3-3

「文実?

 ……君が?」



 部室で読書を嗜んでいると、開口一番いちばんに、そう聞かされた。

 安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは、如何いかにも不服そうな顔で、腕を組んだ。


 

「悪いか?」

「被害妄想しないで。

 面倒い」

「だったら、させるよう真似マネをするな」

「君が、それっぽいことを言わなきゃいだけの話だよね?」

仕方しかたいだろ。

 あんたと2人っきりで黙りこくってるなんて、ひたすら滅入るだけなんだよ」

「じゃあなんで、文芸部ここに来たんだよ。

 そもそも部員ですらないくせに」

「あんただって、同じだろう。

 近年の『Sleapスリープ』の効果で、すでに廃部済みなのに。

 かろうじて残ってる部室に勝手に居座って根城にしといて。

 盗っ人猛々しいんだよ」

「……君さ。

 さっき、『黙りこくってる』って言ったよね?」

「まさか、これが会話に含まれるとでも。

 こんな生産性のい口喧嘩が」

「複雑だな。

 今のは、中々に記念すべき瞬間だった。

 ぼくと君とで、最初に、やっとこさ意見、話が合った」

「あっそ。

 おめっとさん」



 相変わらずにもほどる掛け合いはさておき。

 どうやら安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは、文実となったらしい。



 つまり、ここに来る回数も自ずと減る。 俺は、彼女に絡まれる悩みから解放され、一人静かに読書に没頭出来できる。

 俺としては、願ったり叶ったり、万々歳。



 なのだが。



「……てか、おかしくない?

 近年、文化祭なんて、どこも行われてないでしょ?

 うちだって、例外ではなかったはずだ。

 それほどまでに、『Sleapスリープ』は魅力的、絶対ぜったい的なんだ」



 考えてもみてしい。

 予算も時間も掛けず、いざこざともトラブルともく無縁に、無塩で。

 自分の好きな相手と、好きなプログラムで、好き放題に祭りを、疲れと恐れも知らずにエンジョイ出来できるのだ。

 誰だって、『Sleapスリープ』を選ぶのが自然だ。



「知ってるとも。

 だから、あたしの代で、再興させる」

馬鹿バカなの?」



 間髪入れずにロジハラめいた発言をすると、ギッと睨まれた。



 別に、責められる謂れはい。

 批判は受け付けないなら、ここに来なければ済むだけの話だ。



 などと拗ねつつ、視線を下げ、彼女の手元にマテリアライズされたノートを見る。

 そこには、文化祭絡みとおぼしきメモ、アイデアがビッシリと詰められていた。



 本気なんだと、改心した。

 彼女は本気で、文化祭を開催するもりなのだと。



「……で?

 策はるの?」

なんだ。

 いきなりてのひら変えて」

いから。

 ちょっと見せて。

 参考程度の意見なら、僕でも出せるかもだし」

「……的外れだったら、蹴る」

「それって、僕?

 それとも、僕の案?」

「さぁな」



 反抗的な態度を示しつつ、ブスッとした顔色でノートを渡すお姉様。

 


 本当ホント

 素直じゃないなぁ、この人。



「拝見」



 受け取り、目を通す。

 意外と達筆なので、危うく吹き出し掛けた。



 結論から言うと。

 どれもパッとしなかった。

 これでは、復活に漕ぎ着けるのは至難の業だろう。



 かといって、他の生徒に協力を仰ぐのも、それはそれで大変だ。

 彼女の妹君であれば、人脈を武器に出来できるだろうが。

 思いっ切り愛想のいお姉様には、土台無理な話だろう。



 となれば。



「……ず、数日に渡るのは愚策だ。

 1日で終わらせないと」

「それじゃあ消化不良だろう」

「そういうのは、もっと有志なり署名なり募ってから言って。

 大体、期間が短ぎる。

 来月くらいには

 それと、ライブとかは?」

「はっ。

 だね。

 なんで、そんな慈善事業しないといけないんだ。

 こちとら、遊びじゃない。

 本気で、思い出作りしようとしてるんだよ。

 大体、ステージ衣装なんて、際どいのばっか。

 ラッキー目当てのドスケベが大量発生するのが関の山だ」

「……制服でやったら?」

「舐めてるのか。

 そんな代わり映えしない衣装で、大勢の前でステージに立てってのか。

 他でもない、このあたしに」

「お高く止まり過ぎ。

 君のことなんて、大多数が知らないだろ。

 それが不満なら、君の妹君にでも頼んだら?」



 ピクッと、眉を動かすお姉様。

 


 不味まずったか。

 思わず身構えると、彼女は立ち上がり、テーブルを軽く叩く。



「……仮にだ。

 仮に、明歌黎あかりに要請するとして。

 万が一、それを飲み込んだとして。

 億が一、申請が通って、満員御礼になったとして。

 その暁に……あんたは、どうする。

 明歌黎あかりに、なにを歌わせるもりだ」

「そりゃ、まぁ……。

『当たり障りない、流行りのポップス』。

 ……とか?」

「そういうことじゃない。

 そんな、万人ウケする感じじゃなく。

 なにを歌わせたいのかと。

 あんたのリクエストを、そう聞いてるんだ」



 俺のリクエストなんて。

 そんなの、考えるまでもい。

 あの日と同じく、『オルタナ』しか。



 でも、それはいやだ。

 あの状態の彼女を知っているのは、この地球上に数人だけ。

 俺と、安灯あんどう 明歌黎あかりだけだ。



 大して親しくもない、ましてや学校関係者ですらない有象無象の客。

 そんな連中にまで、あの歌声を、あの美しさを、ボランティアで与えようだなんて。



 そんなの、冗談じゃない。

 耐えられない。



「……なんだ。

 い顔するじゃないか。

 年相応に、可愛かわいらしく」



 ハッと、我に帰る。

 見上げれば、安灯あんどう 結瑪葉ゆめはの、したり顔。

 たちまち俺は、のたうち回りたくなった。

 


 俺の前に立つ、悪趣味な姉に、一矢報いたくなった。

 マウントまでは取れずとも。



「……君は?

 君は、歌わないの?」



 反撃に転じようとして、蒸し返してしまった。

 その件はさっき、却下されたというのに。



 さぞかし怒りを買ったろうなぁ。

 そう思いつつ、恐る恐る様子ようすを窺う。

 


 安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは、自嘲していた。



「……あたしは、『瑪瑙めのう』なんだ。

 中心部にポッカリ穴が空いてて。

 いつだって、心からは何かを楽しめない。

 誰とも本気では向き合えないし、付き合えないし、ど突き合えない。

 そんな人間が、ライブ。

 あまつさえ、『オルタナ』。

 自分の感情さえ把握してない、さらけ出せない。

 『?』さえ付けられない、アンドロイドもどきが。

 とんだお笑いぐさだな」

「だからいんじゃない。

 オルタナって、そういうジャンルでしょ?

 酸いも甘いも噛み分け、その上で、楽器もボーカルもアグレッシブに攻める。

 君には、むしろ適合してるんじゃないかな」

「話しにならないな。

 裏サイトやネットで素材、袋叩きにされるのがオチだ。

 正に、格好の餌食じゃないか」

「そう思うなら。

 なんで、『オルタナ』なんて言ったの?」

「何言ってるんだ。

 そんなの、あんたが提案したからに決まって」



 俺を糾弾しようとした安灯あんどう 結瑪凛ゆめりが、口を噤む。



 気付きづいたのだ。

 彼女の前で、『オルタナ』だなんて。

 俺は、1度たりとも滑らせていない事実に。



「……」



 やにわに静かになり、えず着席するお姉様。

 俺は、彼女から借りたノートを返しつつ、げる。



「僕なら大丈夫。

 流動的な液体みたいに流されやすいし。

 空気みたいに、存在感が無いから。

 君が、何を、いつ、どこで、誰と、どのようにした所で、何も変わらない。

 迷ったり、疑ったり、怖くなったり、嫌ったり、億劫おっくうにもなったりするかもしれない。

 けどきっと、やっぱり最後には、また戻る。

 そうやって、明日も、明後日も、その先も、結局。

 なんだかんだで、君と一緒にると思う」



 一方的に長文を叩き付け、読書に戻る。

 お姉様は、少し面食らってから、派手に笑った。



「ストーカーか。

 でも、まぁ……ボッチよりかは、幾分か増しマシだな。

 あんたみたいなのがるだけでも」

ぼくは別に、孤独でも一向に構わないけどね」

「安心しろ。

 そして、感謝しろ。

 このあたしが直々に、気紛れに相手してやる。

 明歌黎あかりのお目付け役としてな」

らない」



 率直に明かすと、お姉様がチョークスリーパーを決めて来た。

 無論むろん、見様見真似、お巫山戯ふざけの範疇で。

 



「ところで。

 あんたの推薦図書を読んだが」

「……君に教えた覚えはい」

「だったら、ひとの目の前で読むな」

ひとが外してる間に、ブック・カバー外すな。

 マナー違反だし、プライバシー侵害だぞ」

「あの本で一つ、気になる点がるんだけど」

「君とると、学習能力がストップ安でしかい。

 じゃなきゃ、ここまで話が進展しないわけい」

「ご教授願おうか。

 一体、何故なぜ、『車の窓を開ける』のが、『夜のオーケー・サイン』になるんだ。

 さっぱり分からん」

「せめて、もう少し健全なのにしてくれないかなぁ。

 質問するならするで」



 同年代の異性にピンクな話を振られる、思春期の男子高生の身にもなってくれ。

 聞かれた以上、答えなきゃらないしさぁ。



「あれは、『車の窓』が、『心の扉』のメタファーなんだよ。

 つまり、『互いに車の窓を開けた』時は、オッケーってこと

なんだ。

 そういうトリックか。

 あたしはてっきり、『社会の窓』の暗喩かと」

「最低だな。

 品性と文学性の欠片かけらい」

「だったら、最初から推薦するな」

「そもそも話を捏造、改竄するな」



 本当ほんとうに。

 なんて変化のとぼしいやり取りだ。

 チグハグだし、落第点もい所だ。



 なのに。

 なんで、悪い気はしないんだ。

 改善する、適応する気分には、なれないんだ。



「大体。

 あのヒロインは、なんなんだ」

なにが不満なんだよ。

 斬新だっただろ。

 言っとくが、その点については、語るぞ?」

「人間関係や恋愛を『無料ダウンロード』『重課金』とか言う所がか」

「そうだよ。

 自分をアプリ、マシン扱いして、『アンスト』『ノイキャン』『サしゅう』とか言う所がだよ」

「『エアコンの風みたいに作られた息苦しい言葉より、外気みたいな、生々しく騒々しい言葉が好き』。

 とかいう理由で付き合う所とか」

「それ。

 あるいは、『嫌いな奴に見立てて、飴を噛み砕く、進撃の巨◯みたいなくせ』とか」




 ああ、本当ほんとうに。

 俺は、なにをやってるんだろうか。



「あとは、時代錯誤な話し方とか、女子ではなく女性扱いしてしい所とか、主語しか言わない所とか。

 そんで、気分屋で自分勝手で直情的で怠惰な割に、意外と気遣い屋な面とかか」

「分かってるじゃん。

 他にも、急に呼び出されて駆け付けたら、仏頂面で文句言いつつ、レモンティー奢ってくれて、ハンカチで汗を拭ってくれたりする所とか。

 買い物する時に、年下の店員には、頭を撫でて感謝を伝えたりする所とか。

 普段は、誰に対しても無口、鉄仮面なのにな」



 望んでソロでい続けてるのに。

 別に、そんなに困ってもいないのに。

 当初の『文化祭』云々から、脱線し捲ってるのに。



「そのくせ、会計を別々にして割り勘にさえしない所とか。

 しくは、早朝や真夜中に呼び出したら決まってコーヒーをサービスしてくれる所とか」

「そうそう。

 でも、素直に感謝を伝えられないから、わざとプルタブを開けて飲み掛けを装うけどバレバレな、いじらしい所とか」

「さては、あれか。

 あの女の魔性さも好きだろう」

「悪いかよ。

 初デートから自宅に誘い、速攻で押し倒して来て。

 ぐに正気に戻って何食わぬ顔で、美味しくて健康的な御飯を振る舞い。

 しまいには、『君は長生きしなさいよ』と揶揄からかって頭を撫でて来る所とか」



 嫌いなはずなのに。

 苦手なタイプなのに。

 話は合わないし、タイミングも合わないし、釣り合わないし、割に合わないし、性格だって合わないのに。



「極めつけに、あの『ダラッシャ』とかいう口癖だ」

「『黙らっしゃい』って意味だろ」

大方おおかたそうだろうな。

 劇中では、なんの補足もいけどな。

 最初は、『なんだ、この巫山戯ふざけたキャラ付けは』って思ってたのに。

 気付けば、無意識にリアルでも零すようになったじゃないか。

 本当ほんとうに、ひどい女だ」

まったくだ。

 ひどく、魅力的なヒロインだ」

「異議無し」



 なんで、趣味、波長だけは。

 ここまでピタリと合ってしまうんだろう。



 この時間が、ひたすらに惜しいと。

 そう思えて、ならないんだろう。

 


 こんなの、『Sleapスリープ』には遠く及ばない。

 あっちの世界の安灯あんどう 明歌黎あかり

 レイメイには、何一つ勝てないのに。



 レイメイなら、会話をシンプルに楽しめる。

 『Sleapスリープ』なら、日常を劇的、物語に上書き出来できる。

 ほとんど、弱点もデメリットもしに。



 欠点の一つ。

 それは、現実世界には反映されない、引き継がれないこと

 それを話せるのは、『Sleapスリープ』内での俺たちだけということ

 


 その厳然たる事実に、改めて打ちのめされる。



 そんな違法スレスレな手段でしか真面まともに話せない現状に、もどかしさを覚え。


 

 そんなサンプル、コンシューマー版みたいな環境で納得しかけてる自分に、憤怒を覚える。

  


 きっと、その所為せいだ。

 そうに違いない。



 だって、そうでもないと、説明がつかないだろ。

 こんなこと、リアルに、本人に口走るなんて。



「やっぱ、歌いなよ。

 オルタナを」


 

 場が和んだ、暖まって来たタイミングでの、爆弾投下。

 当然、お姉様は不機嫌そうに、膝を組む。



「オルタナしか上手く歌えないんだ。

 オルタナだったら、ガムシャラに叫んでればどうにかなるから。

 他は精々、その場しのぎのクオリティでしか歌えない」

「違う。

 オルタナこそ、感情が必要なんだ。

 迷いも、憧憬も、憂いも、憐憫も、衝動も、願いも。

 好きも、ノスタルジーも、もどかしさも、センチさも、悔しさも、蟠りも、怒りも。

 あらゆるノイズを抱え、全部引っ括めて。

 噛み締めた末に暴発させる爆弾、慟哭。

 それが、オルタナだ」

何故なぜ、そこまでオルタナにこだわる。

 ライブはおろか、文化祭の実現させ、まだ未確定なのに」

「……分からない。

 けど」



 仕方しかたいだろ。

 俺だって、く分からないんだ。



 ただの、自己満足だよ。

 広々とした場所で、キラキラした舞台で、もう一度。

 あのオルタナを、聴かせてしいんだ。


 

「……誓約する。

 もし、歌ってくれるんなら。

 ぼくは、意地でも、最後まで残る。

 どれだけお粗末なクオリティでも。

 ガラガラで外しまくりな歌声でも。

 ゴミを投げられたりと、ひどい有様でも。

 なんなら、体育館はこもぬけの殻になったとしても。

 BGMもマイクもい、寂れたライブになったとしても。

 ぼくだけは、最後まで居座る。

 あきらめと聞き分けの悪い、オーディエンスとして」

「……馬鹿バカか。

 なんの解決にもなってないだろ」



 そう切り捨て、安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは席を立った。



 流石さすがに嫌われたか。

 そう思った刹那せつな

 答えあぐねながら、背中を向けたまま、彼女は語る。

 


 付けないと豪語していた、『?』のオマケ付きで。



本当ほんとうだな?」

「え?」

本当ほんとうに、残るんだな?

 孤独に、させないんだな?

 置いて行かないんだな?

 絶対ぜったいに……裏切らないんだな?」

「……ああ。

 是が非でも、食らい付いてみせるさ。

 寝不足と高熱と緊張と人酔いでフラフラ、グロッキーだろうと」

巫山戯ふざけるな。

 そんなコンディションで臨むな。

 神聖な音楽に対しての冒涜だ。

 万全な臨戦態勢で来い。

 さもなくば、突っ返してやる」

「……ですよね」

本当ほんとうに……たいした馬鹿バカだ」

「まぁ……。

 うん……」



 自覚し、落ち込み、恥ずかしがる。

 安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは俺に近付き、デコピンして来た。



「なっ……!?

 ……何?」

「完封した。

 あたしの勝ち」

「べ、別にっ、勝負なんてしてないだろっ」

「してるさ。

 あたしたちは、喧嘩けんかを繰り広げていたんだ。

 雌雄を決してしかるべきだろ」



 自分だけ満足し、嘲笑いながら離れ。

 ドアノブを握り、別れ際にげる。



「交渉だけしてみるよ。

 但し、過度な期待はするな。

 程々に、楽しみにしとけ。

 微塵も期待されないのも、忌々しいからな」

「っ!!」



 パァッと顔が華やぐのが、自分でも取れた。

 


 そのまま、頭を下げる。

 安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは、ヒラヒラとチャラく手を振りながら、億劫そうに部室を後にした。



 ほら、まただ。

 やっぱり、君は憎めない。

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