2-2

 強敵、安灯あんどう 明歌黎あかりとのタイマン(というかラスボス戦)をかろうじてノーコンで突破したお昼休み。



 かと思えば放課後、思わぬ伏兵、災難に見舞われる。



あたしは、安灯あんどう 結瑪凛ゆめり

 あんたが、田坂たざかだな。

 昨日、恐れ知らずにも、うちの妹の秘密をあばいた不届き者」



 いつもの文芸部へやで小説を嗜んでいると、いきなり絡まれた。

 対する俺は、あからさまに不愉快な様子ようすで、紙から目を離さないし、閉じたり隠したりもしない。

 すべてではないにせよ、互いの多くを、俺達は知っている、知り過ぎているから。



 普段の俺なら、こんな態度は示さない。

 けど、今は例外だ。

 俺と彼女の他に、この場には誰もない。

 それに、本性を隠しているのは、お互い様だ。

 そうでなければ、安灯あんどう 結瑪葉ゆめははこの場にない。



「……断っておくけど。

 ぼくは別に、彼女のストーカーなんかじゃない。

 昨日のは、単なる事故だ。

 あんなことになるなんて、ぼくは知る由もかった。

 僥倖ぎょうこうの対価として、見合ってない、法外なスリル、リスクを要求された。

 ギリ不運寄りの、偶発的なハプニング」



 膝を組み、頬杖をつき、目線は意地でも合わせず、挑発的に返す。



大方おおかた、とっくに調べはついてるんだろ?

 クラスの連中は、微塵も疑ってない。

 そもそもぼくに、そんな素振り、要素はい。

 あなたの妹君にも、言っといてくれ。

 間怠まだるっこしい、手緩てぬる真似マネなんかしてないで、自分から直談判しに来いって」

「喧嘩売ってるのか」

「買っただけだ。

 最初に仕掛け、けしかけて来たのは、どこの転売ヤーだ?

 エアプ厨、難癖、越権行為とは違う。

 買った上で、気になってしかるべき不満点を枚挙する権利は、どの時代でも平等に与えられている。

 それとも、ぼくがサイレント・コンプレーナーになる未来でも切望してるっての?」



 互いに喧嘩腰になる俺達。

 俺なんて、普段は及び腰なタイプなのに。



「あんた……あたしの前では随分ずいぶん、偉そうだね。

 さては、猫被りか」

「傲岸不遜なのはお互い様だ。

 あなたの妹君だって、中々の曲者、屈折者だ。

 付け足せば、『猫を被る』というのは、特に女性に対して使う表現だ。

 生憎あいにく、この場でぼくに対して用いるのは相応ふさわしくない。

 分かったら、とっとと帰って日本語の勉強でもやり直すんだね。

 これ以上、あなたの脆弱な語彙力を露呈し、ぼくの前で弱み、黒歴史を粗製乱造したくなければね。

 それとも、なにかな?

 ひょっとして、『日本人としての尊厳をぼくに踏みにじられたい』的なフェチズムを、姉妹揃って持ってでもいると?

 だったら、お相手するのもやぶさかではないけど?」



 しっ、しっと、意地悪く追い払ってみせる。



 ここまでやれば、さしもの彼女も引くだろう。

 そして日中、現実世界で安灯あんどう 明歌黎あかりと関わることも無くなり。

 俺はまた夜、レイメイにだけ接していればくなる。

 という寸法だ。



 願ったり叶ったりだ。

 どうせ今は、リアルでまで関わり合いになんて、なりたくなかったし。

 七面倒だし、巻き込まれる必要、ルートのかった厄介事に見舞われるだけだ。



「あんた……どこまで気付きづいてる。

 なにを考えてるんだ」

「一刻も早く、あなたがぼくの前からなくなってくれる未来」

「だったら、ご期待通りに退散してやる。

 態々わざわざあたしが出向かざるを得なかった用事を遂行してからな」



 行歩こうほし、テーブルの向かい側まで迫り、俺と顔を突き合わせ。

 安灯あんどう 結瑪凛ゆめりとやらは、俺にげる。



「これ以上、明歌黎あかりに関わるな。

 いか。

 これは、フリでも忠告でも、ましてや照れ隠しでもない。

 紛れもない、忌憚い、れっきとした命令だ」

「それを態々わざわざぼくに伝える為に、みずから率先して憎まれ役を買って出たと?

 うるわしい姉妹愛だなぁ。

 涙の海が枯れ果ててしまいそうだよ」



 皮肉混じりに嫌味を飛ばすと、安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは睨みを利かせ、目の前からロストした。

 どうやら、要件とやらは済んだらしい。



「……最後に、もう一つだけ、はっきりさせておく」



 と思いきや、ドアノブを握りつつ、こちらを振り返らずに、安灯あんどう 結瑪葉ゆめはは言う。



「あんまり、調子に乗るな。

 あんたの言う通り、ただ互いの秘密を交わしただけ。

 同情なんて、しくない。

 明歌黎あかりは、中途半端なあんたとは違う。

 あんたみたいに、自分しかない場所で、世界の中心気取って高みの見物して自惚うぬぼれてる。

 根性無しのピエロじゃない」



 負け惜しみに近い台詞セリフを残し、安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは去った。

 その足音が完全に捉えられなくなった頃、だらんと手を垂らし、俺は背凭れに身を預け、一息をいた。



「どこまで策略家なんだよ……」



 まさか、ここまで仕込み、仕組んで来るとは。

 敵に回したくないし、あまつさえ味方にだって置いておきたくない。

 頼むから、俺の平穏、平凡を壊さないでしい。

 避けられない、思いがけないトラブルとはいえ、どうして、あんな人種と交差してしまったのか。



 ……待てよ?



「っ!?」



 はたと気付きづき、ガバッと上体を起こす。

 案のじょう、俺の視界から、まだ途中の物語。

 書き掛けの小説が、消えていた。

 彼女のトケータイに、デジタライズされたのだ。



 この部屋に、俺以外の住人はない。

 そして、彼女の他に来訪者もない。

 そもそも、見失ったタイミングから見て、ず間違い無く。


 

 どう考えても、彼女の犯行だ。



「……マジかよぉ……」



 ショックのあまり、テーブルに突っ伏す。



「ロックくらい、掛けとけよぉ……。

 一回で懲りろよ、俺ぇ……」



 盗人にまで成り下がってしまった相手に、思う。

 俺は間違い無く、彼女と出会うべきではなかったと。

 そうじゃなきゃ、こんな苦労も気苦労も、しなくて済んだのに。

 なにもかも普通な、なにい存在でいられたのに。



 その上で、思うのだ。

 とどのまり、どうあっても俺は、彼女からは決して、永遠に逃れられないのだと。

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