第2夜「アイメイ」

2-1

 夜を想起させる、漆黒のボサボサ髪。

 蛍みたいな、黄緑色の瞳。

 左目を隠す、顎までる前髪。

 伊達眼鏡に、リュックサック。



 暗いのは、言われずとも分かっている。

 というより、むしろ意図的に、そう取られるように振る舞っている。 



 田坂たざか 蛍音けいと

 高1。

 成績、名前、見た目、身長、声、家がら、腕力、スタミナ、その他諸々のステータスが軒並み標準レベルな、普通の高校生。



 なんて言うとお叱りを食らいそうだが、本当ほんとうにその通りなのだから、どうしようもい。

 


 強いて特徴を挙げるとすれば、小説が好きなこと

 そして、今のクラスだけでなく、常に望んで周囲から浮いている、孤立してること

 人前では「僕」と呼称するが、実際の一人称は「俺」なこと

 述べるとすれば精々せいぜい、この程度だろう。 



 無論むろん、これまで友達なんてためしいし、彼女なんてもってのほか



 けど、本当ほんとうにハブられるのはいやだから、最低限の気遣いは心掛けてたりもする。

 ワークや辞書、教科書を貸したり(ジャージやペンは拒否られる)、日直や掃除、委員会などの当番を代わったり。

 まぁ、ようするに、使い勝手のいパシリだ。



 別に、今のポジションに、そこまで不満はい。

 もどかしかったり、億劫だったりはするけど、常に侘しさを感じさせられるよりは増しマシ



 それに、鍋奉行的な役回りではあるけど、カラオケなどにも誘われもする。

 無論むろん、歌う気分には到底ならないし。

 部屋に二人だけの時に、オーディエンスに徹さず、給水やトイレに行く勇気もい。

 そもそも、現代の遊びとは、昔とは一線を画するのだが。

 


 社会人になるためのリハだと思えば、そこまで苦ではない。

 どうせ大人になれば、昔のクラスメートたちとなんて遊んだりはしない。

 飲み会や遊びに誘われるのは月イチくらいで、休日は日がな趣味に没頭しているのだろうから。

 現状と、ほとんど変わらない。

 特に、このリモート時代においては。



 それに、騒がしいのは、あまり好きじゃない。

 どちらかと言えば、静かな場所で本に浸っている方が性に合っている。

 そういう意味では、今のスタンスはお誂向きなのかもしれない。



 長くなったので、そろそろ纏めよう。

 ようするに、そんな俺が学校で、用事もい異性に声を掛けられるなど、有り得ないということ

 その相手が、3年のトップ・ランカー、安灯あんどう 明歌黎あかりであれば、尚更だ。



 ーー本来であれば。



田坂たざかくん。

 昨日は、ありがとね」



 真ん中の最後尾で読書をしていた俺に、くだんの花形が声を掛けてくる。

 モノクロに映る視界で、彼女だけが、ビビッドな輝き、存在感を放つ。

 その眩しさに気を取られてラグっていると、やにわに辺りがザワついた。



「え、何?」

「どういうこと……?」

なん安灯あんどうさんが、田坂たざかに……?」



 名前を呼ばれただけでビクついてしまう、分かり易く小心者な俺。

 そんな俺に対し、安灯あんどう 明歌黎あかりは、揶揄からかいの色などまったく告げる。



「昨日、カラオケで忘れ物しちゃって。

 でも、田坂たざかくんが気付きづいて、こっそり机に戻してくれたの。

 誰なのか確証はいけど、きっと、田坂たざかくんだよね?

 私の知る限り、田坂たさかくんだけだもん

 こういうことが出来る気遣い屋さんは」



 ……なるほど。

 そういう感じで来たか。



 まぁ確かに。

 そういう背景でもくては、イベントなど以外で、かの安灯あんどう 明歌黎あかりが接点、関わりなんて持つはずい。

 しかも、俺みたいな転校生、後輩となんて。

   


 それでいて、「家に届けた」とか「呼び出して渡した」とか「手紙が添えられてた」とか。

 そういう余計なワン・ポイント、勘違いしまくりなアピールもく、逆に秘匿してるという設定。



 おまけに、演技めいた調子で大声で演説してる感じでもなく。

 あくまでも居合わせたというていで、俺との会話を、皆にも聞かせてる。



 ……手練だな。

 ダブスタ上級者か。

 人気者は大変だ。



田坂たざか安灯あんどうさんを助けたの?」

「やるじゃん、田坂たざか

「相変わらずだな」

本当ホント、そういう所、すげぇよな」


 

 安灯あんどう 明歌黎あかりの言葉を聞き、同調する面々。

 けれど俺には、どうしても、違うように聞こえてならない。




「変なことしてないでしょうね?」って。

「相変わらず(便利)だな」って。

本当ホント、そういう所(だけは)、すげぇよな」って。



くせに」、って。

 


田坂たざかくん?」



 れた被害妄想に囚われていると、昨晩よろしく、安灯あんどう 明歌黎あかりに、心配そうな声を掛けられる。

 追って周囲から、「安灯あんどうさん無視するとか、生意気」「一回、奇跡的にポイント上げられたからって、調子乗んな」みたいな視線が、突き刺さる。



 ……仕方しかたい。

 ここで乗らずに空気を悪くした結果、お声がかからなくなるのは避けたい。

 そうなっては、シカト→虐め→保護者面談ルート驀地まっしぐらではないか。

 そんなの、御免だ。



 となれば。



「……当たっててかった。

 ちょっと、自信かったんだ。

 気付きづいたのも偶然だし。

 何となく、安灯あんどうさんが持ってた気がしただけだったから」



 栞を挟んで本を閉じ、机の中に入れ、目を合わせながら答える。

 上手く笑えるほど、器用ではないから、せめて、これくらいの誠意は見せないと。

 


 そんな俺の反応でも満足したのか。

 安灯あんどう 明歌黎あかりは、羨ましいほどに透明な笑顔を、僕に振る舞う。



「大正解。

 流石さすが田坂たざかくん。

 我が学園の誇る、お助け名人。

 本当ほんとうに、ありがとう。

 これからは私も気を付けるけど。

 またなにったら。

 その時は、よろしくね?」



 手を合わせ、茶目っ気たっぷりにおねだりする安灯あんどう 明歌黎あかり

 本当ほんとうは、本の世界に意識を飛ばしながら適当に相槌を打ちたい所だけど、我慢して返す。



「……また偶然、気付いたらね」



 好意なんて垣間見えない、それでいて無愛想でもない雰囲気を装い、返答する。

 安灯あんどう 明歌黎あかりは振り返り、横目で俺を見る。



気付きづいてくれるかもね。

 田坂たざかくんなら、もしかしたら。

 偶然」



 その会話を最後に、安灯あんどう 明歌黎あかりは帰る。

 といっても、自分の席ではなく、仲良しで構成された輪の中にだが。



「てか明歌黎あかり、昨日カラオケ行ったの?」

うちも誘えしー!」

「ごめんって。

 ちょっと、他校の子達とね。

 田坂たざかくんとは、図らずも居合わせただけ。

 みんなとなら、いつでも行けるし」

「じゃあ、今日行こう!

 むしろ、今ぐ行こうっ!」

「あんたが保健室でサボりたいだけでしょ?

 我が校の誇る平均点キーパーに、悪いこと教えないでくださーい」

「だったら、もっと好都合じゃん!」

「少しは勉強せぇよ、色々と……。

 夜まで我慢せぇよ……。

 どうせ、タダなんだから……」

「てか、トケータイにデジタライズしなよ。

 マテリアライズしたまんまとか、前時代的、不用心でしかないよ」

「うー……。

 急な横文字のオンパレード、めてぇ……」

たよ、ここにも。

 前時代的な人間が。

 い加減、慣れろ」

「あはは。

 ごめん、ごめん。

 今度からは、ちゃんとトケータイに戻しとくから」



 いつも通りのコントを繰り広げる安灯あんどうグループ(なんか一大財閥みたいだな)。

 大方おおかたこれから、詳しい事情聴取を受けるのだろうが、今よりかは簡単に掻い潜れるだろう。



 俺ならともかく。

 安灯あんどう 明歌黎あかりの言うことなら無条件、即座に信用するだろう。

 俺に好意を寄せてる子なんて、あの中にはやしないだろうし。



 そんなわけで、高難易度の緊クエもクリアしひそかに安堵しつつ。

 再び文庫本を取り出し、読書に耽る。 



 さて、と。

 そろそろリアルから、再び飛び立ちますか。 

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