第10話
何時間たっただろう、気が付いたらもう日が落ちて辺りはもう夜になっていた。
「イザナ、これからアリスティア様と大事な話をするからお前は席を外してくれ、まだこの世界に来てからまだ何も口にしていない、だから屋台に行って適当に買ってきてくれ」
「おう、肉か魚どっちがいい?」
「いいから、早く部屋から出ていけ! これからは私とアリスティア様の時間だ!」
「は、はい!」
という訳で、サクラの怒号の勢いに負け逃げるように宿を飛び出し、俺は散歩がてら夕飯の買い出しに行くことになった。
ここらは夜になったら居酒屋の店が開店し始め、夜も一層賑わっていた。
俺はうまそうな料理が並べている店を選びながら、アリスティアが話したこの世界のことについてもう一度振り返った。
この世界は大昔、天界とは別の世界、魔界から領土拡大を目的に侵略してきた魔族と人類による戦争、第一次魔境大戦が勃発。天界の神はこれ以上魔族の侵攻を止めるため、魔界に繋がるゲートから遠ざけるように五つの大陸にわけたそうだ。その五つの大陸の四つの東西南北にわかれている大陸に一人ずつ女神が守ることになった。その女神の名はフリム、マメイド、バレントそしてアリスティアだそうだ。四人の女神は東にマメイド、西にアリスティア、南にフリム、北にバレントでわけられる事となり、今では各大陸の人々から崇められている。それでも魔族の侵攻が止まらなかった為、今度は東西南北の大陸で一人ずつ、別の世界で生涯を終えた歴戦の偉人を強力な助っ人として送り、一時的な侵略は免れたそうだ。しかし、いくら凌いだとしても一時的に動きを止めただけ、これでは永遠にこの悲惨な出来事を続けるだけだと悟った神々は、年に一度別の世界から勇者を送り込む儀式を行う事を決定した。
それが【異世界転送】の原点だ。
しかし、最初みたいにうまくいかず、別世界の偉人のほとんどが歴史を大きく変えるに重要な人物だったため、今では引きこもりやフリーターといった現社会では要らない存在を転送者として最強の武器といった特典を渡して送り込むようになったそうだ。
それともう一つこの世界でゲームやアニメの世界とは違うもう一つの特徴がある。
それは人間とドラゴンの共存だ。この世界のドラゴンは通常のモンスターとは別に分類され、一部の地域ではドラゴンを天界からの使いだと言われており、人類が繁栄し始めた大昔からドラゴンとは友好関係を築いていた。そのおかげで魔法学が発展し続け、人口の約九割がドラゴンと契約を交わしているという。そして、今では契約を交わしたドラゴン、契約龍と能力を最大限に引き出し切磋琢磨する魔法学園があり、その学園を無事に卒業できた生徒が一人前の龍魔導士になれるという。龍魔導士と言っても俺達の世界で言うところの資格みたいな物らしい、龍魔導士になれば冒険者になることもできるし、冒険者にならなくても今後自分の評価を高めてくれる大きなアドバンテージになるという。そして、肝心の神託推薦については後日説明されると言い、アリスティアからは聞きだすことが出来なかった。まあ、そんな事があり、その魔法学園の一つラグナロク学園に明後日俺がなぜかわからぬが高等部二年として転入することになっているのだが……。
「はぁ、学校か……」
俺はもう一年にもなるのに不登校になった高校のトラウマを抜け出せずにいた。
アリスティアの話によればこの世界の法律は冒険者になるためには最低で二十歳にならないと一人前の冒険者にとして認められないと言う。もし仮に、二十歳になって冒険者になったとしてもこの数千年でこの世界のモンスターすべては冒険者を学習して年々と進化してきているため、そのモンスターに対して対抗できず死んでいった冒険者も少なくないそうだ。
そのため、流れ的にはまずは二十歳になるまで学校で龍魔導士になるための知識を学び、それから冒険者になればいい。簡単に言うと……。
「死にたくなければ学校に行けと……はあ、憂鬱だな……」
どうあがいたって決定事項である学校に通うという事は覆すことはできない。
俺は天界でこのコミュ障は治してもらったが、人とのコミュニケーション能力は衰えているままだ。多分、向こうから話しかけてこないと友達を作ることはできないだろう……。
「はあ、気が重い……」
俺は深いため息を吐いた。
「ん? どうしたにーちゃん、そんな難しい顔して考え事かい?」
声が聞こえる方に顔を向けるとそこには小さな屋台が一軒建っていた。
俺は知らないうちに目的地の市場に到着していたらしい。
「相談には乗ってやれねえけど、食い物は食わしてやれるぜ、丁度出来立ての新作メニューの串焼きを作ってみたんだ、味見してくれ!」
その屋台から顔を出しているおっちゃんは俺に肉の串焼きを差し出した。
そういえばさっきから考えっぱなしで腹が減っていたんだった。
「いいのか? お代なら払えるけど?」
「いいって、いいって、冷めないうちに早く食いな」
「それじゃあ遠慮なく……いただきます。」
俺はアツアツの串焼きを口に運んだ。
「もぐもぐ……ん! これはうまいな!」
この肉は牛肉だ! しかもこの牛肉とは思えないくらいの柔らかさだ、これも俺がいた世界とこの異世界の違いなのだろうか?
それに、この肉にかかっているタレも肉全体に染み込んでいてどこか懐かしい味……。
これは……醤油⁉ 醤油なのか⁉ この世界には醤油が存在するのか⁉
「おっちゃん、この肉のタレ、東の大陸の調味料を使っているだろ?」
「ほぉよくわかったな、ここらじゃ珍しいと思って取り寄せてみたんだが……このタレは東の大陸から獲れる穀物や豆を原料にした調味料を使っているんだよ。名前は確か……ショウユって言っていたか」
やはりそうか、醤油に間違いないな東の大陸の人達、ナイスだ!
ヤバイ、ほんと上手いな、白米が食いたい……。
「そういえばにーちゃん、ここらじゃ見かけねえ顔だな、変わった格好してるし……どっから来たん?」
おっと、お決まりの展開だな、ここは気を付けないと……。
「ええと、東の大陸にある小さな村から来たんっスよ」
「ほう、わざわざ遠回りしてこの街に来たのかい? それはご苦労な事で。ここは名門の魔法学園で有名になったが、学園が建設される前は旅人や商人たちが休憩をするために泊まる宿屋しかなかったからな」
なるほど、俺の世界で言うところの高速道路のパーキングエリアみたいなところか?
「この串焼き気に入ったから買うよ、幾らだ?」
俺は残り僅かな小銭しか入っていない財布の紐をほどいた。
「そうかい? こいつはまだメニューとして金額は決めてないが……そうだなここはまけて一本百テラーでどうだ?」
確かこの世界の通貨は各大陸で分けられていて、西の大陸の百テラーは俺の世界で言うところの百円ぐらいの値になるって言っていたな……。
そう計算すると……安い!
「四百テラー出すから後四本貰うよ」
「毎度ありがとう、にーちゃん!」
さて、これでサクラの分もこれで足りるだろうな……後はどうしたものか?
『グアッ!』
「おわ! なんだ⁉」
急に俺の懐に子犬くらいの赤い物体が飛びついて来た。
「あ、コラッメラゴン! 人様に迷惑かけるんじゃねえ、にーちゃんケガねぇか?」
よく見たらその赤い物体の正体は小さな羽を生やしたドラゴンだ。
「ああ、大丈夫だ。メラゴンっていうのか結構かわいいアチチチチチチ!」
こいつ、離れねぇ……俺に甘えているようだが流石にこれは熱い!
「オイコラッ離れろ! こんなに甘えるのを見るのは初めてだ!」
おっちゃんが何とか引き剥がした。
……うわ、メラゴンがくっついていたところだけすごい汗が、後で風呂に入らないと。
それにしても俺の思っていたドラゴンとは違ったが本当にドラゴンなのか。
おっちゃんと関係と見て、コイツも契約龍なのか?
「なぁ、おっちゃん、このメラゴンって」
「ああ、俺の契約龍だ」
「へえ、これが……」
「なんだい? 契約龍を見るのは初めてかい、このメラゴンが俺のことを選んでくれたんだよ、契約龍は龍魔導士じゃなくても契約できるし、今の商売にはコイツがいないとやっていけないからホント運命様様だな」
契約龍ってドラゴンの方が決めるのか。
俺は魔王を倒すために自分にピッタリなドラゴンと契約できるのだろうか?
意外と今後俺に必要だと思う情報も聞けたし、そろそろ帰るか……。
「んじゃあ、俺はもう行くから、この串焼きうまかったからまた来るよ、じゃあなメラゴン!」
「おう、その時は頼むぜ!」
『ガウッ!』
俺は屋台を後にした。
屋台を後にした俺は串焼きに合いそうなパンと飲み物を今度はディスカウントショップみたいな店で買い、宿に向かって真っすぐ帰っている途中……。
俺はふとある疑問を懐いた。
もし、ここから俺が龍魔導士になって俺みたいな勇者にピッタリな職業を手に入れ最強の冒険者になったとしよう、魔王に挑むために幾つもの試練を超えて最後のクライマックス、ラスボス魔王との最終決戦だ……果たして勝てるのだろうか?
確かに俺は一応、アリスティアから特典でこの刀を貰った。それでもどうだろう、アリスティアが言うに人間の体には魔力は流れているがそれを放出する器官が小さく、放出できたとしても火だと着火、水だとコップに注ぐ程度しか出来ない、ましてや強力な魔法を放つことは不可能だ。
そのために自ら強力な魔法を作り出す器官を持つドラゴンが契約することでアシストされ、人間でも高火力の魔法が使えるようになる、俺が思うに龍魔導士の人間とドラゴンの関係は発信源のスイッチと増幅装置みたいなものだ。
しかも、大昔から友好関係を築いていてもドラゴンだ、ゲームで言うところの魔物の王だ。俺が転送される前から強い特典を貰った転送者たちがいても魔王は倒されていないのにも疑問がわく。要するに、この世界の諸悪の根源魔王は尋常じゃない強さを誇るチートなラスボスだ。絶対に……。
「————うん、無理ゲーだな。」
この事はあまり考えないようにしよう、俺はなんだかんだで新しい人生のスタート地点に立つことが出来たんだ。ここ最近あの忌々しい俺の心の声は聞こえない、だから頑張っていこう!
「明日は入学用に書き物一式と最低限の服も買わないと……」
流石にこれからもずっとジャージ姿はファンタジー感というものが欠けてしまう。
サクラもあの服しか持ってなさそうだしいろいろ買わないとな。
こんな異世界に来てまで家族でもない天使の身だしなみの事を考えながら俺は宿の部屋のドアを開けた。
「ただいまーサクラ、今帰った……ぞ⁉」
「あ、威沙那さんお帰り~」
「遅いぞイザナ、アリスティア様を待たせるとは貴様は何様だ!」
俺の目の前に先程テレビ電話で話していたアリスティアが実体となってサクラと一緒に椅子に座っていた。
「お、お前天界にいたんじゃ……?」
「さっきまでですけどね、丁度天界の仕事が一段落したからサァちゃんに搭載されている転送装置で来ちゃいました♪」
「『来ちゃいました♪』っじゃねぇよ!」
何なんだコイツ、異世界を友達の家と勘違いしてんじゃないのか⁉
「そんな事よりイザナさん、私お腹がすきました。外で何を買ってきたのですか?」
「え? いや、これはサクラと俺の……」
「よっ」
「あ!」
俺が油断した瞬間にアリスティアは俺が買ってきた夜飯が入った紙袋を奪い取った。
「おい、それは……」
「はいサァちゃんの分、今日のご飯は肉肉しい串焼きよ♪」
「やったぁ!」
「それ俺の串焼き!」
「いいじゃないですか、外で食べてきたの、知っているのですよ」
コイツ、今力を使って俺の心を……。
「おい、嫌でも入ってくるのはしょうがないと思うが、ここは弁(わきま)えてだな……」
「なにこのお肉⁉ ものすごく美味しいです!」
「ですね、こんなの天界ではあまりお目にかからない味付けです!」
「人の話を聞け!」
アリスティアはサクラと一緒に肉に食いついて俺の話を聞いていない。どんだけマイペースなんだ、この女神は……。
「おい!」
「聞こえていますよ。今回はこの串焼きを食べたらすぐに天界に帰りますし、次来るときは、ちゃんとこの能力は封印して来ますので、モグモグ……それとサァちゃん、貴方の口でちゃんと言いなさい、これからの事を」
「あ、そうだ。帰れるのかお前……?」
「残念ながら、私は天界に帰ることは出来なくなった」
「なんでだよ? さっきアリスティアを転送したようにそれで天界に帰ればいいんじゃないのか?」
「確かにそれも考えたが、この転送装置は私の脳と直接繋がっているし、私の転送装置はかなり不安定でこれには精神に物凄い負担が掛かる、耐えられるのは神の力を持つ者しか転送できない」
「それじゃあ、どうするんだよ?」
「それは私から話します」
急にアリスティアが首を突っ込んできた。
「昼間、威沙那さんと一緒にサァちゃんも冒険者登録したじゃないですか?」
「うん、なんか流れで……まさか!」
「そう、このまま、サァちゃんを学生兼ナビゲーターとして威沙那さんと一緒に行動するという事です。情報はさっき新しくインプットしておいたので仕事面に関しては心配ご無用です」
「そんな事をして、すぐに対応できるのか?」
「ええ、可能です。学園からは私が神託で伝えておきますから」
「私はアリスティア様の命令なら何でも、この男からの邪な視線も耐え抜きます!」
「そういうのは俺に聞こえない程度に言ってくれ、まあ話も綺麗にまとまったし、一本だけ残してくれよ。俺もまだ空腹だから」
「あ、すいません全部食べちゃいました☆」
「はぁ⁉ 何てことしたんだテメェ!」
「あ、でもパンは残しています」
アリスティアは俺に向かってパンを投げつけた。
「お前……」
等々、俺の堪忍袋の緒が切れた。
「食べ物は粗末にするなって親に教育されてないのかああああああああ!」
「ひぃ! いっけない、もう時間ですね、帰ります! じゃあね、サァちゃん!」
「あ、マスター!」
面食らったアリスティアは逃げるようにサクラの転送装置で展開に帰って行った。
この前まで散々俺に痛い目にあって色々学習していたアリスティアだったが、食い物に関しての俺の怒りは、流石に耐性は無かったようだ。
俺はパンを千切り、口に運び窓から空を見た。
高層ビルもなければやたら眩しい街灯もない、夜空の星がただ輝いているこんな景色は流石の俺も見るのは初めてだ、ここは異世界、多分これまで培ってきた俺のゲームの経験は多分無力だ。
正直面倒くさい、物凄く面倒くさい!
でもこれはあの俺の頭の中でひたすら響いていた『やるべきこと』だと俺は思う。
俺はそう頭に思い描きながら最後のパンのかけらを食べ、つい呟いてしまった。
「はぁ、米喰いたい……」
こうして俺は龍魔導士になって魔王を討伐するまでの長い、長い、異世界生活が始まった。
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