第14話
翌日、朝の八時頃———
「はぁ、昨日は酷い目にあった」
サクラの悪ふざけのせいで危うく牢屋行きになりかけた俺はサクラのゴット何とかのおかげで俺の変な噂が流れずに済んだのだが……。
「もう二度とあんな経験はしたくない」
暫くはあのような冷や汗をかくような事はごめんだ。
「おまけにまだ馴染めない布団と枕のせいなのか、背後からナイフを投げつけられる変な夢を見るし、起きたら目の前の壁に寝る前にはなかった、杭みたいなのが撃ち込まれていたせいでモチベーションが上がらん……」
「おいイザナ、何ぶつぶつ独り言をボヤいているんだ。支度はできたか!」
すがすがしい朝の日差しと共にサクラの怒鳴り声が聞こえてきた。
「そう怒鳴るなって、あと少しだ。このネクタイさえどうにかできれば……」
約一年ぶりのネクタイの苦戦していた。
「何しているイザナ、ネクタイ結べたか?」
いつでも行く準備万端の制服姿のサクラがひょっこりと顔を出した。
「悪い、ネクタイでちょっと……よし、これでどうだ?」
「全然ダメだ。ネクタイが変な方向に曲がっているぞ」
「やり直さないと……」
「もういい、私がやる」
サクラは俺の首にかけていたネクタイに手をかける。
「まったく、たった一年引きこもっただけでネクタイもまともに絞めることが出来なくなっているとは……どういう生活をしたらこんな風になるんだ?」
「あ、アハハ……」
「今日は始業式が終わったら魔性身体能力測定があるからイザナのスクールバックに体育着とジャージを入れておいたからな」
「おう、ありがとな」
「ん」
サクラのやつもあんな性格じゃなければ可愛い女の子なのになぁ……。
「……なんだ? 私の顔に何か付いているのか?」
「いや、別に、何でもないよ」
「そうか……それにしても解けないな、きつく絞め過ぎだ」
この光景、どこかで見たことあるな、記憶は曖昧だがこれは俺がまだ幼稚園児の時に度々見かけた父親が出勤する時に曲がっていたネクタイを母親がそのネクタイを直すという光景。
これが見方を変えれば新婚プレイと言うやつなのだろう。
今一度いうが、サクラは見てくれは可愛いが性格がダメであって———
「キモッ!」
「……え?」
「いや、すまない。何故かわからないが今無性にキモいと言いたくてな、どうしてだろうか?」
「さ、さあ? 俺に言われてもサクラが分からなければ俺も分からないって……」
これからはサクラの前で想像するのはなるべく控えよう……。
「よし、これでネクタイは完了だ」
「おう、サンキュ」
「後は貴重品とかは持って行った方がいいぞ、この世界はイザナの世界と比べて物騒だからな」
「わかってる」
俺はテーブルの上に置いてある貴重品の携帯端末、財布、腕時計それに新しく貴重品の仲間入りをした冒険者バッチを制服の襟に、そしてアリスティアから託された俺専用の煌具、今はコンパクトに指輪になっている臥龍丸を右の人差し指にはめた。
「パスワードは覚えているよな?」
「ああ、もちろん!」
「………」
急にサクラは上から下へと俺の制服姿をマジマジと見つめた。
「なんだよ?」
「いや、馬子にも衣裳とはこういうことだな」
喧嘩売ってんのか。
「おい、転送者の宿命みたいな感じでこうして異世界で学園生活を仕方なくするんだぞ、そんな風に貶されたら流石に傷付くぞ」
「いや、そういう悪い意味で言ったつもりではない、ただ———」
サクラはクスリと笑い。
「———こうして制服姿を見ると駆け出しのルーキー勇者みたいで逞しく見える。そう言ったつもりなのだが?」
……あれ? ナニコレ?
今、サクラが俺のことを褒めてくれたのか?
こんなドキドキ、ゲームで激レア素材が落ちた以来のドキドキだぞ!
「なあサクラさっきのセリフをもう一度———」
「五秒数える、その間に蜂の巣か眉間に一発かどれで撃ち殺されたいか決めろ」
サクラは俺が言う前にはすでに右腕を機関銃に変形させ弾を装填し手動を電動に切り替えるスイッチに手をかけていた。
「ちょっと待て、毎回毎回銃を出すなって、冗談だって!」
「一……二……」
「ちょ、ちょっと待て、待って下さい、調子に乗ってすいませんでした! だからそのデスカウントをやめてください!」
「ふん、わかればいい。そんな事よりあと三分で出るぞ、こっちも人を待たせているからな」
「人を待たせている? 誰を?」
「会ってみればわかるさ」
「正直に言ってみ」
「説明するの……面倒くさい」
その瞬間、宿屋から硬いものを殴るような鈍い音が響いた。
数十分後、俺達は名門魔法学園ラグナロク学園に到着した。
「ホントにデカいな、なんかの遊園地みたいだ」
俺は肩にスクールバックをかけ、真っ赤になった右手をさすりながら俺はこの世界の五本の指に数えられる名門魔法学園の偉大さに圧倒されていた。
まぁ、街の入り口からも見えたんだ、しょうがないか。
「アリスティア様の神殿といい勝負だ」
「お前の比べ方は色々と突っ込みどころあるが今は保留とするわ」
俺達が立ち止まって迫力に圧倒されている矢先、この学園の在校生達が欠伸(あくび)をしながら校門を潜って中に入っていく。
「今更だけど俺、ホントにここでやって行くことできるのだろうか? 確かにあの女神のおかげで言葉が詰まらずに喋れるようになったけど、後は俺だけが前に一歩踏み出すことが出来るかどうかなんだが……」
「心配は要らない、イザナがそんなことにならないようにする為に私が居る」
お前、俺に銃口を向けて脅してもホントは俺のことを大事に……。
「仮にお前が闇堕ち展開になっても……せめて苦しまずに楽に逝かせてやる」
「そんなおっかない事を言いながら手に持っているサバイバルナイフをチラチラ見せるのをやめてくれ、俺が闇落ちする前に殺されそうだ!」
「安心しろ、私はお前を殺しはしない。アリスティア様に釘を刺されたからな、これは脅しだ。これで闇落ちはと言う展開は免れそうだ」
「この世の中、脅しで何とかなると思っているなら、お前の思考回路を新品なものと取り換えてやる!」
「おー朝っぱらから元気だな」
「ん?」
俺達の後ろにいつの間にか見覚えのない男が立っていた。
「男の方がカリュウイザナとナイフを持った嬢ちゃんが昨日連絡したサクラ・アールボットだな? 待っていたぞ!」
どうやらサクラの言っていた、人を待たせているのは本当だったらしい。
見てくれは強そうでもなく弱そうでもないごくごく普通にいる男の眼鏡教師だ。
この学園の校章のような刺繍が施されているいかにも存在感を出すローブを身に纏い、腰には刃が付いたリボルバー、銃剣を腰に下げていた。
「はい、お待たせしてすみません」
「指定された時間ぴったりだ。念のため本人確認するから、バッチを拝見させてもらうぜ」
そう言いながら眼鏡教師は懐から何やらこの世界で言う所の魔道具を取り出した。
「はい。ほらイザナ」
「お、おう」
眼鏡教師言われたように俺とサクラはバッチを見せ、そして、その魔道具でバッチを読み込んだ。
「ほい、身分確認完了っと、さっそくだが学園長直々のお呼び出しだ」
「学園長が? なんで」
「会えばわかるさ、付いてきな」
またお預けかよ。
現在俺達は校舎の一階、職員室前の廊下を歩いていた。ここではあまり生徒たちの声が聞こえない事は、教室は二階からなのだろうか。
「移動中に悪いが自己紹介しておく、俺の名前はレオン・ペンドラゴン。見ての通り教師だ。そしてお前達のクラスの担任でもある。ここであったのも何かの縁だ、気軽にレオンって呼んでもいいんだぜ、なんてな(笑)」
なるほど、呼び捨てでもいいのか……。
「はい、よろしくお願いします。レオン先生」
「おう、よろしくサクラ」
「よろしく、レオン」
「おう……え?」
急にレオンは足を止めた。
「なぁイザナ、確かに俺達は歳の大差は無いし、呼び捨てでもいいって俺は言ったがあくまでここは学び舎、さっきのは冗談のつもりで言ったからここはレオン先生と呼んで———」
俺を睨みつけて何を言ってんだ? 冗談だとはいえそっちから呼び捨てでいいと言ったはずだ。
だから俺は曲げたりしない。
「レオン」
「おい、俺の話——」
「レオン」
「動じないなコイツ……」
十秒程度の間があったがレオンはまた歩き出し。
「イザナ、俺が殺意を込めた《忠告》と言う威圧スキルを使った」
え、どこで?
「このスキルで動じなかったのはこの学園で学園長の野郎とお前が初めてだ。俺をどう呼ぶかは好きにしていいぞ」
ああ、なんか背筋がビリッてなったのはスキルのせいか、これはレオンがすごいのか俺が鈍感なのかイマイチピンとこないな……。
まぁ、好きに呼んで良いならここは少し敬意を持って……。
「んじゃあ、改めてよろしくッス、レオン」
「何か腹立つ、やっぱ先生って付けて欲しい……」
それからちょっとして———
「おし、着いたぜ」
どうやらお目当ての学園長室に着いたんだが……。
「ここが学園長室か?」
「そうだ」
「なんか……」
その学園長室は職員室の隣にあるのだが、そこと見比べると明らかに職員室と比べ物にならないくらいのドデカい扉と看板があり、そこに達筆に『学園長室』とドデカく書かれ、それを強調されるが如く対をなすように左右に両手銃が飾ってあった。
それはもう簡潔に言うと———
「「派手だな……」」
「ここの学園長は物凄い目立ちたがり屋だから絶対に驚くなよ?」
そう言い、レオンは俺達に耳栓を渡した。
「なんで耳栓?」
「念のためだ」
レオンは腰にぶら下げていた銃剣に手を掛けた。
俺はレオンの言われた通りに耳栓を付ける。
「よし行くぞ、おーい学園長、連れてきたぞ」
レオンはノックも無しに勢いよく学園長室の扉を開けた。その瞬間、俺の視界に銀色の一閃が走った。
「そんな壮大なサプライズはよせ、レウス」
「全く、君はもう少し遊び心っていうものを学ぶべきだ」
レオンは困ったように銃剣を腰のホルダーにしまう。
そこには巨大なクラッカーを持った肩幅ががっしりとした立ち振る舞いのレオンと同じく校章が刺繍されたローブを着た男が立っていた。
俺たちが部屋の中に入った時には鳴り響く予定だった巨大クラッカーは綺麗に真っ二つに切られていた。
「い、いつの間に⁉」
俺の視界に急に現れた銀色はレオンの銃剣の刃だったのか。
サクラは真っ二つになったクラッカーの断面を興味深そうに手に取り。
「見ろイザナ、これはかなりの技だ、断面を合わせたら元の原型を完璧に保っている!」
「マジか!」
「うんうん、シナリオ通りとはいかないけど僕は君達のようなリアクションを待ち望んでいた」
先程から存在感があるこの人は、学園長の側近みたいな感じの人か? 歳はレオンと同じくらいに見えるが……。
「ようし、ここにいる目立ちたがり屋がこのラグナロク学園の学園長だ」
「学園長……え、学園長⁉」
「そのリアクションもいいね! そう、この僕がラグナロク学園四十三代学園長レウス・レックスだ。よろしくね☆」
「初めまして、サクラ・アールボットです。こちらこそよろしくお願いします。ほらイザナ、お前も」
「え? ああ、加龍威沙那です。よろしくお願いします」
若いなぁ、この人……。
俺が思っていた学園長の見た目は五~六十代くらいの年代かと思っていたけど……。
こんなお兄さんだとは思わなかったなぁ。
「どうやら、学園長がどうしてこんなに若いか気になるようだね、イザナ君?」
「え、あ、はいその俺が思っていた学園長とはイメージが違うっていうか何というか……」
やべぇ気に障ったかな?
「ははは、初対面の人は君と同じリアクションをするからね、でも僕はこう見えても王都の方では、軍の上層部で指揮をしていたんだ。他に魔法学や経済学と言ったところでも多大な功績を得ているからね」
よく見ればこの学園長室の壁には沢山の賞状が額縁に入れられていた。こういうのって歴代の学園長の写真とか飾っているもんじゃないの⁉
「おい、レウスさんよ。自慢話はそのくらいにして早く本題に入ってくれないか? 俺はこの後こいつらを教室に連れて行かないといけないんだからよ」
「レオン君、一応僕はここでも君の上司的ポジションなんだよ。その馴れ馴れしい言葉遣いは流石に無視できないなぁ」
「同年代のお前に言われる筋合いはねぇんだよ」
「レオン、そういえば俺達まだどっちが強いかはっきりしてないよな?」
「奇遇だな、俺も丁度決着をつけようと思っていたとこなんだ」
……え?
「おい、俺達置いといてそんなバチバチの展開になるのはやめてくれ!」
俺は我慢の限界で二人の教師に怒号を繰り出した。
「あんたら俺達に用があるからここまで来させたんだろ、早く本題に入ってくれ!」
「「はい、すいません……」」
「さすがイザナだ、私でも仲裁に入るのを躊躇したバッチバチな空気だったのに、いつもの怒号で一気に沈めた。お前は天才なのか⁉」
「勘弁してくれ、褒められているのに良い気分になれん……」
これでようやく本題に入ることが出来る……本題っていうのは知らんけど。
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