俺は恋愛小説家、綺々詩先生と待ち合わせをすることにした。人気テレビドラマとなった【ラブ・バラードを聴かせて】の原作を書いた音路町在住の売れっ子小説家である。こんなに胸キュンの小説を書くのに、本人は強面でオールバックに撫でつけた髪をしている。久しぶりに今川焼きが食べたいと言う綺々先生に今川焼きを焼いて携えると、音路町ヒルズの一階にある中国茶カフェに入った。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「どした?」

「ホントにあの人、あの綺々詩?」

「皆まで言うな!皆そう言うんだ」


 美音が言った。椅子に座ったスーツにサングラスの堅気に見えない綺々先生はチャイナドレスの店員さんにジャスミンティーを淹れて貰うと、軽く香りを嗅いでそれをテーブルに置いた。


「飲まへんのですか?」

「小生は猫舌でな」

 

 俺は今川焼きの包みを差し出すと、本題に入った。


「先生、脚本は書かれないんですか?」

「脚本?書かないな」

「え?小説と脚本って違うの?」

「お嬢さん、そうなんだよ」


 綺々先生はいいかね、と前置きをして、唇を潤すようにジャスミンティーを含むとゆっくり飲み下した。


「脚本は基本的にキャラクターの所作や台詞のみ。それだけではあるが心情や全てを其処に集約させる必要がある。その点小説は心情描写も文章として表現できる。似てはいるが、小生は小説家だ。演技の経験もなければ、然程芝居も観たりしない。脚本は少しお門違いだな。ま、それは小生の解釈ではあるがな」

「そこを……なんとか」


 手揉みをするように倭同は言った。綺々先生はくすっと笑うと言う。


「小生も脚本が書けるなら、そうしたい。すまないな。その代わり……小生の人脈を使って脚本家を捜してあげてもいいぞ」

「え?いらっしゃるんですか!?」

「【ラブ・バラードを聴かせて】の製作スタッフをあたってみようか」


 倭同は綺々先生の足に縋りつかんばかりに深々と頭を下げる。


「本当に、有難うございます!」

「いやいや、若い才能は伸ばしてあげないとな。しかし君もなかなかだな。劇団を立ち上げたいだなんて……」

「劇団員なんです。【狂乱のドグマ】の」

「ほう……あのアングラの?」

「ご存じですか?」

「まぁ……な」


 言葉を濁すように言うと、綺々先生はジャスミンティーを一気に飲み干した。


「こちらは頑張ってみる。君も頑張ってな」


 綺々先生の足取りが何やら速くなったような気がしたのは俺だけだろうか。それとなく俺は夜湾に目を向けた。

 夜湾と目が合った。珍しく本気な表情だった。



「なぁ、倭同」


 俺は目の前で豚骨ラーメンを啜る倭同に訊いた。


「お前のいる【狂乱のドグマ】って劇団は、そんなにやばいのか?」

「やばいっていうより、クセがあるんです。かなり」


 冷たい水を喉に流し込み、倭同は言った。


「ファンもいるはいるんですが、どっちかといえば劇団の団長の昔からのファンだったり、余所から引き抜かれた俳優のファンだったりですよ」

「団長は?」

千石彌太郎せんごくやたろうっていう人です。演劇一本の人でして。おいらはその人の昔からのファンだったんです」

「脚本家ってのは?」

「出自は分からないですが、金城傑かねしろすぐるっていう人です。昔は俳優だったとか……確かに顔は二枚目なんですが」

「……クセ強めっちゅうわけやな」

「まぁ……」


 倭同は俺達を見ると、にっと笑って言った。


「ホントに皆さん、仲が良さそうですよね」

「え?」

「皆割りとイケメンだし、おいら、スカウトしたいくらいですよ」

「ホンマかいな?わいはかまへんで?」

「人前で喋るとモスキートボイスになるじゃんかよ。夜湾」

「やかましいわ!濁声になる彩羽よりかはマシじゃ!」


 俺達はラーメンを食べ終わると、別れを告げて出て行った。外はもう既に闇夜に包まれている。帰り道、美音が俺の服の袖を引っ張って言った。


「ねぇ、お兄ちゃん見てた?」

「何を?」

「倭同さんとラーメン屋で別れたじゃない?」

「あぁ」

「なんか倭同さん、尾行されてるみたいだったよ?」

「何?何で言わないんだよ?」

「だってわかんないじゃん。あたい、駆け出しなんだから」

「……そいつの顔は覚えてるか?」

「いや、マスクしてたから。でも、ほっそい目だったなぁ」


――翌日、俺のもとに充から連絡がきた。勿論、充の口からは物騒な一言が告げられたのだが……

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