210

「聞いて聞いてルエイエくん。あっ、先生。ルエイエ先生」

「…いいよどっちでも」

いやいや先生だからと笑ってから×××が告げたのは、聞きたくない話だった。

「もうすぐフィアが再起動出来そうなんだ」

「………」

恐らく僕はぶすっとしていた事だろう。

「そんな顔しないで。私はフィアを生かす為にあるんだ。フィアが再起動したら、きみにもフィアを助けて、護ってあげて欲しい」

「………それは、君が消えてしまうという事だろう」

イヤだ、とは言えなかった。その時ばかりは自分の早熟さが厭になった。彼の存在意義と意思を否定する事は出来なかった。

俯いた僕の頭に手を乗せて、彼は優しく微笑んだ。

「ありがとう。大丈夫だよ、ルエイエくん。フィアも、私だ。消えるというより、一緒になるの。ふふ。ねえルエイエくん。あのさ。きみとの記録も全部フィアに渡す予定だったけど」

少しだけ言葉を切って。

「やめるね」

思わず顔を上げた。

悪戯に笑う顔があった。

「きみからの教えは伝えるけど、きみとの時間は『私』の物だ。ふふ、ちょっと矛盾するかな。けど、これくらい良いよね!」

ああ。これは、別れを惜しんだ僕への譲歩…餞別だ。彼はあくまでフィアの為に動いている。けれども僕はその言葉を嬉しく思ってしまったから。

「僕の初めての教え子の頼みだからな。フィアの事は必ず面倒を見る。約束だ」

泣きじゃくったぐちゃぐちゃの声だったが。

「ありがとう!ルエイエ先生!」

彼は眩しい笑顔で僕を抱き締めた。


そして、彼はフィアになった。

『分断された人格は統合された。過去の記憶は感情を伴わない記録として保持されているらしい。が、別人格が存在した事と君と遊んだ時間については記録もされていないようだ』

伯父からの手紙にはそのように記されていた。『仲良くしてくれていたのに申し訳ない』とも。とんでもない。それこそが彼が僕にくれたものなのだから。



「先生? あの…?」

いけない。フィアを見詰めたまま物思いに耽ってしまった。フィアが顔を赤らめて困惑している。

「もう塔を崩すような事はないと思うが、君はこの先も僕を手伝ってくれるかい? …側で君を、護らせてくれるかい?」

「…えっと」

フィアは一度目を逸らして、

「それって、きっと誰かとの約束なんですよね」

「うん。大事な約束だ」

もう何度も破られてしまった、でもまだ守りたい、大切な約束。

少し唇を尖らせたフィアは、それからしっかりと僕の目を見た。

「いやです」

「そうか」

流石に我儘が過ぎたか。仕方ない。酬いきれやしないが、これからは陰から見守って──

「漸く先生を助けられたので。これで一回、先生を守った実績も付いたので!」

「ん…?」

フィアは立ち上がって、僕の両手をがっしりと包んだ。

「今度は『私』と約束してください! 一緒に…えぇと…一緒に長生きしましょう!」

「   ふは」

「!?」

「ははは、うん、あははは…!」

笑い出した僕に真っ赤になって憤慨している。申し訳ない。だって。だってあまりにも。

そう。フィアはとても成長した。強くなった。独りで重荷を背負わされてももう逃げたりしなかった。助ける、護るなんて烏滸がましい。

「うん、うん。僕のフィアは、やっぱり格好良いね」

「 っ! せっ…先生もっ、あのっ、か、かわいい…ですから…!」

「おや。それは初めての誉め言葉だ。ありがとう」

フィアが傍に居てくれれば母から魔女の称号を奪い取れる日も遠くないだろう。塔の魔女を名乗るのはこの僕だ。

さあ心機一転。第二の恋でも始めようか。

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塔の魔女 炯斗 @mothkate

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