馴染みの居酒屋の2階の座敷席に集まった【捜し屋】全員と、もえむと我相。注文してすぐに我相は大ジョッキのビールを空にして、つまみのなんこつの唐揚げを瞬く間に半分片付けた。


「ホント、ありゃ頭おかしいんですって!」

「何回それ言うねんって!」

「かれこれもう18回近く言ってる!」

「数えてたんかいな鵲!頼みますわホンマ」


 我相はもう既に目が据わってきている。それを客観的に何も言わずにじっと見つめる俺、天峰、充の年長組……


「それで?その呪いの言葉って?」

「ホント、頭おかしいんですって!」

「そりゃもうわかったっちゅうねん!」

「19回近く言ってる!」

「お前、その時点で【近く】いらなくね?」


 もえむが我相にビンタをする。こっちも結構、顔が赤くなっている。


「……え?」

「おいタコ助が!訊いてんじゃねェか!頭おかしい頭おかしいってナンタラの一つ覚えみてぇによォ!」

「…………はい」

「…あぁ、なんだか眠くなってきちゃったン」


 もえむが美音に寄りかかるように肩に頭を乗せた。我に返った我相は口を開く。


「あの教団にとって、【かす】って言葉は呪いを意味する【curse】に響きが似てるからって、タブーとされてるんです。特に呪われた言葉が【わぁ、イカすぅ!】だそうで……」

「なんやそれ。けったいな話やな。そんなんであんさんら、幽閉されとったんか?」

「まぁ……」

「因みに、我相さんは何て言ったんです?」


 美音は寄りかかってくるもえむを寝かせて言った。


「確か、【胃下垂】って……」

「……大変だな、お前らも」

「でしょ?毎日言葉を選ばないと、異端審問官に連れて行かれて矯正されまして……」

「そいつは許せねぇな」

「あ、あと……」


 我相は本気の顔になった。


「今度は音路町に、一斉に教団幹部を差し向けて、暴動を起こすとか何とか……呪いに満ちあふれた世の中を粛正しようって……」

「そりゃ、マジか……」

「だ、そうです」

「これ凄い情報ですよ!アマさん、これを証言として御夕覚刑事に……」


「いや、待て」


――沈黙と、すぅぴぃというもえむの寝息の中、カタリとグラスをテーブルに置いて口を開いたのは天峰だった。


「ハリさん、これはもう重要証言として有効じゃないすか?もう勝ったみたいなもんですよ?」

「甘いな、このサクランボみたいに……」


 グラスに残ったサクランボをパクリと銜えて、冷ややかな目つきで天峰は言った。


「あっさり終わらせちゃ、面白くないだろ」

「……え?」

「なんつか、ヒリヒリしないよな?」

「……」

「まぁ、任せろ」


 にやりと邪悪な笑いを浮かべた天峰は、低くてざらついた声で言った。


「この天才、針生天峰様の恐ろしさをじっくりじ~っくり…味わわせてやらなきゃ……」


 美音が俺に呟いた。


「ハリさん、やっぱヤバい奴じゃん」

「……だな」

「よし、そうと決まれば作戦だ」


 こうなってしまった天峰は正直、俺にも止められない。くわばらくわばら……俺は早々に会計を済ませ、店をあとにした。

――その後にいなくなったのは、天峰と鵲だった。俺は心の中で鵲に合掌した。

 すまない、この恩はいつか返す。

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