第12話

「が、頑張るんだ俺。あと数メートル先の公園に着くまでの辛抱だ……」

 サクラのばっくれにより、結局俺が二人分の荷物を宿に運ぶことになった。人混みが苦手な俺は、商店街の大通りには戻らず、休憩地点にしていた裏路地から遠回りして宿に向かっていた。そして、道中で体力の限界がきた俺は公園のベンチに腰掛け、つりかけていた両腕をほぐしていた。

「つっかれたぁああああ! まったくサクラのやつ、俺に昼飯代でたった千テラーだけ渡して残りの金全部持っていきやがって……」

 ぶつくさと文句を言っている時にもかかわらず、腹の虫は元気よく俺に『腹が減った』と言わんばかりにグーグー鳴いている。

 この公園から宿までの距離はまだまだある、一人分の荷物だったらまだしも二人分の荷物を運ぶとなると、俺の怠惰仕切った筋力では時間がかかって、宿に着いた時には昼どころではなくなる……。

「ハア……」

 結局無理して運ばなきゃダメかなぁ……。

 腕の力と腹の減りで困惑している最中、空からは春とは思えないほどの太陽の日差しが容赦なく俺を照りつける。

 ……それにしても暑い。

「なんだ、この暑さ。まだ四月なのに八月くらいの気温だな、これじゃあ熱中症になっちまう……」

 俺は額から流れる汗を拭いながら雲一つもない青空にひときわ存在感を出している太陽を睨みつける。

「それは今日の太陽がとても活発だから気温がこんなに高いのですよ」

「へえ……ん?」

 俺は咄嗟に声がした方に目を向けた。

「⁉」

 俺は思わず息を呑んだ。

 そこには炎のような彩りが特徴的な髪色の女の子だ。歳は俺と同じくらいだろうか? 笑うと間違いなく可愛い。

 そんな彼女は俺の座っているベンチから噴水をまたいでもう一つのベンチで本を読んでいた。


「それにしても実際に赤髪を見ると俺はこうも簡潔した感想が頭の中でスラスラ出てくるのか……凄いな」

「ボーっとしてどうかしましたか? 私の顔に何か付いて……?」

「え? あ、なんでもないです。なんでもないですよ! あはははは」

「そうですか?」

 あぶねぇ、ここ最近美人のやつらは見たけど中身がダメな残念美人ばっかりだからつい見とれてしまった。それに年が近い感じだけど着ている服から身分が高そうな家柄だと想像してつい敬語に——!

 俺は何か話すべく、先程彼女が口にしていた興味深いワードについて聞いてみた。

「ところで太陽が活発ってどういうことですか? 生き物じゃあるまいし……」

「何言っていますの? 今日の太陽龍は血の流れる速さが通常より速いから体温が高めでその影響で今の気温が高くなっているのですよ」

「え、何その太陽龍って?」

「知らないのですか⁉ これは常識ですよ!」

「じょ、常識⁉」

「……ここでは見かけない顔ですが、どこ出身なのですか?」

 え、何? 俺怪しまれてる?

 まずいなここは異世界転生でお馴染みのこの設定を使って……。

「こ、ここからものすごく遠い小さな村から来たんですよ。着いたのも昨日からだし……」

「大陸は?」

「え?」

「出身の場所の大陸の場所を聞いているのです、どこの村からとか詳しい場所は聞かないのでせめてどこの大陸出身かは教えてくださいますか?」

「な、なんでそんな興味津々なんですか?」

 こんなグイグイ聞いてくる異世界転生モノってあった?

「これはタダの興味です。この街で一般常識を知らない人がいるのは学園で教育を受けていない幼い子供だけだと思っていましたので。貴方の格好からしておかしな格好だけど……フフッ」

「……え? 今笑いました? 俺のジャージ姿見て笑いましたよね⁉」

「……笑っておりません」

「な⁉」

 やべ、ちょっと傷付く……。

 女の子に笑われるのがこんなにダメージが大きいなんて、この前まで引きこもりしていた俺にとってこれ以上は耐えられないな……。

「と、ともかく! 見た感じ貧相な暮らしはしてなさそうな感じですが、太陽の詳しい存在は知らないとなると暮らしがまだ発展していない村があるという事。それが気になるだけなのです!」

 さてはこの子、優等生だな! 興味本位だとしても流石に別の世界から来ましたなんて簡単に言えるわけないし、ここは昨夜に串焼き屋のおっちゃんに聞かれた通りの返答で……。

「あ、えーと東。そう、東の大陸出身!」

「東の大陸……ですか。確かにあそこは島の大半は森で埋め尽くされていて、そこの小さな村となれば現代の魔法論はまだ伝わっているか半々ですね……わかりました理解できましたわ、あースッキリしました!」

「わ、わかればいいッスよ、わかれば……」

 よかったぁ、勝手に理解してくれた。

「それで、あの太陽龍ってなんです? 龍って言うからにはやっぱドラゴンなんですか?」

 またドラゴン関係か、この世界、設定にこっているな

「はい、太陽龍ソレイユ。この星に住んでいる私達にとって、とても大事な存在です。昔は私たちが住んでいるこの星がソレイユの周りを周天していたと思われていましたけど、最近の研究でその逆。つまり、ソレイユ自身が星を周天していたという事を発見しましたの!」

「え、マジですか⁉」

 俺がいた世界とは全く逆じゃないか、しかもなんであんな空気もない宇宙空間で普通に回っているのも不思議だ。

 もはや何でもあり、という事か……。


「さてと、そろそろ行くかな、ありがとございますこんな田舎者に教えてくれて、これでまた一つ賢くなった」

「ええ、お役に立ててよかったです。それにしても貴方の荷物見た感じ、かなり重そうに見えますけどそれってもしかして……」

「ああ、明日から始まる学園生活に必要な物を一式。朝一に買い揃えたんスよ」

「でもなんか一人分にしては多すぎではありませんか?」

「全部で二人分。連れがいて、同じく入学するからそれを含めてです」

「そういう事ですか……二人分を運ぶなんて大変じゃないですか? 手伝いましょうか?」

「大丈夫、これでも俺は結構力はある方ですから」

「そうなのですか?」

「はい!」

 こんな美少女の前に弱音なんて吐くわけには行くまい。

 俺は荷物を思いっきり持ち上げようと力を込めた———!

「………」

「………」

「手伝いは必要で?」

「……お願いします」

 俺はどうしてこういう時に限ってかっこよくなれないのだろうか、本当に情けない……。

「そこで意地を張るのはわからなくはないですが、時には人に頼るのもいい事だと思いますけど……よっと、これを運べばいいのですね」

「……はい、お願いします」

 俺格好悪いな……。


 そんなわけで俺は赤髪の女の子に手伝ってもらい、宿泊している宿まで運んでもらった。

「女の子とはいえ力仕事手伝ってもらって、本当に申し訳ねぇです……」

 俺は彼女に向かってもう謝罪会見をしているみたいに深々と頭を下げ、感謝の気持ちを表した。彼女も少し引き気味だが俺は構わない。

「いえいえ、困った時はお互いさまです。それに私、力仕事得意ですので気にしないで頭をお上げください」

 うわぁ、上品で優しいなぁ、サクラもこれくらい優しかったらよかったのに……。

 そんな彼女を見て俺は無意識に笑みがこぼれてしまう。

「力仕事と言うと、冒険者か何かをしているんですか?」

「ええ、そんなところです、まだ先は決まっていないのですけど、修行の身の龍魔導士をやっております」

「へえ、龍魔導士だとしたら契約龍が?」

「ええ、今は私の中で眠っています」

「そうか、起こしちゃ悪いな」

 それにしても意外だな、なんか立ち振る舞いが貴族っぽいから科学者とかの研究員みたいな感じだったけど、まさかの龍魔導士、先程の問い詰めは本当に興味だという事か。

「あ、そういえば自己紹介してないッスね」

「そういえばそうですね、私ったらつい」

「それじゃあ俺から、俺の名前は加龍威沙那。明日からこの街の学園、ラグナロク学園に入学する高等部二年ッス。よろしくです。これ俺の冒険者バッチ」

 俺は身分証のビギナークラスと記されているバッチを見せた。

「カリュウイザナさんですね、よろしくお願いします。私の名はアヤカ・スカフィード。私もイザナさんと同じ明日からラグナロク学園高等部二年に進学する学生なんです」

 アヤカも俺と同じランクのバッチを見せた。

「おお、学生だったのか、なんか貴族みたいで立ち振る舞いから見てルーキーランクの冒険者だと思いまいましたよ」

「そうですか? 私は貴族の出ですけど、ラグナロク学園は名門校だから私みたいな貴族は沢山いますけど、あの学園は身分の差は無いので貴方みたいな身分の人も沢山いますわよ、あと、一応同じ学生なので、無理して敬語で話さなくても大丈夫ですよ」

「あ……」

 やっぱり、アヤカは貴族のお嬢様か。まぁ口調がお嬢様言葉だからすぐに分かったが、この世界の学園は身分の差とかで変な奴に絡まれて面倒くさい事にはならないのか不安だったんだが、そういう事がなさそうだからまぁいい情報か。

『ぐきゅー』

 急に腹の虫ぐきゅーと鳴った。

「そういえばまだ何も食べてなかった。まさかこんな所で腹が鳴くのは……いやぁ、面目な……ん? これ俺の腹の虫じゃない」

「………」

 俺は自然とアヤカの方に目を向ける。

 そこには顔を真っ赤にして俯きながらそっぽを向いているアヤカの姿が……。

 ヤバい、カワイイです!

「失礼なことを伺いますが……昼食はお食べには……?」

「……その、まだです……イザナさんに会う前は食欲が無かったのですが……先程の貴方のおなかが鳴ったのにつられて鳴ったって言いますか……その……はい、おなかがすきました……。」

 どうやら観念してくれたそうだ。

 異世界美少女っていいなぁ。

「そうか、それじゃあ一緒に食べに行くか? 手伝ってくれたお礼に奢るよ」

「え! いえ、それは流石に私の貴族の立場上それは……」

「財布持ってないんだろ? 見たところ、所持品は手に持っている本だけだし、服装もポッケが付いているような感じじゃなさそうだし」

「そ、それは……その」

 アヤカの動揺の素振りからして、どうやら図星のようだ。


『ぐきゅー』

「お、また鳴った」

「~~~ッ‼ ……そ、それではお言葉に甘えて……」

 アヤカがまた顔を真っ赤にしている……写真撮っていいかな?

 そんな訳で俺とアヤカは少し遅めの昼飯を食べることになった。

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