第17話

「おし、新しい仲間も増えたことだし、次は魔性身体測定だ。これで昨日までの春休みの間でどれだけ魔力量や身体能力が向上しているか詳しくわかるからな。そろそろチャイムが鳴るからここでホームルームは終わりにするぞ」


 キーンコーンカーンコーン


「次は校庭に集合だ。遅れるなよ~」

「「「はい!」」」

 ふう、やっと休み時間か。

 さっきまであんな自己紹介で俺に警戒していた生徒達は休み時間になったら席を立ち、幾つかのグループになってしゃべりだした。

 一方俺は先程までカッチカチの体をほぐすように体を伸ばした。

「次は身体測定だから体育着とジャージが必要だな」

 俺はスクールバックから体操着とジャージが入った布袋を取り出した。

「ん?」

 俺は誰かに見られていると思い、辺りをきょろきょろと生徒達の様子をうかがうと。

「ひっ!」

「おい、目を合わせるな!」

 案の定、俺怖がられている……。

 まぁ、俺もあんなの見せられたら同じく怖がって目を合わせないモブその一になってること間違いなしだ。これは誰も悪くない、俺のチキンハートが起こした結果だ。

「おっと、そろそろ時間かな」

 教室への移動中にレオンが俺とサクラに休み時間に一階の保健室に来いと言われている。でもその前に……。

 俺は席を立ち、急ぎ足で教室を出る。

「緊張がほぐれて急にトイレに行きたくなるのは昔から変わらないなぁ」

 これからの俺のスケジュールは魔性身体測定もあるから、色々ときつきつだ。ここは早く済ませて、保健室に行かないと。

「おーい、転校生、おいお前だよ、転校生!」

「ん?」

 あ、転校生って俺のことか。

 振り返ると背丈が俺くらいの男子生徒が俺に近づいて来る、肩には契約龍なのだろう手のひらサイズの小さなトカゲが乗っていた。

 確か俺の隣の席だったな、名前は……ダメだ。あの時自己紹介を失敗したショックで周りをよく見てなかったから思い出せん。

「その顔だと〝アイツ誰だ?〟って感じだな」

 見透かされている。俺の顔ってわかりやすいか?

「ここは自己紹介をしとこう、俺の名前はマルクス。マルクス・ユーヴェインだ。そして肩にいるコイツが俺の契約龍のガイア・アトラスだ。よろしく!」

『ヨロシク頼ムゼ』

 片言だが、契約龍は人の言葉を話せるのか。確かに人間との関係は大昔からあるから人間の言葉を話せるのは当たり前か。

 俺も改めて自己紹介しないとな。

「俺は威沙那。加龍威沙那だ、こちらこそよろしく頼む」

「イザナか、やっぱりいい名前だな」

「俺さっきみんなの前で自己紹介したばかりなんだが……?」

「改めて聞いたらのていでだよ」

 ヤバい、尿意が……。

「そういえば、さっきの自己紹介、凄かったぞ!」

「え?」

「いやぁ、あの時は口から血がだらだら垂らしながら先生に蹴りをかますなんて、笑いあってからの自分の強さを見せつけるなんて、イザナはかなりのエンターテイナーだな。俺感動したぜ!」

 そ、そんなつもりでやったんじゃないんだけどなあ、確かにほとんどの生徒が驚愕している中で俺の見る目が違うマルクスみたいなのがちらほらいたような気がする。

「あれはたまたまだよ。ちょっと感情が空回りしただけさ、これからは普通に話せるから」

「そうかイザナとならなんか毎日が楽しくなりそうだ!」

「お、おう!」

 マルクスの性格は俺と真逆のグイグイ来る系か……。

 と、トイレに行きたい……。

「んじゃあ、俺はこれで———」

「ところでイザナは契約龍がいないのか? 見るからにお前の近くにそれらしき魔力が感じられないのだが?」

 また話が長くなりそうな話題を……。

 ここは適当に受け流してトイレにダッシュする!

「え? いやぁその、恥ずかしながら実は俺ここだけの話、田舎育ちだからドラゴンと契約はまだしたことないんだよ、残念ながら……」

「そうなのか?」

「そうそう、その話はあとでしないか? 俺レオンに呼ばれているんだよ」

「れ、レオン……あ、レオン先生か、それならしょうがないか」

「んじゃあ俺はこれで……」

 今ここで一番最優先するのはトイレだ。気を悪くしないでくれマルクス。これは仕方がない事なんだ……。


 男子トイレへ急げ!


「あ、おいそこは———」

「え?」

 急に俺の足が俺の目の前に現れた。

 そいえばここってさっきサクラが燃料を吐き出した溜まり場があったはず、綺麗にされているから全くわからんかった……。

「ドワァアアアアア!!」

「そこはさっき掃除用ゴーレムが掃除してワックスを掛け直しているって知らせるはずが……もう遅いか。おーい、イザナ大丈夫か?」

「イテテテテ、もっと早く言ってくれ……」

 とんだ災難だ、これは絶対に痣ができる……。もう少し変な倒れ方していたら、危うく俺のズボンが大変な事になるところだった。

「物凄い滑り片したけど……だ、大丈夫か?」

 急に後ろから聞き覚えがある透き通った綺麗な声が聞こえてきた。

 振り向くとそこには俺の着ている同じ制服とは思えないくらいに上品に制服を着こなし、周りの生徒とはずば抜けて目立つ情熱的な深紅のロングヘアーの女子生徒が俺を心配そうに見つめながら立っていた。

「君は……アヤカか?」

「覚えておいてくれたのか、ありがとう。まさか君が二年三組のクラスに転校して来るなんて思ってもいなかったよ、イザナ」

 そうか、同じクラスか。確かに自己紹介の時に緊張して視界がぼやけていたけどその一際目立つ赤髪の生徒がいたような。

 そんな事より……。

「ところで昨日会った時とは別口調だな、今は少し話し方が妙に男口調というか……変?」

「へ、変? おかしいかこの口調⁉」

「昨日アヤカの印象が強かったから……おかしい」

「ど、ド直球⁉」

 俺の意外な答えにあたふたしながら顔を赤くする。

「それが素の口調なのか?」

「そ、そうなんだ……この学園は身分の差は関係ないが、昨日も言ったが私の家は貴族だ。だから、学園の外にいるときはなるべく貴族らしく振舞うようにと父から言われていて、昨日はプライベートで街にいたからその時の口調だったんだ。だから、私の素の口調はこのような男口調が混じっていて……その、やはり昨日も今日みたいな喋り方の方で振舞うべきだった……」

 場所によって口調を変えているとは、流石貴族様だ。

「だから、今日イザナと話す時は何もなかったようにこの喋り方で振舞おうとしたのだが……変だったか?」

「⁉」

 アヤカは顔を赤らめながら口元を隠し上目遣いで俺の事を真っすぐ見つめてくる。

 ヤバい、ドキッとした!

「いいいい、いや全然そんなに変じゃないよ! また街で会った時は今みたいな喋り方で頼むよ」

「わ、わかった。ところで肩は大丈夫なのか?」

「え?」

「さっき滑って転んだところ、変な体勢で倒れたからケガとかしていたら私の親友で治癒魔法全般が得意な子がいるからよかったら……」

「大丈夫だよ、こんなのどうって事ないよ、俺意外と体丈夫だから変な体勢で転んでも平気さ!」

本当はめちゃめちゃ痛いけど、流石にそこまで面倒を掛けられるわけにもいかないからなぁ。

「何事もないならよかった。それにしても先程の君の自己紹介はとても衝撃的で驚いたぞ」

「え、そ、そうか?」

「そうよ、まさかあのレオン先生に一撃を与えるなんて」

「あれはなんか勢いでやった事で……」

「不意打ちでもすごい事だ、私はまだ先生に一度もあのような攻撃を与えたことが無いから本当にすごいと思っているんだ!」

 東の大陸最強の紅天天空流剣法の使い手のアヤカが⁉ あんな教師のレオンに⁉

「ま、まぐれだよ~」

「いや、君はさらっとすごい事を成し遂げたんだぞ! これは誇りに思ってもいい事だ」

 何かイマイチ凄さが分からん……。

「そういえば、レオン先生で思い出した。さっきイザナを呼んで———」

「あ、いけねぇ、すっかり忘れていた!」

 それにトイレも忘れて……。

「それじゃあ、私は先に言っているぞ」

「ああ、この学園で分からない事があった時は生徒会に所属している私に声をかけてくれ!」

「おう!」

 この世界には生徒会もあるのか。

 今まで何回思ったか……俺はトイレに直行した。


「どうだアヤカ、見た感じのイザナの実力は?」

 イザナが立ち去ったすぐにマルクスが次の時間に必要になる体操着をぶらぶら揺らしながら歩いてきた。

「ああマルクス。そうだな、イザナは自分の事を卑下しているけど、あの回し蹴りは本物だ。相当な実力者と見受けられる」

「お、《深紅の戦姫》様からのお墨付きだな!」

「その呼び方はやめてくれ、一人だけ浮いている感じがする……」

「あ? 別にいいじゃないか《深紅の戦姫》さんよ」

「からかうのは別に構わないけど、その代わり君が今朝早くに園芸部が菜園している果実の実を勝手に食べていると名簿に書いてもいいのか?」

「す、すんませんでした……」

「フフッ、イザナ、君の実力が見る時が楽しみだ」

 アヤカは楽しそうな笑みを浮かべながら、自前のペンで名簿のマルクスの生徒指導室行の欄にチェックを入れた。

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