数学のテスト結果、向かい風の橋を渡りながら
まこ
第1話
向かい風だからだろうか?
前を歩いている男子高校生の話声が聞こえてくる。
ここまでのやり取りでそれぞれの名前も判明している。
大柄で目つきの悪い梶田君、割とイケメンの中村君、とてもいい声をしている杉田君の三名である。
ちょうど橋を渡り始めたタイミングで中村君が話題を変えた。
「なあ、昨日の数学のテストどうだった?」
昨日、数学のテストが行われたのではなく、答案が返されたようだ。
「85点。やっちまった。」
梶田君が答えた。85点は良い得点だと思うのだが不満らしい。
「しょぼ。何その点数。」
「ケアレスミスした。」
馬鹿にした杉田君に対して梶田君が答えた。
馬鹿にするような点数なのか?
「ケアレスミスって、エアロスミスと似てねぇ?」
似てるとは思うが点数を教えろ中村。
後面倒だから以後は君付け無しだ。
「エアロスミス。」
「イントネーション!」
ケアレスミスのイントネーションでエアロスミスと言った杉田に梶田が突っ込みを入れた。
怖そうな見た目に反して三名の中では梶田が一番まっとうなようで、さっきから突っ込み役を担っている。
「新手のミスみたいだな。で、どんなエアロミスしたの?」
「俺のミスはエアロスミスじゃない!」
「で?」
中村のイントネーションを引きずった質問に梶田が言い返したが杉田にスルーされてしまった。
「スルーかよ! 小問集合の最後の5問、ランダムに入れ替わってた。」
梶田が突っ込みの後に素直に答えたが意味不明である。
「え? どゆこと?」
中村が聞き返した。「どゆこと」が「ドゥ・ユー・ノー・ミー」に聞こえた。
「問10の解答欄に問7の答えを書くみたいな?」
回答がひとつズレるなら分かるが、ランダムってなんだ?
どうしてそうなった?
「あほだな。」
杉田が一言でぶった切った。
「いや、待て。85点って事は間違ったのそこだけ?」
「一問3点だったな。じゃあ、解答欄あってたら満点だったのか。」
中村が解答欄を間違えなければ満点だったことに気が付き驚き、杉田がそれを補足した。二人は驚いているようだった。
「いや、そこ、全部答え間違ってた。」
「………ランダム要らなくね?」
珍しく中村が突っ込みに回った。気持ちは分かる。
「いや、そこ重要だろ?」
「どうでもいい。あと、それケアレスミスじゃ無いだろ。」
食い下がる梶田を杉田が切る。
「じゃあ何なんだよ?」
中村が一言。
「エアロスミス。」
落ちが付いたところで杉田がポケットからうまい棒を取り出した。
そして、左手に持ったうまい棒のお尻を右の手のひらで勢いよく叩いた。
うまい棒は空へと飛び出し、風に飛ばされ、私の斜め上を通過して橋の欄干を越えて消えた。
「あ………」
「お前何やってんだよ。」
「トマホークかよ。」
杉田に向かって梶田、中村の順で突っ込む二人。
「俺の朝飯が………」
「もう少しましな朝飯食えよ。」
杉田に向かって突っ込む梶田。
「コーンポタージュ味。」
「朝食っぽいな。」
杉田の答えに納得する中村。梶田はあきれ顔。
「中村は何点だったんだよ?」
梶田が数学の点数に話題を戻した。
「話題を変えんなよ。うまい棒をもっと掘り下げろ。96点。」
「答えるのかよ。」
「まあまあだな。」
突っ込む梶田に上から目線の杉田。
これ以上うまいい棒を掘り下げるのは不可能だと思う。
「俺はケアレスミスった。」
「何をした?」
「ただの計算ミスだ。鬼塚ぶっ殺す。」
質問した梶田に答える中村。なんだか物騒な事を言っている。
「ミスったのお前だろ? 八つ当たりするなよ。」
梶田が中村を諭した。
中村はポケットからきれいに小さくたたまれた紙を取り出した。
「答案用紙見てくれよ。」
ポケットから答案用紙を出すとは。ずいぶんと小さく折りたたんでいる。
中村から杉田へ答案用紙が手渡された。
「ふむ…、ぷぷっ、ナニコレ?」
「俺にも見せてくれ。ぷぷっ、ナニコレ?」
どうしたのだろう? 私にも見せてほしい。気になるではないか。
「読み上げるなよ。…ふつう、生徒の答案用紙に「ぷぷっ、ナニコレ?」なんて書くか?」
中村が嘆いた。普通は書かないと思う。
「鬼だな。」
「あのハゲがっ。」
「ハゲって言うと、逆にまだ髪がありそうだな。」
「ああ、薄い感じがするな。バーコードとか。」
「おい! 突っ込めよ。今のは「鬼塚だけにな。」だろ。」
ハゲと悪態をついた中村に杉田が乗っかってしまったため、鬼を無視される形になった梶田がスルーされたことに対して突っ込んだ。
「あの浪平が!」
「まだ3本残っているぞ。」
「またスルーかよ! 浪平を悪態に使うな! あと、浪平の髪の毛は1本だ。」
梶田を無視して悪態をつく中村。杉田は突っ込みを間違い、結局梶田が突っ込む羽目になっている。
「あのオバQが!」
「けなしている感じがしないな。あと、ハゲ感が足りない。」
「鬼塚はスキンヘッドだろ。髪の毛を増やしてどうする。」
中村の髪の毛3本に引っ張られた悪態に杉田が突っ込む。
梶田は根本的な問題を指摘した。
これで終わると思ったら、中村がおかしなことを言い出した。
「じゃあ、鬼塚に髪の毛生やそうぜ。鬼塚オバQ化計画だ。」
「一人1本だな。責任の分散だ。」
「やめとけよ。だいたいどうやって3本だけ生やすんだよ。」
乗る杉田、止める梶田。
そして、止まらない中村。
「髪の毛の毛根に糊ぬってくっつけよう。」
「せっかく生えても見えないとつまらんな。」
「毛糸にするか?」
「どうせならオバQみたいに立たせたいな。」
「毛糸に針金が入ってるやつ無かったっけ?」
「ああ、あった気がする。百均で何かあるだろ。」
「スキンヘッドだから吸盤とそれで出来るんじゃね?」
中村と杉田で計画が練られていく。
矢継ぎ早で、梶田が突っ込む間もなかった。
「よし、俺が材料仕入れてくる。」
杉田がそう言うと、次は中村。
「なら、俺が工作する。」
そして今まで黙っていた梶田。
「という事は俺が実行犯だな………ってやらないよ?」
「「やらないのかよ!」」
「のり突っ込みに突っ込むなよ。あと責任を分散するんじゃないのかよ。怒られるの俺一人だろ。」
「仕事は分散しただろ? 85点は黙ってろよ。」
自分の方が点数の良かった中村が酷いことを言う。
さらに、杉田も追い打ちをかけた。
「そうだ、一番点数が悪かった罰ゲームだ。」
「お前、俺より点数高いのかよ。」
杉田はフッとニヒルに笑い、ポケットからうまい棒を取り出した。
前回の失敗を踏まえ、今度はギザギザの所から裂こうとしていた。
なかなか裂けずに、結局は力が入りすぎたのか、一気に裂けてしまった。
うまい棒は空へ投げ出され、強風で飛ばされた。
私のもとへ。
右手でキャッチ。
「懲りないな。」
中村が呆れ声。
「俺の昼めし………」
「お前、朝昼うまい棒1本ずつかよ。もっとカロリーと栄養を採れよ。」
梶田は杉田に突っ込むと私に向かって言った。
「お姉さん、すみませんでした。」
「うおっ! キャッチしてたの?」
「マジで?」
杉田と中村が驚く。
「お前ら、行く先見届けろよ。食べ物とはいえ地面に落ちたらゴミだぞ。」
「いや、3秒間はゴミじゃない。」
杉田が訳の分からないことを言っている。
私はキャッチしたうまい棒を杉田に返そうとした。キャッチ・アンド・リリース。
「あ、お姉さん、食べちゃって下さい。」
杉田が動き出す前に、中村が杉田を捕まえながら言った。
「俺のうまい棒………」
「こいつの事は気にせずにどうぞ。」
梶田も杉田の前に回り込み、ガシッと両肩をつかんで動きを封じ、首だけ振り向き私にうまい棒を勧めた。
「でも………」
戸惑う私に中村がしょうもない理由を説明した。
「こいつが美人のお姉さんが手で触れたものを食べるなんて、許すわけにはいきません。」
「どうかお願いします。」
さらに梶田が頭を下げ、私に懇願。
美人と言われては食べざるを得ない。
「分かりました。」
「「「ありがとうございます。」」」
そろって頭を下げた。
なぜか、杉田も頭を下げていた。
三人は再び歩き出した。
「杉田、よくやった。美人のお姉さんと会話できたぞ。」
聞こえているぞ、中村。
「うまい棒1本なんて安い代償だな。」
「我が人生に一片の悔いなし。」
「死ぬな杉田。で、何点?」
思い残すことがないらしき杉田と、杉田に対応しつつ急激に話題を戻す中村。
「97点。」
「うおっ! お前が一番か。」
杉田が答え、梶田が驚く。
「あれ? お姉さんの点数じゃないの?」
中村、やめなさい。
「え? そっちなの? 女の人に点数付けるなよ。」
まっとうな梶田。
「高得点だからいいじゃないか。なんで3点減点した?」
中村は取り合わず、杉田に減点理由を聞いた。
とくと聞かせてもらおうじゃないか。
「ケアレスミスだ。」
「意味わかんねえよ!」
杉田の答えに梶田が突っ込んだ。
そうだ梶田。ケアレスミスで3点引かれる身にもなってみろ。納得がいかない。
「対数の問題でな…」
「数学の方かよ。」
再び杉田に突っ込む梶田。
「え?」
驚く中村。私に点数を付けようとしていたのはお前だけだ。成敗。
「お姉さんの点数も97点でかまわない。」
む? 3点は?
「いや、お姉さんの点数はもういい。ケアレスミス無しで満点でいいだろ。」
いいぞ、梶田。
「で、対数がどうした?」
中村、話題を変えるな。ここは私を褒め称えるところだろ?
「小問集合に、対数の問題があっただろ?」
「あったな。」
中村の質問に答えた杉田、相槌を打つ梶田。
「対数の問題を解くとき、パフュームのポリリズムが流れるんだけど…」
「なにそれ?」
なにそれ? 私も梶田に同意する。
「ああ、ロガリズム?」
中村、何故わかる。
対数は英語で
「log って
梶田が感心した。
さらに、一呼吸おいて杉田に突っ込む。
「リズムしか合ってねえぞ、おい。」
「流れるんだからしょうがないだろ。で、こうなった。」
杉田がポケットから答案用紙らしきものを取り出した。
ポケットに答案用紙を保存するのが流行っているのだろうか?
杉田の答案用紙はぐちゃぐちゃに丸まっていた。
「まじか! お前半端ないな。」
丁寧に答案用紙を開いた梶田が驚いた。かなり驚いている。
「1問だけ英語の問題が混じってる。」
横からのぞき込んだ中村もあきれている。
「
梶田のナイスな突っ込みで私も何と書いてあるのか知ることができた。
「
「ポリリズムは綴りが分からなかった。」
その時、梶田が何かを発見した。
「おい! お前の点数、失格(97点)ってなってるじゃん。」
中村が再び答案用紙を覗き込んだ。
「ホントだ。うちの学校、数学のテストに
「おのれ、鬼塚~」
「なあ、罰ゲームお前じゃね?」
梶田が杉田に指摘した。
「しまった! テスト見せるんじゃなかった。ミスった~」
悔しがる杉田。
中村と梶田がほぼ同時に何か思いついたらしく、杉田を指さして息を吸い込んだ。
「「「エアロスミス!」」」
何故か杉田も合わせていた。楽しそうで何より。
ちょうど学校の校門に到着した。
杉田はポケットからうまい棒を取り出すや否や、門のそばに立っていた先生に取り上げられていた。
「おはようございます。赤井先生ですか?」
「はい、おはようございます。よろしくお願いします。」
杉田からうまい棒を取り上げた先生が私に話しかけてきた。
今はまだ学生だが、来年度からこの高校に勤務することが決まっていたのだ。
梶田、杉田、中村の三名は足を止めて振り返り、あんぐりと口を開けて私を見ていた。
「鬼塚です。数学科の主任です。今日は主に私が案内します。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いいたします。」
そうだと思いました。
後を付いていきながらチラリと頭部を見た。
風がやんで太陽が顔を出し、スキンヘッドがキラリと光を反射した。
数学のテスト結果、向かい風の橋を渡りながら まこ @mathmakoto
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