3-2

 始まりは、いつも決まってる。

 気付けば俺は、呼吸と視界を維持したまま、海底に沈んでいる。



 水中なのに、身動きが取れ。

 あぶくは出てるのに、息が出来できて。

 ゴーグルもシュノーケルもしなのに、てんで慌ててはいない。



 当然だ。

 不安ではあっても、不案内ではない。

 ここには、文字通り「毎日のように」来ているのだから。



 それはそれとして。

 やはり、違和感いわかんまでは拭えない。



 自分の想像の世界とはいえ。

 なんとも不思議な感覚だ。


 

 が。

 立ち止まってはいられない。



 なんせ、時間が限られている。

 あと8時間と少しで、俺は現実に連れ戻される。

 早く、行動開始しなくては。



 ……いや、まぁ。

 自分でも、流石さすがに思うけどね?

「だったら最初から、普通に会ってるべきなのでは?」と。

 


 けど、仕方しかたいのだ。

 こういう時は、過程を積み重ねたい。

 そう願う本心が、飽きもせずに、勝手に設定してしまうのだ。

 


 だって、夢の世界だし。

 どうせだったら、最初からクライマックス、ドラマチック、ロマンチックに決めたい。

 このプランがそれっぽいかは置いといて。



「お?」



 とかなんとか言ってる間に。

 眼前に光の扉が出現。

 水を一滴も吸い込まないまま、ひとりでにオープンした。



 そのドアは、レストランと直通で。

 そこで退屈そうにスマホをいじっていたレイが、こっちを見て、強気に微笑ほほえんだ。

 


 あれは、待たせると怖いパターンだ。

 そう察した俺は、早期の合流を図る。

 世界観を無視し、海底を全速力でダッシュし、彼女の元へ急ぐ。

 刹那せつな違和感いわかんを覚えた。


 

 中に入った途端とたん、消失する扉でもなく。

 ドアを抜けたわけでもく、カランコロンと鳴る来店のベルでもなく。

 


 スマホすら持たずに、明るく笑顔と手を振る彼女の姿に。



「いらっしゃーい。

 待ってたよー、ケートくん」

「メイ?

 レイは、どうしたの?」

「『飽きたから、帰る』ってさ」

「……さいですか」



 大方おおかた、そんな所だろうと睨んでた。

 俺達『レイメイ同盟』の発足者は、平常運転で気まぐれだ。



「まぁ、いじゃん。

 折角せっかくなんだし、2人だけで楽しもうよ。

 それとも、アレかな?

 私だけじゃ、物足りない?

 二人で一人というアイデンティティを失った今の私は、お役御免かな?」

「各所から刺されそうな被害妄想、めてくれるかな?」

「ごめん、ごめん。

 それより、お話しようよ。

 この前は、レイがメインだったから。

 私は、あんまり出来できなかったし。

 にしても……」



 不意に、口元を抑えるメイ。

 なにやら、変なツボに入ったらしい。



「『レイ』が『メイン』で、代役が『メイ』……。

 ……紛らわし過ぎて、面白い……」



 く分からないが。

 メイが楽しそうで、なにより。



「君達みたいな事例は、他にも観測されてるの?」



 落ち着いた頃。

 思い切って、尋ねてみる。



 メイは、勿体らずに答える。



「ううん。

 私の知る限りは、未曾有のケースだね。

 だから原因も、結末も、予測不能」

「結末?」

「そう。

 私達の、行く末。

 色んなルートが想定される、って話」



 バニラ・アイスを添えたオレンジ・ソーダを、テーブルの上に出すメイ。

 そのまま、スプーンでアイスを掬い、メイは食べた。



「1つ目。

 ずっと、このまま同居する」



「2つ目。

 分裂し、共存する」



「3つ目。

 混ざり合い、一人となる」



「4つ目。

 どちらかの人格が、消失する」



 最後の選択肢に、思わずゾッとした。

 


 メイは、めずらしく物憂げにげる。



「っても。

 それ以外のゴールだって有り得るし。

 私としても、レイは消したくないし、消えてしくない。

 無論むろん、私のことだって、残してはおきたい。

 出来できれば、このままがい。

 ずっと、今のまま、談笑しながら、お茶してたい。

 3人で」

「そう……。

 だね……」

「でも」



 俺の相槌を受けつつ、メイは答える。



なんく。

 本当ほんとうに、なんくだけど。

 薄っすらと、それでいて確かな予感がる。

 近い将来、『レイメイ同盟』は。

 大いなる決断を、迫られるって」

「大いなる、決断……」

「そう。

 早い話、『どちらで生きるのか』、という話。

 そして、その決定権を。

 鍵を握っているのは、きっと」



 意味深に、俺を見詰めるメイ。



 そこに込められたメッセージを。

 俺は、読み取れたと思う。



「……ぼく?」

「そう。

 他でもない、君だよ。

 理由は……言わなくても、分かるよね?」

「ああ」



 ちゃんと、把握してる。



 だって、そうだろ?

 そのためにこそ、俺は今、ここにるんだから。



「覚悟だけ、しといて。

 その日は、きっと、そう遠くも遅くもない」



 俺の手を握り、目を閉じ、メイはうったえる。



「けれど、安心して。

 どうか、忘れないで。

 君の決断は、『レイメイ同盟』の総意。

 君がどちらを選んでも、両方を選んでも。

 なんなら、選ばなくても。

 私達は、君を糾弾しない。

 甘んじて、受け止めるから。

 君の出した、私達の答えを」



 俺は、なにも返さなかった。

 言葉が、不必要に思えてならなかった。

 ただ静かに、メイを見ていた。 



 そのまま、2人しかないレストランで、なんでもない話に花を咲かせ始め。

 時折、想像と気分で料理や飲み物を増やし。

 他にも、レイとメイが入れ替わったりしつつ。

 俺達は、同じ時間を過ごす。



 そんな日々を送っていると。

 翌日に、新しい話題を提供された。

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