第16話

「えーと、どこまで進んだんだっけ?」

「神託推薦についてだ」

 ああ、そこまでだな。

「僕からは神託推薦についてと君達が僕達の存在を把握していて欲しいという事だけだよ、質問とかあるなら答えられる範疇(はんちゅう)なら何でも答えるよ」

「学園長とレオン以外に俺達の正体を知っている先生はいるんですか?」

「あと一人、保健室を管理している先生がいる。でも君たちには後で会うことになるからその時に」

 保健室の先生か、確かにある程度こっちの事情を話しておかないと色々と大変なことになりかねないか。

 という事は俺とサクラの事を知っているのはこの学園でたった三人、うっかり喋らないように気を付けないと。

「よし、ここの用事も終わったしお前たち二人をこれから俺が担任をしている教室に連れて行く」

 来たよ、この展開。これから一緒に同じ目標を目指すクラスの仲間たちの前での自己紹介。

 大体のラノベとかはこのような小さなイベントは最初から入学してきましたとか、とある強大な力を手に入れてこの学校に通わないといけなくなった的な感じで、これから慣れなきゃいけない空間に入るための第一歩。これはかなり勇気がいる、高校で友達付き合いで色々と困惑しながら引きこもりになったことで膨れ上がった俺のチキンハートには荷が重すぎる……。

「それじゃあ僕はこれで、この学園の生徒として大いに青春を謳歌してくれ」

「はい、ありがとうございました。学園長」

 俺とサクラは学園長室を後にした。


「ハア……気が重い。」

「なんだイザナため息なんてついて」

「先生、彼は元引きこもりです。しばらくの間、家族以外の人と会話していないので、コミュニケーション能力が著しく低下しているので、自己紹介の手前であるこの時間が一番重く感じるところなんです」

「サクラお前、楽しんでいるだろ……」

「ええ、もちろん」

 この野郎……!

「そうなのか、俺のクラスの生徒たちはいい奴らばかりだからそんな心配しなくてもいいぞ」

「そういう意味じゃないんだよ、これから行われる自己紹介というのは、今後仲間関係を築くにあたって必要不可欠である土台の役割だ。この自己紹介がいかに周りの人間にいい印象を持たせることが出来るか……それによってこの学園生活が大きく左右される。異世界主人公の立ち位置である俺にとってこのスタートダッシュが一番肝心なんだよ」

「悪い、途中から何言っているのかさっぱりだな」

「まあ彼はそういうお年頃なんですよ先生」


 暫くして俺達は長い廊下を渡り、校舎の二階に上り、右から三番目の教室でレオンが足を止めた。

 そこからは複数人の騒がしい声が聞こえてくる。

「ここがお前達の教室、高等部二年三組だ」

「クラスは一クラス何人です?」

「だいたい三十人程度だな」

 そこは俺の居た世界と同じ感じか、教室の外だが雰囲気もそれなりに……。

『グギャアアアアアアア!』

 全然同じじゃねえ!

 先程から騒がしい二年三組の教室から明らかに人間以外の声が聞こえてきた。

「な、なんだ今の⁉」

「あれは多分契約龍だな、他のクラスに比べてこのクラスの契約龍は暴れ具合が桁外れのやつらばかりなんだよ」

 暴れ具合が桁外れってどういう意味だよ。

「ちょっと待ってろ、あいつらを黙らせてくる」

 レオンは教室の中に入って行った。その瞬間教室は急に静かになった。

 ああ、次は自己初回かぁ。

「緊張しているな」

 今の俺の目から見た大人しいサクラは何やら自信に満ち溢れているように見えた。

「ああそうだよ、緊張しているんだよ。ところで喋り口調は昨日みたいに猫被るのか?」

「あの機能は場所によっては悪評化を生むからな、今回は素の私の口調より少し砕けた感じの口調で行こうと思う。名前で言うと……『現代っ子モード』だ」

「わかりやすく説明してくれてありがたいが俺には特に関係ないだろ……」

「まあな」

「そうかい、いいよなお前は、緊張しなくて。俺の心臓は今バックバクだからな」

「そうだ良いだろう、私はハイブリット天使ちゃんだ。自己紹介なんてものはイザナとは違って簡単にコフッ……」

「おい、なんだよいきなり黙って……なんか鉄臭いな」

 俺は隣に居るサクラの方に目をやると。

「まずい、燃料漏れだ」

 サクラの口から何やら光る液体が垂れていた。

「なんだソレ⁉」

「心配ない、燃料が逆流しただけだ、体に支障は無い」

 少しは動揺していると思ったがサクラは冷静に口元から垂れている燃料をハンカチで拭き取っていた。

「お前もしかして———」

 緊張しているのか? そう言おうとした最中。

「オヴぇえええ!」

「おわ、汚ぇ!」

 急にサクラが燃料を口から吐き出した。

「サクラお前、やっぱ緊張してるんだろ⁉」

「な、何を言う、私はハイブリット天使だ。こんな事で緊張なんてオヴぇええ!」

「やめろ、絵面的にまずいから吐くのをやめろ!」

「吐いているのではない、これは燃料漏れで……」

「見方によってそれは吐いているように見えるんだよ、わかったからとりあえず落ち着け!」

「おーいお前ら、入っていいぞって何やってんだ?」

「いえ……ゴホッ何でもありません」

 またもやハンカチで口元を吹きながらサクラは教室へ入って行く。

「大丈夫か?」

「ああ、なんとか」

 俺もサクラに続くように教室の中へ。


「おーし、今日からこのクラスに入る新入生を紹介するぞ~」

 レオンは俺達の名前を黒板に書き、黒板の端へ。

「よし、サクラから自己紹介頼むぜ」

「はい」

 あいつもかなり緊張していたからなぁ。

「イザナ……」

 急に小声でサクラが俺の名前を呼び……。

「ん?」

 先程のド緊張していたサクラとは思えないくらいの自信に満ち溢れている笑みを俺に向けてきた。

「え?」

その笑みの理由を知って俺の顔が青ざめた時にはサクラは教卓の前に立っていた。

「初めまして、今日からこのクラスでお世話になります。サクラ・アールボットです。この街には来たばかりなので教えていただければ嬉しいです。よろしくお願いします(ニコッ☆)」

 あのクソ天使がぁあああああ!

 先程の廊下で起こった事すべては芝居。ただこの時、俺の困った顔を見たいだけにこんな手の込んだ芝居してとどめの多くの男を手籠めにした天使スマイルで次の俺の番からのハードルを向上させる行為はもはや悪魔だ!


「「「「うぉおおおおおおおお!!」」」」


 そしてクラスの生徒達は大熱狂!

「綺麗な瞳、お人形さんみたい」

「すげえ可愛いんだけど!」

「俺の好みのタイプだ!」

「あんな小さな体、守ってやりたい!」

 これは何かしらこのクラスの常識が大きく覆す勢いだな……。

 そんなサクラは俺に向かって勝ち誇ったように笑っている。

 この後の俺ってかなりハードルが高すぎる……。

「よし、んじゃイザナ頼むぞ」

「……はい」

 俺は覚悟を決め、教卓の前に立つ。


「あの男子、さっきの子と違って何かパッとしないわね」

「いま一つ特徴が無いっていうか」

「おいおい、やめておけって聞こえたらどうするんだよ」

 おおっとそこのヤツ、残念ながら俺は地獄耳だから丸聞こえだぞ、そして心のダメージが半端ない。

 サクラのヤツ、後で覚えていろ……俺はこんな事でへこたれていられないんだよ、俺はこの世界に呼ばれし勇者で主人公なんだ。こんな自己紹介ごときでビクついたらきりがないんだ。

 俺は覚悟を決め、緊張と言う名の圧力で塞ぎ込んでいた口を開け、威勢のいい自己紹介を始めようではないか。

「ど、どうも初めまして。加龍いざっンギャ———!」

 ヤベぇ、舌噛んで変な声が!

 思いっきり噛んだせいか、血が滝のようにドバドバと口から溢れてくる。

「~~~~っ!!」

 声を出すことが出来ない痛さにもう自己紹介どころでは無かった。

 隠していたつもりだったが、どうやら俺が緊張していたことは周りの生徒達にもわかっていたらしく。

「クスクス……」

「プッ……」

 予想外なところで俺が舌を噛んだ事でサクラを含め、クラスの生徒のほとんどが体を小刻みに揺らして笑いを堪えていた。

 なんだこの地獄絵図は!

 俺は助けを求めるようにレオンの居る方に目をやると……。

「ダハハハハッ!」

「んな⁉」

 笑いを必死に堪えている生徒たちがいるのにその横で担任教師が大爆笑していた。

「今の何だよ、ンギャってヤベぇコイツ!」

 マジかよ、コイツ本当に教師かよ……。

 俺は呆れを通り越して段々とそれは怒りになっていくにつれ、視界に昨日のような光の線が現れ……。

「お前がヤベぇわ、このクソ教師!」

 俺は口元から血を垂らしながら跳躍し、遠心力の原理を使いレオンの溝内にめがけて綺麗な回し蹴りをかました。

「ゴハァアアアアアア⁉」

 当然、レオンは蹴られた勢いで窓を突き破り頭だけが飛び出た。

 俺は口に溜まった血をペッと掃き出し。再び教卓に戻り……。

「……加龍威沙那だ。東の大陸出身、よろしく」

「「「「よ、よろしく……」」」」

 お、終わったぁ……。


 あまりにもインパクト強めな自己紹介でクラスの生徒達は戸惑いつつも俺の返事に答えた。

 これ、絶対俺問題児だって思われているだろうなぁ……。しかもなんだよあの空中  回し蹴り、俺あんなの習得したつもりもないのに体が勝手に……。

「はい……これから今日のスケジュールを言うぞ、イザナは早く空いている席に着け」

 暫く血を垂らしながら気を失っていたレオンがガラスの破片を払いながら教卓立っていた。

 どうやらコイツは打たれ強いようだ。

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