列なんて、避けるに限る。

 煩わしいし、騒がしいだけだろ」



 やれやれといった調子に手を振り、ぼんやりと外を眺め。

 そのまま、星空なり夕空なりに変更し。

 神様気取りな自分を、自嘲する。



「ーーだったら。

 なんで、『Sleapスリープ』じゃ駄目ダメなの?」



 心臓が、鷲掴まれた気がした。

 ゾッとした所為せいで、空にテクスチャ貼る遊びさえめてしまった。



 視線を戻した先には、深刻そうなメイ。

 うつむき、肘を抑え、声と体を震わせる。



「現実なんてノイズ、バグ、ウイルス、クラックの温床。

 行き違い、上手く行かないことばっかで。

 どうあっても他者と関わるのを余儀なくされて。

 ともすれば部外者にすら、悪絡みされて。

 災害とか人間関係とか、トラブルとのエンカ率がミスってて。

 それなのに、諸々が一切、保証されてなくて。

 努力や情熱に、常に結果が伴わなくて。

 かなわない、叶わない、理不尽ばっかで。

 そんな窮屈、鬱屈、屈折した舞台に。

 どうして、みずから進んで、戻ろうとするの?」



「ここまで『Sleapスリープ』が普通、王道になった世界で。

 恥ずかしくはあっても、悪いことじゃないのに。

 暗黙の了解ってだけでみんな、コソコソやってることなのに。

 リアルのカップル、夫婦なんて最早、絶滅危惧種なのに。

 君だって全部、全部、分かってるのに。

 そこまで現実にこだわる必要が、どこにるの?」 



いくら経緯、理由が隠されてるとはいえ。

 ナコードまで渡されたから、なかば公認なのに。

 それを持ってること自体が、立派なアリバイなのに。

 君は間違い無く、好意を持たれてる、アプローチを掛けられてるのに。

 なんで、まだ満足してないの?

 どうして……じゃ、駄目ダメなの?」



 泣いていた。

 メイは、本気だった。

 それが、ヒシヒシと伝わった。



 逃げられないと、思った。



「……そんなの。

 俺のが、知りたいよ」



 憔悴感マックスで、さぞかし歪んでそうな顔で景色を見下ろし。

 俺は、ゆっくりと続ける。



「メイの言う通りだよ。

 どう考えても、俺が間違ってる。

 別に、『Sleapスリープ』発表前から付き合ってて、慢性的に、惰性的に、蛇足的にズルズル、ダラダラ引き摺ってたわけでもない。

 幼馴染とまではいかずとも、なんかしらの関係性が生まれそうだったにもかかわらず、ワンチャンったわけでもない。

 無論、前世からの記憶とか因縁だとか、運命だとか、そういう不可思議なバフが発動したんでもない。

 ちゃんと彼女と出会ったのだって今夏からで、過程プロセス家庭プロミスったもんじゃない。

 本当ほんとうに……吹けば飛ぶような、ちっぽけな関係だ。

 でも……だからこそ、大切で、守りたい。

 この、か細い糸を、もっと強く、長く、多く紡ぎたい」



 握った拳を見詰め、目を閉じ気合を入れ直し。

 俺は、再びメイと向き合う。



「ごめん。

 答えは、まだ出せない。

 証明を導けるだけの式が、まだ作れない。

 今の俺には、正解を叩き出すための情報が枯渇してる。

 こんな不鮮明な心境で、君に偉そうに綺麗事を宣えるほど

 俺は、強くもずるくもない。

 だから……もう少しだけ、待っててしい。

 最後のヒントの、目星は付いてる」



 この足りない反論で、彼女はえず、納得してくれた。



 分かってるんだ。

 最後のピースの正体も、それを誰が持ってるのかも。



「私は……まだ、歯向かうよ。

 君に、何度だって、立ち塞がるよ。

 君の心が、この世界が、グラついてる限り」



 立ち上がり、一切フラつきもせず。

 彼女は、真っ向から告げた。



「君を守るためなら。

 私は、なんにだってなる。

 悪人だろうと、嫌われ者だろうと、ピエロだろうと。

 もう二度と、君が、あんな目に遭わないように」



 やはりか。



 今夜から確認される、彼女の越権行為。

 それは、俺の心が揺らいでるから。



 そして、彼女は。

 こんな俺を傷付けまいとおもんぱかった結果。

 ずっと肯定していた俺を、否定するようになった。



 このタイミングでかったと心底、思った。

 もっと早かったら俺は、この温ま湯から上がれなかっただろう。



 握り拳を解き、彼女の方へ振り返り。

 一言、げる。



「……よろしく頼むよ、メイ」



 俺の返答を受け、彼女は再び座り、膝を組み。

 外方そっぽを向き、照れながら、横目で俺を見た。



「……言われるまでもないよ」



 それからしばらく、揃って無言だった。

 けれど、ワープなり、観覧車のスピードを早めたりはしなかった。

 


 決して、居心地いごこちではなかったけども。

 先程までのような、気不味きまずさもかった。

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