第1夜「ケイメイ」

1-1

「オルタナだったんだ……。

 安灯あんどうさん……」



 午前2時。

 本来なら、寝静まっている『鶏鳴ケイメイ』。

 他に誰も、スタッフさえない喫茶店で、俺は彼女に、そう告げた。



 黄色とオレンジの間みたいな、綺麗な長い髪。

 雪明りを彷彿ほうふつとさせる、青い瞳。

 片耳だけ隠している前髪(普段とは逆になっている)。

 出る所は出てる、均整の取れたボディ。

 老若男女に出会い頭に親しまれそうな、ほがらかな雰囲気(今は微塵も残ってない)。



 改めて思う。

 学園一の人気者、安灯あんどう 明歌黎あかりともあろう人が。

 こうして深夜に食卓を囲っているのだろうと。

 なんだって、日陰者の俺なんぞと。



 まぁ……不可抗力、図らずもとはいえ。

 俺が余計な現場に居合わせてしまったからだけど。

 彼女の意外な現場の目撃者に、なってしまったからだけど。



「はぁ……」



 いつも理由も突拍子もく笑っているにしてはめずらしく、今は嘆息する彼女。

 やがて安灯あんどう 明歌黎あかりは、露骨に鼻と顔を曲げ、外方そっぽを向きながら、目線だけ俺に寄越す。



「こうなった以上、隠し通すのは無理よね」



 いつもより大人びた口調と開き直った様子ようすで。

 安灯あんどう 明歌黎あかりは、俺にメニューを差し出す。



えず、なにか頼みましょう。

 そうでないと、精神的に、やってられないもの」



 思わぬ提案に、俺は身構えてしまう。

 瞬間、安灯あんどう 明歌黎あかりはジトになる。



「……なに?」

「……たかられたり、しない……?」

「タカ……は?」



 しまった。

 つい、普段の調子で、現代人らしからぬ言葉を使ってしまった。

 俺だって一応、一端の高校生なのに。



なにそれ。

 どういう意味かしら?」

「あー、いやぁ……。

 ……そのぉ……」

「前から気になっていたのだけれど。

 あなたって、はっきりしないわよね。

 年上として助言するけど。

 そういうナヨナヨした所、い加減、直したらどう?

 そんな優柔不断じゃ、もう少しで大学生になったら、苦労するわよ?」



 ……君が、竹を割りぎてるだけじゃないか。

 などと思ってはいるものの、絶対ぜったいに口には出さない。

 そんな暴挙を披露した暁には、俺の明日あすは確約出来できないだろう。



「……ぼくの奢り……。

 とかじゃ、ない感じ、かなぁ……」

「……は?」



 思ったままを口にすると、さらに不愉快そうな面持ちになる安灯あんどう 明歌黎あかり

 


 やっぱり、本音を晒すなんて、ろくなもんじゃない。

 そもそも、こうして異性(しかもクラス随一の人気者)と、顔突き合わせて夜中に食事だなんて、いくなんでもハードル、レベルが高過ぎる。

 こんな、想像するだに恐ろしい真似マネを、何故なぜしてしまったのか。



 あー……死にたい。

 数分前の自分を、この世から抹消したい。

 こんなん、どう考えても、絶許案件でしかない。

 ただでさえ、クラスでも浮いているのに。



 などと頭を抱えていると、やにわに安灯あんどう 明歌黎あかりが吹き出した。

 この、敵意と退屈さ剥き出し状態の彼女が笑うだなんて、思いもよらなかった。



「当ったり前じゃない。

 そもそも、お金なんて要らないでしょう?」

「……あ……」



 すっかり失念してた。

 そういえば、はそういう世界線だった。



かく

 さっさと、頼んじゃいましょう。

 どうせ、財布にダメージは当たらないわ」

ばちは当たりそうだけど……」

「あなたねぇ。

 そんなの気にしていたら、この先やって行けないわよ?

 そういうしがらみから解放されたいからこそ、この世界が出来できて、あなたは今、ここにる。

 そうでしょう?」

「それは、まぁ……その通り、だけど……」



 だからといってぐに割り切り、適用出来できほど、メンタル力もスペックも高くない。

 が、正論ではあるので、ここは安灯あんどう 明歌黎あかりに従うことにした。



「ところで、さっきの話だけれど」



 フライドポテトを突きながら、安灯あんどう 明歌黎あかりが確信を突く。



さっきの『オルタナ』って、どっちの意味?

 あたしが歌ってたジャンル?

 それとも、猫被っていたあたし自身に対して?」



 ……鋭いな。

 そして、本当ほんとうにズケズケ来るな。

 そう思いつつ、俺は正面から切り返す。



「……どっちも、かな……」

「比重は?」

「7:3、くらい……?」

「どっちが、どっち?」

「言った順……」

「てことは、ボーカルのが印象的だったと。

 あるいは、あたしがキャラ作ってるのはお見通しだったとも取れるわね」



 ……誰だって、気付きづく気がする。

 正真正銘の八方美人なんて、はずい。

 なんて言うと拗れる可能性が多分にるので、黙っておくとして。



「……ああいうの、好きなの……?

 その……覆面系、的な……?」

「悪い?」

「ってより、意外……かな……」

「まぁ、そうでしょうね。

 偽物のあたしの偽装は、我ながら中々だものね」



 明らかに上から物を言う彼女。

 けど、嫌悪感は向けないのは、彼女の人がら有ってこそだと思う。

 あるいは……そういう欲目、かもしれない。



「それにしても」



 頬付をつきつつ、なおも食べ進める。



く、ここまで辿り着けたわね。

 まさか、あたしを見付けられる存在が現れるとは予想外だったわ。

 しかも、真夜中、こっちの世界でなんて」



 それに関しては、俺も同感だった。



 いつも通り、聞き専に回っていた俺。

 そんな俺が、役目を果たし解散したあと

 帰り際に偶然、発見したのが、先に上がったはずの彼女だった。



 それも前述の通り、それまでのアイドルや西野カ◯などを歌っていたマドンナと同一人物とは思えない。

 ゴリゴリのロックを絶唱している最中の。



「もうお気付きだろうけれど。

 あたし、こっちが素なの。

 いつものは、いやな空気を作りたくないがために身に着けた、ただの擬態。

 本当ほんとうあたしは、こんなサバサバした感じなの。

 ガッカリした?」

「というより、ホッとした、かな……。

 こっちの方が、親近感湧く気がするってーか……」



 俺の感想が意外だったのか、安灯あんどう 明歌黎あかりは再び、声を上げて笑った。

 反応に困り、俺は引き攣った笑みを見せた。



「その割には、ぎこちないけれどね」

「相手が相手だし……」

「悪者みたいに言わないで頂戴ちょうだい



 食事を終え、今度は両手で頬杖をつき、安灯あんどう 明歌黎あかりは意味深に微笑ほほえむ。



「で?

 これから、どうするもり?」

「……なんの、話……?」

「恨み辛みの対象の弱みを握ったのよ?

 どんな報復を受けさせるもりなのかしら?」



 なんで、嬉々として言うのだろう。

 それはさておき、飾らない本音を、俺は明かす。



「……別に。

 なにもしないよ。

 今まで通り、最低限の会話をするだけの、普通の後輩でいる。

 そもそも、ぼくが言った所で、誰も相手にしない」

「ふーん。

 詰まらないし、ポジティブなのかネガティブなのか、く分からないわね」



 ぼんやりと窓の外を向きながら、けれど別の方向を見詰めながら、安灯あんどう 明歌黎あかりは語る。



「昔、言われたの。

『ロボット、アンドロイドみたい』って。

 それがいやで。

 どうしても、どうしようもなく、いやで。

 だから、親に頼んで転校して、誰もあたしを知らない新しい学校で、今の自分あたしを確立した。

 みんなに好かれる、親しまれる、継ぎ接ぎ、偽りだらけの、明るい自分を。

 っても、任意に切り替えてるわけじゃなくって、家族以外と接する時には、勝手に入れ替わっちゃうのだけれどね」

「……ぼくの前でも、そのままなんだ」

「もううに割れてるのに、なんで隠す必要がるのよ。

 別に、他の誰かがるんでも、身バレする危険が潜んでるんでもないのに」



 内心、少し落ち込んだ。

 別に、信頼してるから、とかではないらしい。

 まぁ、「そこまで軽くも愚かでもないでしょ?」とか言われるよりかは増しマシか。



 ……すこぶむなしいな。

 この比較。



「こっちのあたしは、『レイ』。

 対人用のあたしは、『メイ』。

 そう呼んでるの。

 二人合わせて、『レイメイ』。

 覚えやすいでしょ?」

「……そう、だね……」



 他人事ぎないか?

 とは思うけど、触れないでおこう。



「メイでれば、難無くコミュニケーションが図れる。

 反面、精神的な負担が大きくってねぇ。

 ああして、レイになって絶叫して定期的にストレス発散してないと、メイを保てなくなるの。

 だからこうして、技術が開発されたのをことに、夜限定で、レイとしてガス抜きしてるってわけ

 っても、急にカラオケ行く流れになると、流石さすがに困るわ。

 いつまでメイを維持出来できるか、分からないもの」

「あー……」   



 そこまで来て、気付きづいた。

 ひょっとして彼女は、俺がリークすることで、今の自分を脱却したかったのではないかと。

 高3、それも志望校に合格済みなのに転校というのは流石さすがに勘弁願いたいから。

 偽りの仮面を投げ捨て、人間関係をリセットし、しがなく生きたかったのではないだろうかと。

 


 だとすれば生憎あいにく、力に離れそうにい。

 そもそも、人選ミスもはなはだしい。



「……ま、別にいわ。

 あと半年の辛抱だもの」



 不服感を漂わせながらも、妥協する安灯あんどう 明歌黎あかり

 安心したのも束の間。



「ところで、田坂たざかくん。

 あたしのトップ・シークレットを知られたからには、どうなるか分かってるんでしょうね?」

「っ!?」



 ほらー、やっぱりこうなったー。

 そりゃそーだって。

 このままあっさり解散して、明日からまた普段通りシレッと接するとか、そんな都合の良いことが起こるはずいんだってー。

 いくら、日常生活にはなんの変化、影響も及ぼさないとはいえさー。



 などと頭を抱えながらも、事実確認だけは済ませようと、俺は口火を切る。



「つ……つまり……?」



 ビクビクする俺とは対象的に得意気に笑い、テイスティングでもするような眼差しで俺を眺めつつ、彼女は答える。

 俺の命運を分ける、運命の一言を。

  


「同盟を結びましょう。

 あたし達、二人だけの、秘密の同盟を」



「……はい?」



 まさかの勧誘に、素っ頓狂な声を出してしまう。

 一方、安灯あんどう 明歌黎あかりは立ち上がりテーブルから離れ、指パッチンしてクラシックを流しミラーボールを輝かせ、両腕を胸の前で組み目を瞑り、器用に倒れずに何故なぜかクルクル回りながら説明を開始する。



「ずっと憧れてたのよ。

 あたしと秘密を共有してくれる相手が、いつか出来できしいって。

 けれど、ギスギスした縺れとか、ドン引かれる危険性とか、内緒話こそシェアしたい性分を条件に入れると、どうしても異性しか選考出来できない。

 でも、あなたなら」



 ビシッ!! と、まるで「ようこそ」と歓迎せんばかりに、俺に右手を差し出す。

 といっても、届いてはいないが(離れてるので当たり前である)。



あたしに共感してくれて、親身になってくれて、ロックにも明るそうで、学校も一緒で、彼女もなくて、守秘義務を貫いてくれそうで、だらしないわけでもなくて、なにより控え目なあなたなら、なにからなにまでベストマッチだわ」



 ……なんというか、うん。

 えず、ツッコむべきは。



安灯あんどうさんって、最初から面白い人だったんだね……」

「面白いのは、あなたでしょう?

 まさか、こんなに近くに、ここまで好条件揃い踏みな有料物件が潜んでるなんて、思ってもみなかったわ。

 もっと早く仲間、同士になっておけばかった。

 ぐにでも、言い寄ってくれたら助かったのに」

「無茶言わないでよ……」



 時代が時代なら、一日に何人もの異性をフり倒しそうな人にみずから近付くほど

 余裕も蛮勇も理由もい。



「で?

 乗るの? 乗らないの?

 断った所で、あなたにはデメリットはいし、引き受けてくれてもメリットは保証し兼ねるけれど」

「……本当ホントに勧誘する気、る?」



 中々にっ飛んだ誘い文句。

 けど、不思議と、嫌な気はしなかった。



 シンプルに、願ってしまったのだ。

 もっと、彼女について、詳しく知りたいと。



ようは、『夜限定で、メイに変身するためのエネルギーを、駄弁ることで蓄えたり、ピンチの時に助けたりする』。

 って感じで、いんだよね?」

ようやく理解が追い付いたし、落ち着いて来たわね。

 そういうことよ」

「それくらいなら、いよ。

 ぼく安灯あんどうさんと話すの、好きだから」

「交渉成立。

 只今より、『レイメイ同盟』結成ね」



 ……また、安直なネーミングを……。

 あーでも、『チーム・レイメイ』とか『レイメイト』よりかは真面まともかなぁ。

 覚えやすいし、言いやすいし。



「それと、田坂たざかくん」



 握手を済ませ手を離したタイミングで、安灯あんどう 明歌黎あかりは腰に手を当て、頬を膨らませる。



「『安灯あんどうさん』って呼ぶの、止めて頂戴ちょうだい

 その名前、『昼行灯ひるあんどん』みたいで嫌いなのよ。

 あたしことは『明歌黎あかり』、ないしは『レイ』って呼んで頂戴ちょうだい

 個人的には、『レイ』推奨よ。

 これから、こっちでメイと絡むことも想定し得るから」



 正直言うと、異性を呼び捨てにするのは、年頃にはキツいのだが……。

 そういう事情がるのなら、従う他無い。



 それに、愛称だったら、幾分か敷居も下がるし。

 なにより、彼女に逆らう方が、遥かにリスキー。



 となれば、おのずと選択肢は絞られるわけで。



「じゃあ……『レイ』」



 なけなしの勇気を持って呼ぶと、レイは「ふふん」と胸を張り、満足に笑う。

 かろうじてか合格圏内かは不明だが、及第点ではあったらしい。



「それじゃあ、『ケート』。

 改めて、よろしくね?

 気楽に、楽しみましょう。

 どうせ現実世界では、なにも変わらないんだから」



 そう。

 なにも、変わらない。

 関係が進展した所で、呼称をアップデートした所で、リアルには少しの影響も及ぼさない。



 何故なぜならこれは、秘密の同盟。

 世界にすら内緒の、俺達ふたりだけの誓い。



 正確には、それだけが理由ってんじゃないけど。

 他の誰も、知るよしも余地もいってだけだけど。



 正直言うと大分、複雑だ。

 けど、だからこそ安請け合いした面もる。



「……こちらこそ、よろしく」



 こうして俺達は、再び握手を交わした。

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