3-5

 予報は外れ。

 今日は、ずっと晴れだった。



 が、しかし。

 俺の心は、晴れないまま。

 今もなお、モヤモヤと曇っている。



 そうやって、ポツンと体育座りをしていた。

 本当ほんとうは文化祭を開く予定だった、体育館を模した場所で。

 電気さえ、点けないまま。



 照明なんてらない。

 俺の頭、胸では未だに、彼女の残した雷鳴が、残ってる。



「えいっ」



 見るからに凹んでいる俺に、退廃的なバック・ハグをしてくれる天使。



 誰かなんて……言うまでもい。



「メイ……」

「しょげないし、めげないの。

 形はどうあれ、イベントはやるんだよ。

 君は、大健闘だったじゃん」

「……全然だよ。

 ブービー賞すら、もらえてない……」

「むむぅ。

 それは、なにかな?

 私の慎ましやかな体じゃ、満足出来できないとでも?」

「だからさぁ……。

 そういうの、いんだって……。

 なんもしてないんだって、ぼくは……。

 君達に、そこまで尽くしてもらえるだけのことなんて……。

 ……は、さぁ……」

「ふぅん。

 じゃ、ないんだ?」

「今更ぎるでしょ、それ……」

「確かに。

 そんなの、なんの意味も効力も持たないもんね。

 君だけの、私達には」

「言い方ぁ……。

 間違っちゃいないけど、言い方ぁ……」



 本当ホント……誰も彼も。

 好きだよなぁ、みんなして。

 そういう、匂わせ系の含意。



 ……俺もだけど。



「それで?

 どうするもり?」

「別に……どうもしないよ」

いの?

 あの子のナコードが、掛かってるんだよ?」

「俺にはもう、不要の物だよ」

「君にとっては、そうであっても。

 他の人達にとっては、そうじゃない。

 それに、あの言い方と、これまでの不自然さ。

 ……本当ほんとうに、正しく、噛み砕けてる?」

「……多分」

「だったら。

 早く、動いた方がいんじゃないかな?

 ひょっとしたら、君。

 今の非じゃないレベルで、苦しむかもよ?」

「そんなこと言われたってさ……。

 動機も分からないのに、頑張れないよ。

 保証も、賞品もいのにさ」

「そっか。

 それも、そうだよね。

 気負う、気落ちすることなんか、なにいもんね」

「……なんか、違わない?

 さっきと、言ってること……」

「だって、そうじゃん。

 君はなにも、無理する必要はい。

 だって、保証と賞品なら、もうゲットしてるじゃん。

 私達を、さ」



 さらに強く腕を巻き、背中に額を擦り付け。

 メイは、俺に告げる。



「ヒントだけじゃない。

 君はもう、フライングで、ゲームに勝ったんだ。

 あの安灯あんどう 明歌黎あかりを、倒した。

 ひそかに、物にしたんだよ。

 家族以外では、唯一の。

 この世での、彼女のナコード所持者。

 だからこそ……君は今、ここにて。

 私達は今、君にさわれてる。

 こうやって毎晩、物語だって、紡げてる」

「……そう、だね……」

「しかも、相手はゲームを放棄した。

 あれだけ君に要求しといて、自分は早々に投げ捨てた。

 勝負も契約も、終わったような物だよ。

 捨てちゃいなよ、あんな尻軽フッ軽。

 もう、充分じゃない。

 あの時だけじゃない。

 ここまで君は、本当に、頑張ったんだよ。

 なのにさ、ケートくん。

 どうして、それじゃ駄目ダメなのかな?

 どこが、まだ不満なのかな?

 君は今、なにに縋り付いてるのかな?」

「……本当ホントにね」



 ごもっともだ。

 


 向こうは、俺に振り向いてくれない。

 見向きもしない。



 いつも、愛想振り撒いてて。

 その裏で、爆弾ばら撒いて。

 しまいには、イベントに来た客に、あんな物を渡そうとまでしてる。



 この『Sleapスリープ』が世に出たのは、およそ10年前。

 けど、その前からきっと、世界はなにも変わってはいない。

 現実なんて、アホゲーでしかない。



 どれだけ足掻いても、なにも変わらないし、変えられない。

 努力は実を結ばないし、ひたすら結果だけが最優先、最重視される。

 正直者は馬鹿バカを見て、悪賢わるがしこさばかりが物を言う。

 だったら、最初から希望なんて持たず、あきらめた方が賢明ですらある。

 一生懸命なんて、時代錯誤だ。



 ここらが、潮時なのかもしれない。



 ーーけど。



「……だったら。

 なんで俺に、あんなこと、教えたんだよ」



 俺はもう、ナコードを持ってるのに。

 他でもない、彼女から譲られたのに。



 今更、本性なりアホ顔なり晒してまで。

 周囲のヘイト荒稼ぎしてまで。

 勝ち取らなくていのに。



 なのに。

 何故なぜ、そんな誘いをしたか。



 理由なんて、決まってる。

 俺を、焚き付けるためだ。

 俺を、煽り散らすためだ。

 


 彼女は、自ら望んで人身御供に打って出た。

 自分を犠牲にしてでも、誰かに助けられようと。 



 だとすれば。

 その権利の所有者なんて、誰がるんだよ。

 この俺をいて、他に。



 自惚うぬぼれかもしれない。

 見当違いもはなはだしいかもしれない。

 とどのつまり、やっぱりただの愉快犯、サークラかもしれない。



 だが、それでも構わない。

 だとしても、どうせ残り一週間の辛抱。

 もし望みを違えても、「そんなもんだ」と、割り切ればいだけのこと



 だから、今は、今だけは。

 せめて、攻めて、責めまくってやる。



「ケート、くん?」



 気付けば立ち上がっていた俺を、見上げるメイ。

 俺は、灯っていないスポットを眺め、げる。



「夢なんて、見ている時が一番いちばん、楽しい。

 近付く度に、遠ざかり。

 追い掛ける度に、傷付き。

 求める度に、挫折しかけ。

 無駄に壮大で、鮮明で。

 ふとした拍子に、甘言で惑わして来て。

 いつまで経っても消えないくせして。

 いざつかめば、てのひらで儚く散る。

 だから、彼方かなたで眺めてるだけでい」



 普段はシャツに隠している、ネックレス。

 そこから指輪を離し、握り締める。



 嵌めるのは、まだお預けだ。

 こんなフワフワした状態で、気休めとして付けられるほど、軽くなんかない。

 ここに込められた思いも、俺の感情も。



「それが、世間一般の絶対常識。

 何百年も前から君臨する、この世の常套句、不文律だ。

 あながち俗説ってんでもないから、余計に悪質で。

 こんな、『Sleapスリープ』至上主義の現代だから。

 殊更、身をもって、痛感させられる。

 どうしようもなく、無残に叩き潰され、突き付けられる。

 けど……そんな現実ラスボスと、戦ってる希少種がるんだ。

 自分から、故意に魔王に捕まりに行ってまで。

 装備だけ与えた勇者に、救われるのを待ってる。

 演出家で、策略家で、謀略家で、野心家で、時代錯誤な。

 残念極まりない、お姫様がるんだ」



 メイは、うつむいた。

 明後日の方を見ながら、続けた。



 いや。

 見ているのは、ひょっとしたら、明々後日しあさってかもしれない。



「……立ち向かうんだね。

 この世界に。

 この、ロマンス飽和、ディスコミュ時代に。

 反旗を、翻すんだね。

 ……君は」

「みたいだね。

 でも、生憎あいにく

 勇者様なんて、がらじゃない。

 でも精一杯、格好かっこ付けたい。

 だからずは、頼もしい仲間を募らないと」



 しゃがみ、目線を合わせ。

 俺は、手を差し伸べた。



「終われないんだ。

 ワナビの、まんまじゃ。

 宝の持ち腐れじゃ。

 だから……助けて、しいんだ。

 君に、俺を」

「……仕方しかたいなぁ」



 俺の手を取るメイ。

 そのまま、二人で起き上がると。

 メイは、余っていた手も、重ねて来た。



「私は、メイ。

 役職は、うーん……。

 ……歌姫、かな?

 まぁ、それは追々、決めるとして。

 付き合うよ、ケートくん。

 君の、無謀な大冒険に。

 ピンチ姫の、救出劇に」

「……うん。

 ありがとう、メイ」

「当然じゃん。

 君の望みは、私の望み。

 でしょ?」

「……だね。

 ちょっと、複雑だけど」

「そんなこと言わないの。

 それより、ほら、景気付けに」



 俺の体を引っ張り、ステージへと上がるメイ。

 そのまま、起動させたスポット・ライトを独占し、俺に笑う。



「客席でも、舞台袖でもない。

 私の、そばで。

 特等席で、見ててよ。

 君が願っていた、現実に出来できなかった、泡沫うたかた

 私が、ここで、実現してみせる」



 宣言と共に手を掲げ、光のマイクを構えるメイ。

 そのまま着替えも済ませ。

 フィンガー・スナップを合図に、BGMを流し。



 彼女は、歌い始めた。



 振り付けだなんてお世辞にも言えないクオリティと難易度で、体を左右にだけ揺らし。

 時折、俺にウインクしたり、指差したり、撃ち抜いたりしつつ。

 相変わらず、あざとさにばかりかまけて。

 それでいて、見事に歌姫を全うする。

 


 当然、現実には引き継がれないけれど。

 誰かに語り継ぐことなんて、出来できやしないけど。



 それでも、『Sleapスリープ』では。

 ここでは継がれる、繋がれる。



 現実だって、きっと、本質は同じ。

 なにもしなきゃ、動かせない。 



 俺達の関係は分からない。

 簡単には、変えられもしない。



 けど。

 恋人とか、彼氏とか、運命とか。

 そういう、特別なアレじゃなくても。



 俺は、彼女とる。

 彼女と、一緒にたい。



 そう……あの日の、オルタナ姫と。



 歌い終え、満面のスマイルで手を振るメイ。



 ふと、彼女が目を見開き、表情が凍り付き。

 そのまま、舞台に崩れた。



「メイッ!!」



 駆け付ける俺。

 そのまま背中を支えると、か細い声でげる。



「あはは……。

 ごめん……。

 ケート、く……。

 なんか……来た、みたい……。

 恐れてたーー『その日』が」

「『その日』、って……!!

 ……まさか……!?」



 いやな予感が的中。



 突如として、スポット・ライトさえ上回る閃光が、彼女を包み。



 その光が消えた頃。

 メイとレイが、現れた。



 ーーそれぞれの体を宿して、同時に。



 生き残るべきは。

 レイか、メイか。



 決断、選択の時は。

 もう目前まで迫っていた。

 ともすれば、安灯あんどう 結瑪凛ゆめりのイベントより先に。

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