202

たった一年でフィアは益々成長して、僕の研究の補助をお願い出来るようにまでなった。

「念の為もう一度言っておくと、僕の研究内容は公表していない。君も秘しておいて欲しい。とは言え、公然の秘密だけどね」

フィアはこくりとひとつ肯く。

僕の挑んでいる主題テーマはターミナルだ。各国にひとつずつ置かれた転送装置。記録によれば建国の際に設置されたとあるから、凡そ八百年前から存在する現役のアーティファクトだ。設置された時代以外の情報は残されておらず、経緯も目的も謎なまま各国移動手段として長年利用され続けている。マルクト以外のターミナルはどれも一見変哲のない石碑で、外観は其々少しずつ異なっている。いずれも起動時は青みがかった光を放つ。ああ、ゲブラーのターミナルは見たことがないし資料もないから解らない。

転送原理もよく解っていない。利用には存在登録が必要で、これを行ったターミナル間でのみ転送が可能となる。つまり行ったことのない場所への転送は出来ない。ただ存在登録済みのターミナルなら荷を送る事は可能なので、一度誰かに荷として送って貰えば解決できる。僕はゲブラー以外のターミナルはその手段で登録済みだ。

ともかく。

現状の調査結果としては、ダァトに於いて励起竜脈と呼ばれる場所に在ること、どうやらそれぞれが『端末』でしかないようだということが解っている。

コクマ国のターミナルは塔の一階にあり、僕が足繁く通っているため自然と何をしているかある程度バレてしまっていると思う。ネツァクでは国防の観点からターミナルの転送機能自体を封じているというが、我が国では制限を課していないので利用者も多いのだ。

「君にも解き明かしたい点を見付けて研究をして貰いたい」

「お手伝いって、そういう…」

大きく瞬きするフィアに笑顔で返す。

「勿論僕の補助を頼むこともある。だけどその時以外は基本的に好きに進めてくれ」

現在僕の研究に携わっている人間はフィアの他に三人いる。

ひとりはケミオ先生。彼女は眠鬼ピスクの血が濃く、この世の大概の事は知っているようだが種族特性上それを簡単には教えてくれない。まあ初めから答えを教えて貰えてもつまらない。ある程度推論が纏まったら彼女に話してみて、その反応を見て真偽を量る…という具合だ。僕の知り得ない情報であるダァトの事については比較的口に出して教えてくれるのでそれも大変助かっている。どうやら端末としてあるターミナル・ストーンはダァトで繋がっているのではと予測しているからだ。

もうひとりはファズ先生。鉱石学を教える封術士で、封術の観点からターミナル・ストーンを解析して貰っている。気の回る先生で、研究に没頭して寝食を忘れそうになる僕をよく気にかけてくれている。

最後のひとりは魔術監査局の役人で、全面的に手伝ってくれているわけではないが研究内容を知る者として極偶に情報を提供してくれている。研究室の設立には魔術監査局への研究内容の報告義務があるのだ。その義務を課したのは他でもない僕なのだが。以前の塔は少しばかり自由すぎた。塔──即ち魔術師協会の長として、魔術師の秩序を糺すため監査局の設立も行った。

まあそんなわけで。

これからはフィアも加えて研究を進めていく。

彼はどんな発見をするだろう。楽しみだ。



初日。どうやらフィアは、内部術式システムの読み込みから始めたらしい。どういった機能が組み込まれているか、何が使われていて何が眠っているのか。以前に僕がファズ先生と共に書き出した資料と照らし合わせて丹念に解読している。どことなく、何か目的を持ってそれを探し出そうとしているようにも見える。

頼もしい姿を暫し眺め、僕もネットワークの解析を再開した。



暫くして。

フィアは術式解読書を握りしめて僕のところにやってきた。

「先生、此処!此処の解読お願いします」

見付けてすぐ走ってきたのだろう。息は切れているし紙はグシャグシャだ。縒れて読み辛い事に気付き慌てて皺を延ばしている。

「そんなに擦るとインクが擦れてしまうよ」

適当なところで止めて、フィアが見て欲しいという式を注視する。

「この術式は…」

以前調べた内容を全て暗記しているわけではないが、こんな術式はなかった気がする。エネルギー…特に魔力の、貯蔵と解放に関する内容だと読み解ける。かなり複雑で今ざっと見ただけでは詳細までは解らない。

「デコイコードの中に埋もれて隠されてましたけど生きてますよね、これ」

「そう見えるね」

確かにターミナルは物質だけでなくエネルギーも転送できるだろうとみていた。建国から暫く各国はゲブラーに対して『力』を送って支援したという話があるが、これは戦力としての人員や武器ではなくターミナルを通じて本当にエネルギーを送っていたのでは、と。

「よく見つけたね」

「えへへ」

改めてフィアに目を向けると、愛らしく頬を緩ませて笑んでくれた。思わず僕より高い所にあるその頭に手を向ける。フィアは身を屈めて頭を撫でさせてくれた。



フィアが見つけてきた術式はよく見ると2種類あった。どちらかのみ単体で見つけていたら何を示しているのか気付き難かっただろう。2種類併せて見て初めて解った。この術式は思った以上に複雑で、予想以上に危険だと。

転送、貯蔵については異質な点はないが、解放に関する部分がかなり問題だ。送られてきたエネルギーが魔力に類するものであった場合、超高度・高威力の攻性術として展開される仕組みになっている。恐らく対玄霊用に調整されており、転送されてきたエネルギーを受取手が居なくても目的通り作用させる為なのだろう。

「………」

もしもこの条件分岐用の術式を知らずに転送式のみ見付けていたら、僕はエネルギー転送を試してみようとしただろう。そしたらどうなっていたか。考えるだけで肝が冷える。

こういった隠しコードが他にもないか調べておいた方が良さそうだ。



ファズ先生とフィアと僕、三人掛かりでデコイの山を洗い直す。

デッドコードが多いとは思っていたが、解読されにくいようにわざと散りばめてあるらしい。単独では解読しにくい術式も、慎重に読み解いていく。それはとても膨大な量で、三人で手分けしても長大な時間が掛かる。暫くは他の研究はそっちのけだ。



そして、それを見付けた。

厳重に暗号化された一画。現代人にとってはターミナル自体がブラックボックスではあるのだが、一部明確に意図的なブラックボックスが存在した。

「これは…恐らく解析に何年か掛かるだろう」

「そ、そんなに」

いや、早くて数年だ。ターミナルにも制作者がいると思えば驚嘆する。どんな頭の造りをしているのだか。

とにかく、今のところ危険な術式コードはフィアが見付けてきたもの以外は出て来ていない。解読が進むまでは実験は控えて、慎重に調査を進めていこう。

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