音路町シアター

 一応、音路町は東京なんだなと感じる事があるとすれば、行き交う車のナンバーが品川ナンバーで溢れているということ。下町の風情をやや残す街並み。そんなもんだ。

俺は充に誘われるように古い民家を改装したようなもんじゃ焼き屋に入った。そこに今回の依頼人がいるのだという。

 俺は引き戸を開けて、向こう側に座って1人で鉄板の上でベビースターもんじゃを焼いている客に訊いた。


「あんたが依頼人か?」

「んぁ?」


 浅黒い顔に、少し濃い眉毛をしている。睫毛も長く日本人離れした顔立ちであり、ちょっと筋肉質が窺える肩幅。


「いっ、【ミューズ】のボーイさん……あれ?あんた何処かで……」

「俺は【今川焼きあまかわ】で今川焼きを焼いてる。天河だ」

「やっぱり。噂はよく聞きますよ。とっても美味しい今川焼き屋さんなんだって」

「そりゃあどうも」

「おいらは倭同和弥わどうかずや。劇団【狂乱のドグマ】で劇団員をしています。訊いたこと、ありますか?」

「いや、俺はない。お前らは?」

「おれも」

「わいも」

「僕も」

「ぼ、ボクもないです」

「あたいはあるよ」


 俺は美音に訊いた。


「どんな劇団なんだ?」

「めっちゃくちゃな劇団」

「……本人を前にして、いい度胸だな」

「いや、ホントなんですよ……見て下さいよ」


 倭同は持ってきたバッグのファスナーを開き

、中に入っていたしおりのような冊子を取り出した。どうやら舞台の脚本のようだ。


「これが、次の舞台の脚本なんですけど」

「ほ?なんだこりゃ……」


 話ながらも忙しなくもんじゃを焼きながらパクつく倭同。ちゃっかり夜湾はもちチーズを注文している。


「だははは!タイトルのクセ!」

「【溢れ出るオツユのように】……これ、官能系じゃあらへんよなぁ……」

「それだとまだマシですよ。ほら……」


 内容は……なんと2ページくらいで完結している。しかも2ページをかなり贅沢に使っている。


「これ、コントじゃないですよね?」

「うちの脚本家のモットーは、【脚本は俺が書くんじゃなくて、皆で感じるもんだ】って」

「長渕のアニキみたいやなぁ」

「いや、脚本は脚本家が作るもんでしょうよ……」

「そんで?依頼はなんだっけ?」


 もんじゃをパクつきながらビールをちびちびと舐めるように飲む倭同。ちゃっかり夜湾と彩羽もビールを注文している。


「おいら、新しい劇団を立ち上げようかなと思うんですよ」

「ほう。その劇団の脚本を書く人を捜してると?」

「えぇ、おいら、あんまりこのへんに知り合いもいないんで……」

「に、しては毎日みたいにキャバクラに……」

「勉強ですよ」


 至極マジメな顔で倭同は言う。


「キャバクラのキャストさんって、役者と変わらないと思うんですよ。誰にでも話を合わせる。つまり違う人を自由自在に演じ分けている。ごく自然に……」

「ほう、まさかそんな目的でキャバクラに来る人がいるなんて……」

「脚本家、捜して戴けませんかね?」

「あの、そういう仕事はもうちょっと自分で……」


 俺は言い出して言葉を飲み込んだ。これはある意味美音の初仕事だ。それに、俺達の仕事は、無報酬で何でもがモットーだ。


「あの、お兄ちゃんさぁ」

「ん?」

「あの人に訊いてみたらどうかな?」

「あの人?」

「あ、おれも1人ぱっと浮かんだんだけど」


 彩羽がもちチーズをつまみながら言う。


「誰だよ」

「いるじゃないですか。恋愛小説のカリスマ」


 確かに。しかし、かなりの変わり者の彼がこの依頼を飲んでくれるだろうか……俺はビールと一緒に依頼を飲み込んだ。

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