音路町ライオット

 秋口はいつもよりも日が落ちるのが早い。街路樹として植えられた桜の木や銀杏の木が用が済んだような木の葉を地面に放り投げるように落としている。

 駅前のカフェは一足早くイルミネーションの準備をしている。駅前広場に置かれたゆるキャラの【MLくん】も窮屈そうに配線をぐるぐる巻かれている。


「話を訊かせてくれないか?」


 もえむは一足早くジョンレノンの【War is over】を流すカフェの中でアールグレイのカップを両手で包むように飲んでいる。俺と美音はもえむの話を訊く。


「あたし、このへんの人じゃないんです」

「なるほどな、何を捜しに来たんだ?」

「あの、あたし。遠距離恋愛してるんですよ」


 もえむは1枚の写真をバッグから抜いた。プリクラのようだ。頬の脇でピースをする隣に、にっこりと笑った素朴なパーカー姿の色白の男の子。こちらはなかなか垢抜けない感じ。


「この街に、彼はいるんですか?」

「えぇ、の、ハズなんですけど」

「ハズ、っていうのは?」


 少し震えながらもえむは口を開いた。


「行方が分からないんです」

「なるほどな」

「お兄ちゃん、ちょっと待って」


 美音はもえむに身を乗り出しながら訊く。


「遠距離恋愛なんでしょ?なんで行方が分からないって?」

「毎日連絡をしてたのに、いきなり来なくなったんです。3日もですよ?」

「ところで、その彼は?」

「裕太郎。我相裕太郎わあいゆうたろうです」

「何をやってる人?」

「音楽系の専門学生なんですけど、ボカロPをやってるんです」

「ボカロPって?美音」

「ボカロっていって、歌を歌うAIみたいなのが歌う曲を作ったりする人たち。よね?」


 俺にはいまいちよくは分からない世界だ。美音は訊いた。


「何ていう曲を?」

「【密室】って曲……」

「はぁ!?マジで?」

「ちょ、美音。有名なのか?」

「有名も何も、むちゃくちゃ有名だよ!ほら、これ」


 美音が渡してきたイヤホンから流れてきたのは、渋いメロディーと曲調の曲。メロディーに合わせて甲高い声のAIが平坦な声で歌っている。


「これを、こいつが作ったのか?」

「はい」

「そういえば、【ワーイ】さんの新曲も作るって言ったきりなくなったし、だとしたら頷けるなぁ」


 俺は不意に外をちらりと見る。もう【MLくん】に巻かれた配線も虹みたいなカラフルな電飾に変わっている。


「お願いです。裕太郎くんを捜してください!」

「構わないよ。うちは料金は基本取らない。捜査によっては別途かかるかもしれないが、了承してくれ」

「はい」


 俺はコーヒーを片付け、伝票をかすめ取った。もえむはもじもじしながらアールグレイをちびちびと飲んでいる。


「部屋には行ったのか?」

「……いや」

「どこに住んでるのかは?」

「わかります。ただ、鍵がなくて……」

「アパートなのか?」

「いや、一軒家みたいです。一人で借りて住んでいます」


――一人で住んでる音楽系の専門学生にしては、やや大きすぎる気はしたが……


「お願いです。あたし、心配で心配で、夜も9時間しか眠れなくて」

「しっかり寝てるじゃないの!」


 てへっ、と舌を出すもえむ。俺はもえむに訊いた住所をスマホのメモに書いた。


「ついでに、その写真貸してくれないか?」

「これは、ちょっと……」

「お兄ちゃん、写メっちゃえばいいじゃない?」


 美音の言う通り、俺は写真をスマホで撮影した。これさえあればだいたいの材料としては申し分ない。

 我相が、この音路町界隈にいればの話だが……

 

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