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「あ!今川焼きあまかわの!」
和菓子屋【もくれん】の新しい店主がぺこりとこちらに頭を下げてきた。以前の悶着【音路町ラプソディ】で話題の中心を掻っ攫った兄とは180度違う折り目正しさ。洋菓子を学ぶ為ヨーロッパで修行をした店主は、和菓子に洋菓子のエッセンスをブレンドした【ネオ和菓子】を売りにしている。
「ここが、もくれんか?」
「左様でございます。あ、そちらの方はクレープ屋さんの……」
「我は鉄と申す者であります。以後見知り置きの程……」
「あははは、面白い方ですね。ひょっとすると、S1グランプリの?」
「左様で」
和菓子のカウンターには昔ながらの練り切りから、バターどら焼き、ふぃなんしぇという味噌を使ったスイーツ、バラエティは豊富だ。
「やっぱり、グランプリを?」
「いやいや、こんな猛者だらけのところに、僕みたいな未熟な奴は……でも、引っかかれたら嬉しいなって」
「謙虚だな」
「何か、召し上がって行かれますか?お茶でも?」
「せやなぁ、ちょっとくらいはええんちゃう?」
「そうだな、メロンパン食った後だけど……」
きんつばを摘まみながら茶を飲む。きんつばは甘味が控え目で、中に入っている栗の堅さも絶妙だ。プラスでたのんだふぃなんしぇも、絶妙な塩気がアクセントになっていて美味い。
「あ、ここにいたんですね?鉄さん」
「あ、鯵川……」
「今川焼き屋さんも。あれ?甘納豆も?え?」
「あ、クレープ屋さんやないか」
「御無沙汰っす」
鯵川は何がなんだか分からなそうな顔をしている。
「視察?まさか」
「左様で」
「グランプリの?」
「左様で」
鯵川はからからと笑い出した。
「まさか、視察して何かヒントを見つけようとしてくれてるんですかね?」
「ま、まぁ」
「鉄さん、有難う。嬉しいけど、うちはうちの本気で戦いたいんだよね」
「べ、別にそういう訳じゃ……」
「分かってますって。この街は激戦区だ。【今川焼きあまかわ】さんを筆頭に猛者揃い。そこに食い込めただけでも充分だ」
「いや、俺らはただ色んなスイーツを食べに来ただけで……」
熱くなってきた鯵川は声高に言った。
「お互い、悔いの無い戦いをしましょうよ。ね?」
俺はあんまり興味ないんだという言葉を飲み込み、鯵川のやや綺麗で小さな手を握った。
鯵川の握力は意外に強かった。
†
翌日、鉄がまたうちの店にやって来た。深々と頭を下げて。
「此度は、お手数をかけて……」
「いや、いいんだって。俺たちも楽しかったし」
「そういえば、アマさんの今川焼きをまだ食していなかったな」
「あい、黒白ずんだ、なんでも」
「左様ですか。ならば黒を1個……」
焼いている間もじっとこちらを見ている鉄。焼き上がった今川焼きを手渡す俺にまた深々と頭を下げ、鉄はそれを受け取った。
「さすがだ。皮のもちもち感が半端じゃない。これぞ匠の技だ」
「そりゃ、嬉しいね」
「それはそうと、アマさん」
「?」
俺は鉄の後ろに隠れていた女の子に気付いた。
「この娘に、【捜し屋】を知らないかと訊かれたんだが……」
「?」
少女、というより多分高校を出たすぐ後の二十歳前の娘。ひどくおどおどしたような表情を浮かべている。
「こんにちは、どうだ。うちの今川焼き、とりあえず食べてみないか?」
「あっ、有難うございます。なら、ずんだを……」
やや訛りのある喋り方。ふわふわの猫っ毛の毛質に、肌艶もよく、やや下脹れ気味の可愛らしい娘だ。
「【捜し屋】を探してたのかい?」
「え、えぇ」
「ほら、焼き上がったよ。とりあえずそれ食ったら話そうか」
娘は今川焼きをちまちまと食べ始めた。途中から美味しそうに頬張る姿は作る側としては嬉しい。
「我は仕事に戻る。左様ならば」
「あぁ、有難う」
鉄は去って行った。食べ終わった娘に俺は訊く。
「名前は?」
「
――この少女の来訪。これがこの音路町を揺るがす騒動のトリガーになろうとは、この時の俺は露も思っていなかった。
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