「やっぱりな、俺もそうじゃないかと思ってはいたんだが……」

「アマさん、どないしましょ?捜すしかあらへんでしょ?」

 

 俺は美音と充の報告を受け、早めに店を閉めた。【捜し屋】の仕事にシフトする為、メンバーを音路町駅前のいつもの喫茶店に呼んだ。


「まぁ、捜す相手は決まってる。俺達の仕事では常に最悪の事態を想定するのが基本だ。まずは倭同を捜そう。捜すのは夜湾と、天峰だ」


 夜湾はこくんと頷き、天峰も戸惑いながらも頷く。美音は自分に指を差す。


「お前は俺に付いてくればいい。充と彩羽、鵲は脚本家の金城を追い詰める。【狂乱のドグマ】の拠点なら、ホームページに記してあるだろ?」

「えぇ、劇団員を募集していますからね?んで、潜入はしなくても?」

「多分そんな猶予はない。だから充と彩羽を呼んだんだ。鵲は…もし金城がいない時の追跡役だ。安心してくれ。ちゃんと今川焼きはある」


 俺は紙袋を鵲に手渡した。やや冷めてはいるが自慢のずんだと黒餡が2個ずつ。


「じゃ、行くぞ」


 俺達はめいめいに立ち上がる。夕焼けが闇に沈もうとする空。時計を見ると夕方の5時を回っている。


「てか、ハリさん」

「どうした?」

「倭同っちゅうあんちゃん、金城のこと2枚目や言うてたんですよ?」


 天峰は首を傾げて言った。


「2枚目に、見えなくもないぞ」

「ホンマですか?」


 夜湾と天峰は連れだって反対方向に向かって行った。



 俺達はホームページに乗っていた雑居ビルの地下にある【狂乱のドグマ】の借りている事務所兼スタジオに向かった。スタジオなだけあってブースにはクッションのような防音壁が設けてある。俺はノックして中に入った。


「おたく、どなた?」


 事務だろうか。少しけばい女が話しかけてきた。若作りしてはいるがたぶんだいぶ歳はいっている。話すと微かにタバコ臭い。


「劇団に入れてくれっていう話じゃない。千石さんはいるか?」

「稽古中。もう少し待ってて」

「なら、金城さんは?」

「あんた、ホント何者なの?」


 充は身を前に乗り出して言った。


「非礼をお許し戴きたい。ここにいる倭同くんの友達なんですが、倭同くんが最近めっきり連絡すらくれなくて……」

「和弥くん?あ、そういや……」

「何か心当たりが?」

「最近、千石さんとやたら揉めてたんだよね。いっつも千石さんはいらいらしてて……」

「なるほど……で、金城さんは?」

「完全に、千石さんの腰巾着よ。千石さんが言った事は何でも正しいのよ。あいつは」


 脚本家をあいつ呼ばわりするという事は、あまり彼女は金城にいい感情を持っていないように思える。


「千石さんを、待っててもいいです?」

「あぁ、飲み物とかは出せないけどいいの?」

「構いませんよ」

「……あんた、それさ……」


 彼女は鵲の持っている紙袋に目を向けた。


「それ、【今川焼きあまかわ】の今川焼きでしょ?あ、誰かと思ったら、今川焼き屋さんじゃないの?」

「まぁ、そうだね」

「その今川焼き屋さんが何でこんなアングラ劇団に……まぁいいや。厚かましくて悪いけど、1個貰えない?あたし大好きなの。あそこの白餡」


 残念ながら黒餡とずんだしかないが……


「お、おトキさん。お客さんか?」


 よく通るバリトン、少し掠れた声の長身。彼が【狂乱のドグマ】劇団長の千石だ。タオルを首に巻いて汗を拭きながらやって来た。


「貴方が千石さん?」

「そうですが。入団ですか?皆2枚目と美人さんじゃないですか…」

「僕らはここに所属している、倭同くんの友人ですが、彼から連絡は?」

「いやぁ、こっちも困ってるんですよ……」

「……と、言うのは?」

「いきなり、来なくなったんです。劇団に」


 俺はやはり最悪のシナリオを思い浮かべてしまう。


「脚本家の金城さんは?」

「さぁ……彼もどこにいるか……」

「んな訳な……」

「お兄ちゃん!」


 美音が俺の前に立ち塞がるように立って言った。


「お邪魔しました」

「あ、美音ちゃん?」

「失礼致しました。何か心当たりがありましたら、ここに……」


 さすが充、名刺に携帯番号を書くと千石に手渡し、ぺこりと頭を下げた。足早にビルを出て行った美音に俺は訊いた。


「どうしたんだお前……」

「お兄ちゃん、あの人に訊いても多分倭同さんの行方は分からないよ」

「どうして、そう思うの?」

「そっ……それは……ですね」


 鵲に訊かれてもじもじと答える。


「あの人、嘘ついてないです。それに、多分これって金城って脚本家の単独行動でして……」

「へ?」

「だって、今まで正統派の芝居をしてて、ファンも多かった筈の千石さんが、あんな訳の分からない脚本家の作品にシンクロなんかしませんよ。あたい、多分千石さん、あの脚本家に何か弱味みたいなのを握られてるんじゃないかなって……」


 美音の推測を聞いていたその時、俺のスマートフォンが鳴動した。相手は夜湾だ。俺は通話をタップして訊いた。


「どうした?」

『アマさん!倭同のあんちゃん、おったで!』

「ホントか!今どこにいるんだ?」

『今から言います!とにかくえらいことになってもうたんすわ!』


 夜湾の声はまさに逼迫した状況を物語っていた。俺の心拍数も上がる。俺達は夜湾から聞いた場所を地図アプリで探し、急いで向かうことにした。

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