2-3

 誰にも触れられない。

 視覚的にも、物理的にも。

 こういう時、ちょっと複雑だけど、自分の存在感のさが利便性が身に染みる。



「ねぇ」



 カラオケの隅。

 人気のい場所でひそかにくつろいでいたレイに、人目をはばからず声を掛ける。

 刹那せつな、呆れと安堵の入り混じった溜息ためいきを零しつつ、彼女はジト目を向けて来た。



「あなた……なにしに来たのよ」

「レイの、邪魔しに。

 いや……二人の、邪魔しに」



 俺の言葉を受け、今度は敵意の籠もった眼差しを向けて来るレイ。



いじゃない。

 別に、如何いかがわしいことはしてないわ」

「自分のルックス目当てで複数の男を侍らせ群がらせ、サークラごっこしてるお姫様さまが、なにを言ってるの?」



 カラオケに行ったのが『他校の子』だなんて。

 本当ほんとうに、上手く言い包めたものだ。

 それだけで大抵の人は、疑わなくなるんだから。

 ただの友達、同級生か従兄弟だろうって。

 


 ーーきっと同性に違い無い、って。

 


「だから、別に変なことはしてないのよ。

 彼等を酔わせ、喜ばせ、その対価として、声援をもらっている。

 それの、どこが不健全だというの?」

「レイが、てんで楽しんでいない所」



 パチクリとするレイ。

 かと思えば、胸に手を当てながら、再び主張する。



あたし、音楽は好きだけれど?」

「知ってる。

 けど、さっきのは『音楽』じゃない。

 ただ、歌詞ですらない、台詞セリフを棒読みするbotとしてくみしていただけだ。

 アニ声にして、ヲタ芸やC&Rもさせて、ただリクエストに応えて、ヘタウマ以下の、杜撰ずさんでしかないクオリティで提供して。

 あんなの、君らしくない。

 とてもじゃないけど、聴くに耐えないよ。

 あんな売名以下の悲鳴……『哀鳴アイメイ』は」



 レイは、なにも言わない。

 代わりに、おもむろにコーラを取り出し、プルタブを開けずに。



 グシャッと、割ってみせた。



「『あたしらしい』、って……。

 ……なに?」



 茶色い炭酸水を浴びビシャビシャになりながらうつむいていたレイは、顔を上げ、俺に激情をぶつけて来る。



「私の声で、みんなが湧いてた!

 みんな、私を! 私だけを、求めてくれてた!

 もっとやって、って!

 可愛かわいい、って!

 最高だ、って!

 それの……それのなにが、いけないっていうのっ!?」



「君が言う所の『みんな』と、君の願いが、壊滅的かつ根本的に、全体的にズレてることだよ。

 にとってのメイは『最高』であっても、今の僕にとって今のレイは、『最低』で『最弱』で、『最悪』だよ」



 伏し目がちに、けれど留まりながら、ぼくは続ける。



「『君らしさ』が分からないなら、教える。

 君の本気は、ロック、オルタナでこそ発揮される。

 あんな、お世辞にも控え目にも『歌』だなんて呼称出来できない、粗悪品以下の物が君から生まれるのが、我慢ならない。

 それを一番いちばん理解しているのは、他でもない。君自身だ。

 だからさっきから、自惚うぬぼれ屋の君にしては珍しく、『美声』だなんて言ってないし。

 なにより……君はさっきから、『歌』だなんて、『歌声』だなんて、ついぞ言ってないじゃないか。

 自覚し直すのが、追い詰められるのが、怖いからだろ」



明歌黎あかり?」

「いつまで待たすんだよ」

「もう用は済んだのか?」



 二人だけの世界に突如、割って入って来るオーディエンスもどたち



 ここに来て、ようやく彼女は気付きづいた。

 俺に矛先を向け過ぎた結果、彼女の中で俺が、理解者から敵にランクダウンしていたことに。

 溢れるのが憤怒ふんぬだけじゃなくなった結果、レイからメイに意図せず切り替わってしまったことに。



「てか、誰に向かって喋ってたんだよ」

「独り言でか過ぎんだろ」



 ファンを装い、メイに近付く男共。

 


 ああ、本当ほんとうに。

 こういう時に限って、悔しいほどに役に立つ。

 俺のキャラ、存在感の薄さが。



「メイ!!」

「きゃっ……!?」



 メイの腕を引っ張り、一目散に駆け出す。



 たちまち、呆気に取られる男共。

 当然だ。連中は、つい数秒前まで俺に対して、知識どころか関心すら持っていなかった。

 早い話、俺から向こうは筒抜けでも、向こうから俺はまったく視認出来できていなかったのだ。



 もっとも、目の前で折角せっかくのご馳走を他所よそ者に掠め取られたとあれば、流石さすがに無視なんて出来できなくなった模様もようだが。



たぞ!!」

「あっちだ!」

「待ちやがれ、幽霊擬もどきが!!」

「さんざ褒めさせといて、舐めた真似マネしやがって!!」



 本性、魂胆の透けた男共が、慌てて追い掛けてくる。

 追い掛けて、追い付き、追い越して行く。



 そう……通り過ぎて行った。



「ふぅ……」



 難を逃れ、一息吐く。

 


 危なかった。

 本当ほんとうに、危機一髪だった。



 惜しむらくは、彼が俺について予備知識をこしらえてなかったこと

 彼にとって俺は、誰とも知れない、自分達のアイドルを連れ去る敵でしかなかったこと

 つまり、俺なんて眼中にく、後ろで走ってるメイにしか興味がかったこと



 すなわち。一緒に逃げてるのがメイではなくレイにさえなれば、明歌黎あかりことは見失うし、ついでに俺もロストするってこと



 本当ほんとう……現実と比べて、この世界は実に容易く、生き易い。



「大丈夫?」



 一応、声をかけると、レイは未だに不服そうな顔をしていた。

 


「……どこまで計算してた?」

「最初に聞くのが、それ?」



 予想外の質問に、無意識に笑みが零れつつ、答える。



「全部だよ。

 メイが、妙な真似マネしてるのも。

 明黎あかりことだから、レイとメイとで服装を変えるだろうってのも相俟って、レイにさえなれば撒けることも。

 ぼくが全力で君を連れ出せば、急なことに動揺してかえって頭が冷えて、ぼくに対するヘイトも薄れて、おのずと君も僕の真意を理解してくれて、レイに戻ることも」



「あなた……何者?」



 当然過ぎる質問に可笑おかしくなりつつ、ぼく微笑ほほえんだ。



「普段はアドリブ弱いくせに、あらかじめ用意した台本通りならたちまち饒舌になる。

 それしか突出した部分のい、何物でもない、しがない一般人だよ。

  けど」



 彼女から少し離れ、背を向け目を閉じ深呼吸したあと、レイに鋭い視線を向ける。



「君がぼくを手懐けられるのは、くまでもリアル限定の話だ。

 ぼくの夢の中……『Sleapスリープ』でまでぎょせるだなんて、思うな」

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