「や~だ~燎ちゃん!しばらくぶり~!」


 音路工業高校機械科卒、元応援団団長のヒメ子さんがピーナッツみたいな頭を揺らしながらやって来た。夜湾のダウジングロッドが異様な反応を示したのはヒメ子さんの花屋である。


「あれっ?今日は充ちゃんはいないの?」

「仕事中ですからねぇ、ところでヒメ子さん……」

「あらっ!天峰ちゃんったら!今日は乃月ちゃんいないわよぉ!」

「あっ、あの。オレら今日は乃月に用がある訳じゃなくて……」


 1人で暴走するヒメ子さんに落ち着きなさいよアンタ!と平手を食らわせたのは同じく音路工業高校機械科卒、元相撲部のマドカさんだ。ヒメ子さんとは違う金髪の盛り髪の下はスキンヘッドらしい。


「ここに、金髪の緑のパーカーを着た女の子が……」

「あ、ひょっとしたらこの娘?」


 マドカさんが店の奥を手招きした。奥からのっそりと出て来たのは紛れもない美音だ。


「お兄ちゃん!」

「えぇっ!妹?」

「マジで?」


 俺はつい駆け寄ってきた美音にビンタをしてしまった。


「痛っ!」

「いきなりいなくなる馬鹿がどこにいるんだよ!」

「……ごめんなさい……」

「とにかく、無事でよかった。ほら、ヒメ子さんとマドカさんに礼を言うんだ」

「あっ、ありがとうございます」

「この天峰にも……」

「やっ、あ!あの変質者!」

「変質者じゃねっつの!」


 俺は美音に言った。


「こいつは針生天峰。陶芸家のタマゴ。俺らの仲間だ」

「な?変質者じゃないだろ?」

「そっかぁ、すいませんでした。でもね、髪はちょっと切った方がいいですよ」

「なっ……!」

「ハリさん、認めましょうよ~、その髪型、鬼太郎にしか見えないんすから」

「とりあえず、今日は終わりだから、ご飯でも食べていきなさいよ」


 全員が顔を見合わせた。


「マジすか?」

「もちろん!」



 実はマドカさんは以前イタリアンシェフを目指した経験があるらしく、半年イタリアにいた事があるらしい。その腕前は超がつくくらいに本格的で、乾麺は使わず、セモリナ粉から手打ちした生パスタを作るところから始まる。


「やっぱりね、日本人よりイタリアの男の人のほうが紳士的なのよ~、オカマに対しても」

「マドカちゃん、パスタだけじゃなくて、ちゃんこも美味しいのよ。相撲部屋にいた事もあるし……」

「あらやだわぁ~!言わないで~!」


 重量級のマドカさんが作る大皿には大量のカルボナーラとボロネーゼ、ライスコロッケにチョリソーのソテーが盛られている。


「うわっ!すっげぇ美味そ!」

「食べて食べて~!残したらぶちかましよ~!」


 美音はカルボナーラをフォークに巻いて口に入れた。


「うんまっ!」

「麺がむちゃくちゃモチモチしてる!」

「マドカさん!嫁に行けまっせホンマ!」

「や~だわ~!夜湾ちゃん貰って~!」

「彩羽なら開いてまっせ!」

「ぶっ!」


 ヒメ子さんはテーブルに肘を突いて、フルートグラスに入れたシャンパンを舐めるように飲みながら訊いた。


「美音ちゃん、だっけ?アンタホントに、あの一番くんの娘さんなの?」

「はい、父はどっか行っちゃいましたけど」

「燎ちゃんにどっか、やっぱり似てるわねぇ」

「ホントですか……?」

「あ、そうだアマさん」


 鵲がライスコロッケをちまちま食べながら言った。


「アマさん、美音ちゃんと一緒にお店やったらどうですかね?」

「え?このガキとか?」

「失礼ねぇ、もう19なんだけど!」

「嘘っ!」

「ハリさん、いくつだと思ったの?あたい」

「……まだ中1くらいかと……」


 全員は爆笑している。その時、俺のスマホに着信があった。見たら充だった。


「充か」

【アマさん、鵲くんから訊きました。美音ちゃん、見つかったんですか?】

「おう、お陰さまでな。ところでお前、今大丈夫か?」

【今日はもう早めに上がりました。アマさんは?】

「今、ヒメ子さんの花屋で晩御飯食べてるんだ」

【お、マドカさんですか?】

「そうだ、来るか?」

【えぇ、ちょうど僕もお腹空いてたんです。マドカさんのボロネーゼ、凄く美味しいですから】


 俺はマドカさんにこれから充が来ることを告げた。マドカさんはかなり充がタイプらしい。しかし、マドカさんのボロネーゼが食べたいと言っているとは言っていない。

――間違いなく、食べきれないくらい作るだろうから。俺はマドカさんのぶちかましを食らって、無事で帰れる自信が無い。

 

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