塔の魔女
炯斗
201
あれはいつだったか。そう、確か4年ほど前。
父に連れられて出向いた伯父の家で、彼に出会った。伯父に引き取られたという12歳の少年は、当時5歳の僕に満面の笑顔を向けてくれた。追い駆けっこや虫取り、川遊び。色んな遊びに誘ってくれた。そういった遊びに慣れていなかった僕にはどれも新鮮でとても楽しく感じたのを覚えている。
とても明るくて素直な人だった。災難を経験した筈なのに、と。僕はその強さに敬意を抱いていた。
彼は魔力を持っていて、扱いきれずによく暴走させていた。伯父も魔術師だったから軽度の暴走はなんとか出来たが、偶に手に負えない時は僕が呼ばれた。父にも彼に魔力の扱い方を教えてやれと言われたが、当時の僕にはまだ巧く教えられず暴走を収めるので手一杯だった。
彼のためになりたいという気持ちもあって、僕は必死で勉強した。解りやすい教え方。伝え方。そうこうしている内に時代が変わり、僕は塔の代表となり、父は塔を下り、伯父が亡くなった。僕は彼を塔に招き、その後見人を務めることにした。
あっという間に魔力の制御も修得して、フィアは強力な魔術師として成長しつつある。初めの頃こそ慣れない環境や勉強に遅れをとらないようにと必死だったが、努力は着実に実を結んでいる。教え子の成長はそれだけで嬉しいものだが、力を付けてきたフィアは僕の手伝いがしたいと申し出てくれた。感無量だ。今ではまるで秘書のように働いてくれているのがどうにも申し訳なくあるのだが。
「先生、何見てるんですか? …図面?」
いつものように僕が散らかした書類や資料を片付けてくれていたフィアが背後から覗き込んでいた。
「ああ。塔の改築記録だよ」
塔は何度も増改築を繰り返しており、内部構造はかなり複雑化している。この広大で複雑な迷宮には僕が把握できてない箇所も多量にある。
隠し部屋、というヤツだ。
「ロマンですね…!」
フィアは瞳を輝かす。
「だろう?」
塔の何処かには聖霊の残した隠し部屋がある──というのが、長年語り継がれてきた伝説だ。昔、母もそれを探していた事は知っている。あの母が探してみるくらいだからただの噂ということはないだろう。
図面の中から僅かに違和感のある箇所を幾つか見繕う。
「片っ端から調べてみよう。付き合ってくれるかい?」
「勿論です!」
目星を付けたのは十数ヶ所。その内幾つかの場所には難解な魔術的仕掛けも備わっていて期待したが、結局はただの小部屋だった。中には部屋とは言えないような空洞なんかもあったりした。
「うーん、実は無いんですかねぇ聖霊の隠し部屋なんて」
「どうかな。まだ見付けられていないというだけかも知れない」
無を証明するのは有を証明するよりも難しいのだから、無いと結論付けるのは尚早だ。
「そうですよね!きっとあると思った方が楽しいし」
「そうだとも。まぁちょっと間を置いて、また探してみよう」
時を置くのは重要だ。無意識に固まってしまっている思考の方向性がリセット出来る。
そういえば、母はある時からパタッと隠し部屋を探さなくなった。世情が忙しくなり諦めたのかとも思っていたが、あれは恐らく見付けたのだ。母が見付けたのであれば、僕も見付けなくてはならない。あの人に負けることは許されないのだから。
そしてある日。
「先生、先生!隠し部屋見付けたかも!」
興奮気味に飛び込んできたフィアの言葉に思わず身を乗り出して応える。
マキ君、ジユウ君と共に探していたらしい。優秀な三人は知恵を合わせて、僕に
早速向かってみると、それは塔の中腹、商店街層のど真ん中──人で溢れ返る街中に在った。
巧妙に隠された扉を開くとまるで異界に続くような通路が現れた。パズルのような仕掛けが数多あり、扉を潜る毎に難易度が上がっていく。フィアたちも、挑戦はしてみたが途中でギブアップしたらしい。負けていられないと僕も気合を入れて挑んだのだが。
「これは……解けない」
呆然とした。何を求められているかは解る。解るのだが、今の僕では実力が足りない。僕の力では未だ叶わない。この感覚はいつ以来だろう。フィアに巧く教えられなかった時。傷付ける覚悟で放った魔術を母に散らされた時。出て行く父を引き留められなかった時。
「先生…」
傍らのフィアが目を丸くして僕を見ている。
「嬉しそうですね?」
「ああ。挑戦し甲斐のある難問に出会えたのはとても嬉しい。とても楽しい」
自己研鑽の為の解り易い目標があるのはとても良い。
僕もまだまだだと再認識出来たところで、この隠し扉の事は暫し先延ばしにする事にする。
「なに、僕だって成長期だ。あっという間に再挑戦の日はやってくるさ」
「その時は是非ご一緒させて下さいね!楽しみに待ってますから」
それは僕も楽しみだ。フィアに負けないように、より一層励むとしよう。
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