第4夜「メイレイ」

4-1

 通い慣れつつある、文芸部の部室。

 『Sleapスリープ』内の、そこをモチーフにした部屋にて。

 俺は、メイと向き合っていた。



「……めずらしいね。

 君からの呼び出しなんて」

仕方しかたいだろ。

 今日中に、決めとかないとなんだ。

 もう、猶予がいんだよ」



 焦燥感により、少しばかりの苛立ちを隠せず。

 トゲトゲした物言いと共に、俺はメイを睨む。

 


「てか、そんな悠長に構えてられないんだよ。

 決戦の時が、差し迫ってる。

 君だって、分かってるだろ?」

「確かに」



 俺の言葉を受け、メイは笑った。

 やはり、何割かは他人事だった。



「体の調子は、どう?」

「いつも通り。

 それについては、特に異常はきたしていない。

 ただ……精神的には、どうかな。

 こそばゆいというか、落ち着かないというか」

「まぁ……」



 面映おもはゆそうに苦笑いするメイ。



 無理もことだ。

 これまで一緒に過ごして来た半身を、失ったのだから。

 それも、本当ほんとうに消え去ったのではなく、分かたれただけなのだから。

 違和感いわかんを拭えなくて、当然だ。



「あれから、レイは?」

「梨のつぶて

 私にも、何も答えてくれない。

 ただ、なんとなく分かってはいるみたい。

 私か、レイ。

 どちらかの、あるいは双方の存在が。

 この世界その物が、根本から危ぶまれているって」

「……そっか」



 思い返してみれば、あの日。

 彼女を、カラオケから救い出した、3日前の水曜日。

 あの時から俺は、レイとは一言も話していなかった。

 相手をしてくれるのは、いつも決まってメイの方だった。



「それでさ、蛍音けいとくん。

 レイも頷いて、賛同してくれたんだけどさ。

 やっぱり、君に決めてしいんだ。

 私達の、今後の方針を」

「……つまり?」

「デートしてしいんだよ。

 君に。

 私達それぞれと、別々に」



 また、このパターンか。

 前にもったな、こんなこと

 そう思いつつ、顔には出さないようにする。



 そんな本音を知ってか知らずか。

 メイは椅子いすに凭れ、続ける。



「君が目覚めるまで、あと6時間弱。

 それまで3時間ずつ、私達と行動を共にする。

 それを踏まえて上で、君に定めて、見極めてもらいたいの。

 君が、どちらを取るのかを」

「二人は……。

 ……それで、いの?」

「今更、気にしないよ。

 それをジャッジする為に、私達はここにるんだから。

 元々、そういう目的だったでしょ?」

「それは、まぁ……。

 ……そう、だけど」



 逡巡する俺を横目に、メイは笑った。

 その笑顔に宿る儚さが、とても印象的だった。



「君は……本当ほんとうに、優しいんだね。

 この期に及んで、まだ私達を案じてくれるなんて」

「……ただ、優柔不断なだけだよ。

 そんな、格好かっこい理由じゃない」

いじゃん。

 口実なんて、どうだって。

 そう私が思えてるのは、事実なんだから」

「それも、俺が」



 身も蓋もないことを言おうとするのを、メイが止めた。

 向かい側から前のめりになり、俺の唇を指で抑え、口封じをした。



「……めようよ。

 夢でくらい、夢を見させてよ。

 『Sleapスリープ』が、今の私達がるのは、そのためでしょ?

 もっと、没頭しようよ。

 折角せっかく、二人っきり。

 ……最後のデートなんだから、さ」

BOTみたいな君と、しろって?」

「あはは」



 残酷でしかない言葉遊びを受け、笑うメイ。

 そのまま髪を直し、彼女はシニカルに微笑ほほえんだ。



「……撤回するよ、ケートくん。

 君は、中々に、ひどい子だね」

「……そう、だね」

「そうだよ。

 こんな時に、そんなこと言うなんてさ。

 今日で、私は……死ぬかも知れない、ってのに、さぁ……」

「……うれしいな。

 君に糾弾される日が訪れようだなんて。

 願ってもみない、ご褒美だ」

「……馬鹿バカ



 ああ。

 我ながら、本当ほんとうひどい男だ。



 困惑してる時に、強引に召喚して。

 あんな、無慈悲に図星を示して。

 メイを、傷付けて、泣かせかけて。

 彼女にようやく罵倒、否定されて。

 満更でもなさそうな彼女を見て、悦に入っている。



 どう贔屓目に捉えても。

 完全に、狂ってる。



「……決めてるんだね。

 君は、もう」

「ああ」

「探してた答えは、見付かった?」

「多分」

「『多分』て。

 心許こころもとないなぁ」

「許してくれよ。

 如何いか せん、あずかり知らない、不確定要素が多ぎるんだよ。

 想像や推測だけでは埋められない、追い付けないんだよ」

「それなのに、挑むんだ?

 外すかもしれないって、自覚してるのに」

「なんせ、相手がせっかちな煽り厨なんでね」

「君がマイ・ペースなのも、拍車を掛けてると思うけどね」

「期限やスタイルまでは指定されてないからな」

「遅れる度にヘイト買ってるのに?」

「その所為せいで、裏切りの憂き目に遭ってもだよ」

「分かってるなら、早くしたら?」

「大事だからこそ寝かせて長考、吟味してるんだろ」

「待たされる身にもなってしいよ」

「自分から、受け身になったくせして」

「君が、そうさせたんじゃん」

「結果論でしかないだろ」

「私達、いつまで口論してるの?」

「君があきらめるまで」

「あはは。

 本当ホント……悪戯いたずらな人だ」

いたずらに時を過ごしたくないだけだ」

「物は言いようだね」

かったな。

 一つ賢くなったぞ」



 感情というのは、実に不可思議だ。

 こういう時に限って、こんなにもスラスラと、言葉が出て来るなんて。



 さも理路整然、自信満々に映るだろうけど。

 その実、状況は、控え目に言って最悪だ。



 依然として、得体の知れないピンチ姫。

 魂胆が不鮮明なまま、着々と近付くイベント。



 絶対的に不利のまま。

 俺は、彼女と対峙し、彼女を退治しなければならないのだ。



 さながら、楽譜も歌詞もいまま、アカペラで舞台に上がった気分だ。

 それも、厳粛なコンクールでもなく、満員御礼のコンサートで。



 あるいは、トリックや犯人や動機を断定出来できないまま、推理ショーを求められた探偵の。



 それだけの窮地に、俺は今、立たされている。



 望みも勝ち目も、万に一つもい。

 確証だって、まだ完全には至っていない。

 自分に、成し遂げられるだけの力が、るとも思えない。



 けど。

 それでも、俺は戦う。

 戦わなくてはいけない。



 百歩譲って、不発に終わるのは構わない。

 けど、戦いもしないまま、誰かに邪魔されるのは。

 彼女を奪われるのだけは、我慢ならない。


 

「……負けられないんだよ。

 誰にも、彼女にも。

 ……自分にだって」



 脈絡もなにったもんじゃない、決意表明。



 なんとなく察したメイは、椅子いすを持ったまま近付き。

 俺の肩に、頭を乗せて来た。



「大変だねぇ、男の子」

「……君だって、重要参考人だろうに」

「関係者扱い、してくれるんだ?」

「正直、線引きは微妙だけど。

 少なくとも、『部外者』ではないよ。  言うなれば……『サンプル』?」

「あははっ。

 言い得て妙だから余計、ひどぉい」

「それな」

「その言い方、どうなの?」

他人事ひとごと返し」

「ぼっけなすー」

けなすな」



 なおも言い争いを続ける俺達。

 


 やがてメイは再び、俺の目の前の席に移動した。

 ほどくして、退屈そうに肘杖をつき、足をブラブラさせ始めた



蛍音けいとぉ。

 暇ぁ。

 なんか、しよぉ」

まったく……」



 さながら、娘に晩飯を食事をせがまれた母親のような心地だ。

 一体、俺をなんだと思ってるんだ。



「デートするんじゃなかったのか?」

「飽きたっ。

 だって蛍音けいとくん、カラオケかファミレスしか行かないじゃん」

「そこしか現実に行ったこといからな。

 構築するための素材が足りないからな」

「じゃあ、現出すればいじゃんっ。

 ナコードを使えば、可能でしょっ」

「俺達の関係性は、そこまで確立されていない。

 その状態で軽はずみに、ペット感覚で連れ歩くのは不義理だ。

 おまけに、老若男女問わず振り向くよう美人きみを、安易に連れ出せるか。

 そういうのしにしても、単純に恥ずかしいわ」

「だったら想像で補えばいじゃん」

生憎あいにく、そこまでのイマジネーションはい」

「魔法使いもどきっ」

「君今、現代の若者のほとんどを敵に回したぞ?

 リモート時代に、リアルでの恋愛を期待する方が、おかしいだろ」

「そうだけど、分かってるけどっ!

 このままなんて、いやなのっ!」



 感嘆符が付き始めた。

 これは本格的に、限界かな。



 仕方しかたい。

 背に腹は替えられんか。



「じゃあ、『Sleapスリープ』内でのスポットにでも行くか?

 コード持ち用に、それらしいコースが、あらかじめ作られてるらしいし」



 俺の提案を受け、目を丸くするメイ。



 ……いや、分かるけどさ。

 がらにもないなんて、自覚してるけどさ。

 それを踏まえた上で、誘ってるんだろ。



「……いやなら、別に」

「行くぅ!!」



 身を乗り出し、挙手し、立候補するメイ。

 あまりのボリュームに、思わず耳を塞ぐ。



「じょあ、どこ行く?」

「遊園地っ!!」

「オーソドックスだなぁ。

 でも、可決。

 となると、『Vランド』かな」



 なんでも、「10年前に潰れてから、『Sleapスリープ』限定で復活した」とか。



 ……閉業した理由、なんとなく分かるな。

 この、『ナコード限定エリア』って書いてる所から察するに。

 ようはまぁ、大人向けってことか。



 ……稚児ややこしくなるのが目に見えてるな。

 話題、変えるか。

 気付かれ、興味を持たれても面倒だし。



「CPUは、しで」

「え〜!?」

なんだよ。

 俺達だけの方がいだろ?

 静かで」

だ、だ、だぁ!!

 それじゃあ、テンプレに有り付けないじゃん!」

「テンプレ?」

「『可愛いカップルですねぇ』って、スタッフさんに言われるイベントッ!!」

「多数決だな。

 えーと……これまでの、履歴はと……。

 ユーザーの過半数が、貸し切りだったと。

 はい、決まり」

「多数決とはっ!!

 やっぱ、だぁ!!」

「この方が、ムードるぞ?」

採用さいよぉっ!!」



 こうして、二人だけの遊園地デートが決まった。

 


 にしても、チョロいな。

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