その日は読めない天気だった。にわか雨の可能性のある曇り後晴れの天気っていうのは、個人的にどうも信用ならない。濃い鉛色の雲が空を覆っている。そんな中、俺のところにもえむがやって来た。


「アマさん……」

「ど、どうしたんだ?」


 目を腫らして真っ赤になった顔で、声をしゃくり上げながらなんとか言葉を絞り出す。


「ゆ、裕太郎くんが……」

「どうした?」

「帰ってきたんです」

「えっ?」


 俺と美音はもえむに顔を寄せた。


「帰ってきた?」

「ちょっと……来て貰っていいですか?」



「なんだ、この男の子、天河さんのお友達なの?」


 クレープ屋【NACK】の店主、鯵川がキッチンカーの脇に設けたテーブルを指差す。貪るように3枚のクレープをがつがつと食べる坊主っくりの男は、うまいうまいと涙声で呟きながら涙を流している。


「彼……」

「ん?」

「有名なボカロPなんですって」

「え?何て言う?」

「【ワーイ】さんですって」

「マジすか……やっべぇ有名人だけど、あれ見るとただのやっべぇ奴じゃないですか……」


 やや引き気味でもえむはそれを眺め、さらに引き気味で直立不動な鉄が仏頂面で見ている。


「我相裕太郎くんってのは、君か?」

「はふっ、ふぁっ、ふぁふっ……」

「返事はそれ、飲み込んでからにしな」


 クレープを3枚片付け、アイスコーヒーをらっぱ飲みすると、我相は生き返ったような顔をした。


「いやぁ、僕、この3日間何も口にしてなかったから……」

「え?3日間も?どこにいたの?」

「いや、僕も分からないんだ。何かを嗅がされたかと思ったら……」

「思ったら?」

「地下室みたいなところに幽閉されて……あ、僕だけじゃなくて、何人もそこに……」

「何でそんな事に?」

「僕らが、悪いんだ」


 クレープの包み紙をくしゃりと握り潰すと、我相は口を開いた。


「呪いの言葉を、口になんかしたから」

「呪いの言葉?」

「それは、教団絡みなのか?」

「なっ、何で教団のことをご存知なんで?てか、何で今川焼き屋さんが、ここに……」

「裕太郎くんを、捜してくれてたんだよ?」


 キョトンとした顔になる我相。いまいち状況が飲み込めないらしい。


「まぁ、詳しい話はあとにしよう。何か嗅がされたのはわかった。問題はその前の話だよ」

「はぁ……」

「教団について、話してくれないか?いや、君はもともと教団に入ってたのか?」

「いえ……これには色々事情がありまして……」


――我相の話によれば、こういう事だった。

 有名ボカロP【ワーイ】である我相だが、学校の単位や学業においての負荷も大きくなり、疲れてきたところに訪問販売のように訪れた一人の中年男女。

 2人は超然とした笑みを浮かべていた。この笑顔が我相にはたまらなく羨ましく思えたのである。


「一度切りしかない人生」

「せめて笑って過ごしたいじゃありませんか!」


 2人の言葉に感化され。あっという間に我相は教団への入信を決めた。そして教団には笑顔を模した面を着けていくようになる。


「あんなの着けて外、あたいなら歩けないわよ」

「冷静に考えたら、そうですよねぇ」

「そんなに魅力的だったんだね……」

「まぁ、その時はね」


 アイスコーヒーの氷をゴリゴリと噛み砕くと、我相は言った。


「蓋を開けてみたら、とんでもなかったよ……」

「というのは?」

「と……とりあえず」


 我相はぶるりと震えた。


「少し暖かいところに場所を移したいです。できれば……ちょっと体が温まるような物を飲みながら……」

「喫茶店か?」

「あ~、そっちかぁ」


 こいつ、よりによって酒が飲みたいらしい。素朴なナリをしてかなりの強かさだ。


「わかった、今後の方針を決めたいからな。馴染みの居酒屋でいいか?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「なら喫茶店で?」


 少し残念そうな顔をした我相に俺は言った。


「冗談だよ。俺も飲みたかったからな」



 

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