3
「いらっしゃ……」
美音の声が途切れた。俺は今川焼きの生地を落とした鉄板から目を上げる。
深刻そうな顔をした充がそこにいた。休みなのだろう。いつもの黒服じゃなく、細身のジャケットに白いシャツ、スキニージーンズという装い。
「どうした?」
「倭同さんの姿がないんですよ」
別段驚きはなかった。美音からの情報から、やっぱりなという感情。美音は心配そうにこちらをうかがう。俺は美音に訊いた。
「なぁ美音。あの時のアイツの顔、なんとなく覚えてるか?」
「目しか……あとはだいたい髪型やらしか」
「十分。なぁ充。コイツ連れて天峰んとこまで行ってくんないか?」
「承知です。美音ちゃん、何か見てたんですか?」
「気になる奴がいるらしい」
「なるほど、なかなかの観察眼じゃないですか?凄いね、美音ちゃん」
美音はもじもじしながら顔を伏せた。照れているらしい。俺は頼んだ、と一言告げると今川焼きをまた焼き始める。
――また変質者だのと騒ぎ出さないように祈りながら……
†
天峰のアトリエに着いた充と美音。手土産にはここ最近【今川焼きあまかわ】のキッチンカーに対抗してか、駅前広場の駐車場に最近キッチンカーを出して商売をしているクレープ屋【NACK】のクレープを持っている。一番オーソドックスなチョコ生といちごチョコ、シュガーバターを3つずつ。
「こんなに買う必要あるんですかね?充さん」
「あんなにガリガリだけど、やたら食べるんだよ。針生さん……」
アトリエの前に鎮座するガマガエルのオブジェにじろりと見られながら、充は扉にノックして言った。
「針生さん、僕です」
「……」
「いらっしゃるなら、いるって。いらっしゃらないなら、し~んって仰ってくださいね?」
「……し~ん……」
「針生さん、いらっしゃらないみたいですね?」
「……」
「クレープ、一緒に食べようか。美音ちゃん」
「おい!」
恨めしそうに入り口のドアから痛いほどの視線を注ぐ天峰。
「それ、最近開店した【NACK】のクレープだろ?」
「詳しいですね?」
「そりゃそうさ。んで、何かあるのか?」
天峰は新作のオブジェを作っているところだったらしい。2本足の鯖らしい魚のオブジェを素焼きの釜に入れる。
「まぁ、座れよ」
キティちゃんのちゃぶ台を広げて、天峰はくいくいと手招きをする。
「オレ、腹減ってるんだ」
「しょうがないですねぇ、ほら」
天峰はチョコ生を手にすると、美味そうにはぐはぐと食べ始めた。あっという間にチョコ生を片付ける。
「似顔絵を描いて貰いたいんですよ」
「わかった。誰の?」
「あたいが説明しますよ」
美音が特徴をざっくりと伝え始める。それを聞きながら天峰はさらさらとカレンダーの裏紙に鉛筆を走らせる。
「こんな感じか?」
「すっご。そっくり……」
天峰はその似顔絵をじっと見ながら言った。
「……貧相な顔だな」
充は顎に指を当てながら何かを思い出したようにスマートフォンを操作し始めた。
「あ!」
美音と天峰を呼ぶ。充と同じあ!という声が同じく上がる。
――劇団【狂乱のドグマ】の公式ホームページにそれはあった。団長の千石彌太郎の隣で恥ずかしそうにタバコを燻らせる脚本家……
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