「あらぁ!燎ちゃん!随分と可愛い店員さんじゃないの!」


 その翌日から美音には手伝ってもらうことにした。やはり俺の零細企業にはこういう力が必要なのかもしれない。今までもそこそこ売れていた今川焼きが、それから更に売り上げが上昇したのは間違いない。


「MLちゃんって呼んでくださいね!」

「えっ、えめーる?」

「まぁなんでもいいってことですよ!はい、焼き上がりましたよ、白3個ね!」


 緑のパーカーから緑のエプロンに着替えた美音。なかなか似合っている。緑にこだわるのは何故か分からないけど、見事に似合っている。あ、そうだ。この小娘による影響はこの零細企業にとどまらなかった。それは……


「アマさん!今日もここで演っていいんすか?」

「お、彩羽!だめだっつっても、ここで演るだろ?」

「まぁアマさんにとっても、わいらにとっても美音ちゃんは女神さまみたいなもんや。ね?」

「女神さまなんてそんな……」

「あとはもう少し胸があれ……いてっ!」

「そないな目で見るな言うたやないかい!」


 【甘納豆】のオリジナル曲を聴いた美音がぼそりと呟いた一言が決め手になったのだ。それは……


「曲はとってもいいのに……」

「せやなぁ、可愛い女の子でも歌うてくれたらやなぁ……だははは」


 そう言った夜湾の横にちょんと座ると、美音は言った。


「歌詞、教えてくんない?」

「お、歌ってくれんの?」

「まぁね」


 自信満々だ。夜湾が書いた詞をちょっと聞いただけで、美音はわかった!と言って頷く。


「んじゃ、やりますか」


 夜湾はじゃらんとアコギを鳴らし、彩羽がキーボードを弾き始める。体を揺らしながら美音がマイクも使わずに口を開いた。


「あっ!」

「なんだなんだ!すっげぇ上手いコがいる!」

「あれ、甘納豆っていつの間に3人に?」


 その小さな体躯のどこからそんな声が出るんだというくらいに抜群の声量。太すぎずか細すぎない適度なキャットボイス。演奏が終わった後にスタンディングオベーションが起こるくらいだった。


「美音ちゃん、やるやないか……」

「あたい、彩羽さんみたいなモノマネはできないけどね?」

「いやいやいやいや、もー充分充分!」

「決まりやな。一緒に演らへん?」

「条件がある!」


 その条件が、この【今川焼きあまかわ】のキッチンカーの前でのストリートライブにのみ美音が歌うという事だった。二人はそんな事ならと快諾した。こうして【甘納豆】は場所限定で3人組ユニットになったのだった。そうなると、勿論……


「ねぇ、お兄ちゃん」

「どした?」

「あたいも、捜し屋に入れてくんない?」

「はぁ?お前何言って……」

「あたい、もうハリさん見て逃げたりしないから!」

「お前なぁ、そんな楽な仕事じゃないし、そもそも……」

「この仕事やってみなきゃ、あたいにどんな能力があるかわかんなくない?」

「……」

「だめだったら、あたい捜し屋はやらない。だから一度、試験じゃないけど、ね?」

「捜し屋の仕事は、たまに凄く危ない事もあるんだぞ」

「わかってる」

「お前に危ない事はさせられない。それだけは分かってくれ」

「うん」


 美音はちまちまと夜湾と彩羽のもとに向かった。その背中を眺めながら、俺は複雑な心境だ。


「これでいいのかなぁ……」


 俺はそう呟きながら生地に黒餡を落とした。ぷつぷつと気泡をあげるそれを見ながら溜息をつく。



「アマさん、しばらくです」

「あっ、充!」

「こないだお話しした件、覚えていますか?」

「なんだっけ?」

「脚本家を捜してる劇団員の話ですよ」

「あっ……」


 失踪した美音に揉み消されていた案件を不意に思い出した。


「すまない」

「いやいや、僕も大して話半分でしか聞いていなかったんですけど……」

「どうした?」

「もう、本気も本気になってるみたいなんですよね」

「なら、今回の案件は脚本家捜しか」

「えぇ……」


――それなら、間違いなく危険な匂いはしなさそうだ。もしそういう事になれば、うちには充も彩羽もいる。機転のきく夜湾もいる。ついでに鵲と天峰もいる(失礼)


「そいつとは、すぐに連絡つきそうなのか?」

「えぇ、勿論」

「さすが。抜け目ないな」


演奏が終わった甘納豆に向けて、俺は号令をかけるように声帯を震わせた。


「夜湾、彩羽、美音。仕事だ。依頼人に会いに行くぞ」


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