第11話


 俺とサクラは商店街に来ていた。

「なあ、学園の入学手続きはやらなくていいのか?」

「そういうのは前もって完了してある」

「いつ?」

「お前がこの世界に来る二日くらい前からだな」

「そ、そうなのか」

「まあ手続きと言ってもイザナの世界とは違ってここでは個人情報の書かれた紙に自分の顔の写真を貼って出せば後は入学の時に冒険者バッチを見せれば完了なんだがな」

「そんなざっくりした感じでいいのか?」

「この世界の学園のルールは昔から変わっていないからな、文句があるならこのルールを決めたやつに言った方がいい」

 この世界は俺の知っている一般常識とは少し異なるようだ。

「それで今日は何をするんだ?」

「今日は明日の学園生活のために必要な必需品の買い出しに行く」

「なるほど、それで予算の方は?」

「安心しろ、余裕だ」

 サクラは金がたんまり入った袋を片手に親指を上に向かって突き上げた。これだと無駄遣いするか、スリに合って盗まれない限り大丈夫だろう。


 ———数時間後


「これで全部か?」

「あとは筆記用具だけだ」

「それじゃあ、あそこの文具屋で一式買えそろえよう」

 俺達はあれから商店街のあちこちの店を巡って必需品を買い込んでいた。そして、残りは筆記用具だけだ。だがそんなの事より……。

「なあ、ちょっと手伝えよ」

 俺は自分の分とついでにサクラの分も待たされている為、必需品が多くなっていくにつれ俺の体力も徐々に削れていく。

「まさか、イザナはこのか弱い私にその重たそうな荷物の山を持てと言うのか?」

「普通のか弱い人は自分でか弱いなんて絶対に言わないから……」

 俺は呆れながら、今にもバランスを崩しそうな荷物の山を持ち直す。

「全部とは言わない、自分の分だけでいいから持ってくれないか……?」

 太陽の位置から見るに、もうすぐ昼だ。その時休憩を挟まないと俺倒れるかも……。

「ほらイザナ君、ここの文房具屋はとても品が充実している有名店なんだよ! 早く行きましょう!」

 コイツは周りの目が気になる時は『可愛い子(キューティクル)モード』という機能を使って猫を被り、俺と話す時だけ素に戻る至ってオンオフが激しい行動をとっている。昨日、アリスティアがサクラにこの世界に関する大まかな情報をアップデートされた際に新しく搭載していた新機能だそうだ。

 何故、俺がこの情報を知っているかというと、アリスティアが俺に毎回行われるであろうサクラのアップデート情報を新しく更新される際にメールとして俺の携帯に届くように設定されている。無論この事についてサクラは知らない。

 俺はこれを初めて見た時は「携帯端末かッ!」とツッコミをしそうになったが、よくよく考えたらこれはかなり便利なシステムだ。この理不尽を可愛く具現化したような天使は今このように新しく追加された機能を瞬時に使いこなし、俺に精神的な疲労をもたらす。だからこれから新しく情報を更新される際にメールで確認する事が出来るとこれはこれで俺にも対応ができる。

「ハァ、ハァ……」

「おい、バテるの早すぎだろ」

「うっせぇ、こっちはつい昨日まで引きこもりだったんだよ……」

「そんなもんが言い訳になるなんて思っていたら大間違いだ、さっさと荷物を持て、次行くぞ」

「人が多いな……」

「頑張ってイザナ君、ファイトファイト!」

 イラッ……。

 耐えろイザナ、ここは耐え抜くんだ。

 サクラは付き添いとして隣に俺を配置する事で、俺に周りの人から(特に男性陣から)睨み殺されそうな視線を四方八方から浴びせられ、体力と主にメンタルも削られる様子の俺を見て楽しんでいる、とても悪質なやり方である。

「サクラのあの機能、絶対に消去してやる……」

 猫被りのあの天使にどうやって仕返しをしようか考えながらサクラの後を追い、文房具屋に入る。

「……おい、ここって異世界だろ? 俺がいた世界とは全然違うんだよな?」

「そうだよ、何今更なこと言っているの?」

「だよな……じゃあなんでこんなものが?」

 俺は棚から手に取ったのは……シャープペンシル通称シャーペン、俺の居た世界ではもう馴染みのある筆記用具だ。

「こんなものって、シャーペンの事ですか?」

「そうだよな、お前にもこれがシャーペンだってわかるよな……。でもなんで異世界にこんなのがある? アニメやラノベの王道の世界に乗っ取ってここは羽ペンにインク壺っていうのがルールじゃないか? どうしてこんなメカニカルなペンシルがここに存在している! これのせいでファンタジー感が壊れちまう!」

「それはイザナが転送される前の先輩転送者から色々とアイデアを頂いて、それによりこの世界の魔法道具の進歩は一気にザッと百年駆けあがったと言われています。」

「ひゃ、百年⁉」

 宥めるサクラの意外な発言に驚き、俺はつい声を上げて驚く。

「はい」

「もしかしてこのシャーペンも?」

「はい、私の情報データベースの記録によると私達みたいに先輩転送者が必需品の買い出し中に『せっかくの学園生活だからやっぱりシャーペンとかが無いとやる気でないわー』などと呟きながら自分のユニークスキルでシャーペンの設計図を書いてそれを文具会社に提出し、たった二日でプロトタイプを作り、更に量産化、一週間後には東西南北の大陸の全ての文具屋に売られその転生者たった一週間で文具王という二つ名を付けられ、今では歴史の教科書の人物です」

「なんじゃそりゃ、異世界に来て一週間後に金持ちになる話はアニメやラノベの世界しかないのにまさかシャーペンで大金持ちになるとは……そんな事あってたまるか!」

 ———と文句を言っていた俺だが、こんな異世界に来てもやっぱり手に馴染むシャーペンは必要……でもやっぱりせっかくの異世界なのに羽ペンを使ってみたいのも嘘ではない……。

「ちなみにイザナ君がご所望の羽ペンならあそこにありますよ」

「なんだあるのか、なんかシャーペンの他にもボールペンやサインペンがあったりするのは置いといて、やっぱ羽ペンは無くちゃ……って、スペース少なくない⁉」

 探し求めていた羽ペンの棚はもの凄く隅っこの所にちょこんと置いてあるだけだった。

「シャーペンに比べて羽ペンのデメリットはかなりありますからね~『乾いていない事を忘れてインクを滲ませてしまったり』とか『間違えたところを書き直せない』とか何とかで……」

 か、かわいそうに……。

 俺は魔法や剣で圧倒していた異世界の魅力が文具ひとつで崩れ去った気がして何かと気まずい……。

「それにしてもサクラ。その新機能、いつまで使うつもりだよ、さっきまで俺には素の男口調で話していたのに……それ疲れないか?」

「全然平気です♪ それに今は先程より周りの目も気になりますし、ここで素に戻ったら私のイメージが砕け散ると大変ですので、それにたまにはこう口調でイザナ君に接してご褒美を与えないと……ね、ダーリン?」

「だ、ダーリン⁉ お前なぁ、少しは俺の身にもなってみろ、さっきから周りの視線が矢みたいに刺さってくるみたいで背中に変な汗が———」

 そんなことをボヤいているうちに俺の地獄耳が何やら不吉な言葉を拾った。

「なあ、あの子可愛くないか?」

「ああ、ここらじゃ見かけないけど、どこから来たんだ?」

「その隣にいる男は彼氏か?」

「バカ違うよ、あれは連れかなんかだろ、あんなのが彼氏だったら路地裏であいつの背面を刺してやるよ」

「あの子にナンパするのか?」

「あったりめえよ」

 ちょっと待って、路地裏でなんだって⁉ これは早く逃げないとヤバイな。

 俺達はシャーペンや消しゴムを買って、そそくさと文具屋を後にした。

「いやー変な汗かいたわ、なんだかんだあったが、これで勉強面の必要なものは買えたな。ところで今の持ち金は幾らだ?」

「見たところ六千テラーってとこかしら?」

 最初に制服と作業着を買っておいてよかった。サイズとか採寸とかなんやらで色々と疲れた……。

 人通りが多い道から逸れた俺は携帯端末を起動し、時間を確認した。

「時刻は十二時ジャスト。もう昼か、サクラはどうする? こっからは自由行動にするか?」

「そうだな……いくら私が戦場で長時間不自由なく動けるように改良された天使でも燃料ストック分は確保しておくべきだな」

「急に男口調に戻って何言ってんだお前、昼飯を燃料ストックって……ここは激戦区じゃなぇぞ」

 一時的な休憩のため、俺とサクラは近場の裏路地で足を止め、俺は朝からずっと流し続けている汗を拭った。

 こんなに大量の汗を流したのは一年ぶりだ。

「俺もサクラも腹が減っているのはよくわかったが、それでもまずはこの荷物を宿に置いてくるまでは昼飯はお預けだな」

「そうか、それじゃあ引き続きこの荷物の山を宿に運んでおいてくれ」

「は?」

 サクラの唐突な返答に俺は「は?」っと口走った。

「俺の聞き間違いかな? さっきのお前の返答を解釈するに俺が引き続きこの荷物全部を宿に運ぶように聞こえたんだが?」

「ああ、その通りだが?」

 このイカレ天使、まるで「私の発言に何か問題でも?」と言われんばかりの表情で首を傾げやがって……。

「おい、サクラ全部とは言わん、せめてお前の分だけでも自分で持ってくれないか……?」

「私はこれから昼食を食べて来る、おまけにこの街の探索も」

「俺の話聞いているのか?」

「大丈夫、この街を隅々まで探索して夕方までにはこの街の全体マップを書いておくから安心しろ」

「……俺の声聞こえてる?」

「それじゃあよろしくね、ダーリン♡」

 サクラは天使ボイスで俺に面倒ごとを全部押し付け、気前にスキップしながら離れて行く。

「ちょっと待てよ、そんなのあんまりだろ! 持っているだけでやっとなのに……ってもういねぇ!」

 気づいた時にはサクラは人混みに紛れ、その姿がどこにもいなかった。

「ちょっと……マジかよおい……」

 今後サクラのこのような横暴をどうすべきか考えないといけないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る