第6話

「本当は最初に説明するつもりだったのですが……色々と予定が狭まってしまったので、この合間を使って、これから威沙那さんが行く異世界のある程度の自分の立場や注意事項をぼちぼち説明しますね」

「確かに異世界に行くってだけしか知らされてなかったからな、ある程度の情報がないといざ異世界に行っても、あたふたするだけだからな。それで俺の立場っていうのはどういう意味なんだ? 俺は勇者という立場じゃないのか?」

 忙しく指を動かしながら俺を異世界に送るための準備をしているアリスティアは話を続ける。

「まぁ、勇者というのは間違ってはいないのですが、あなたは異世界に送り込まれる人間。私たち天界の神々は転送者と呼んでいます。先程まで威沙那さんの事を勇者と呼んでいましたが、あれはイザナさんが現段階で理解できるように言い換えただけです」

 転送者か……。

「アニメや漫画で転生者や召喚者とか色々聞くけど、転送者とはどう違う?」

「そんな深い意味はないのですが、転生者にしても生きたまま呼び出したから死んでいないし、召喚者と言われると誰にも召喚されてない。単に送り込むのだから転送者でよくない? ていう感じでできたのが名前の由来です」

 シンプルだな、これは聞かない方がよかった気がする。

「まぁ、俺の立場はわかった。それで、注意事項は?」

「それに関しては簡単です。自分が転送者だという事を秘密にしてもらいたいのです。これから行われる転送の儀式は異世界の住人には内密に行いますので」

 極秘だったのか……。

「もし、俺が別の世界から来た転送者ってバレたら……?」

「そうですね、あくまで予想で断言できませんが、転送者であるあなたが向こうの世界で今まで内密にしていた事を公に公表したら……世界が大パニックになります。」

「だ、大パニック⁉」

「そうです、大パニックです!」

「世界がパニックになって、俺はどうなる?」

「どのように次元を超えて別の世界と行き来したのか、力の根源はどこから来ているのか解剖されます。」

「か、解剖⁉」

「それでどのような耐性を所持しているか人体実験を……」

「い、意外とリアル⁉ やめてくれ、聞きたくない!」

「ただの予想です。ご安心を」

「予想でも怖いわ、責任重大だって!」

 まさか解剖されて人体実験をさせられるとは……。

「もし、そのようなケースに陥った場合、この私アリスティアが全身全霊で対応しますので大船に乗ったつもりでいてください!」

「……どうやって?」

「……え?」

「どうやって助けてくれるんだ?」

「……それはもちろん———」

「神パワーで助けるとかいうなよ」

「……えっと」

「お前、またノープランで言ったろ……」

「……それでは、注意事項も話したのですぐに転送する準備をしますので、椅子に座って決して離れたりしないでくださいね~」

 これ以上言い返せないと悟ったアリスティアは、逃げるかのようにそそくさとどこかに行ってしまった。

 この女神、逃げやがったな。まぁ、俺がドジ踏まなければさっき言った事にはならないだろうから別に問題はないだろうがな。

「これはもう止められないな……」

 俺は諦めて大人しく椅子に座り、作業が終わるまで待つことにした。


「………」

「コレをこうしてコレを指令塔に報告してと……」

 そろそろ中盤といったところか何やらゴテゴテした機械みたいなもの引っ張り出して魔法陣を描いたりしてアリスティアはますます忙しそうだ。

「……なあ、こういうのは魔法陣みたいなのが現れて、シュバっと転送準備ができるもんじゃないの?」

「何を言っているのですか! そんなアニメみたいなことは出来ませんよ、そんな芸当が出来たらこんな苦労はしませんよ、現実を見てください!」

 どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしい、何やら行き詰っているようで出会った当初の女神様の面影が無く、残業続きのOLみたいな面影が強くなりつつあるアリスティアはブツブツと何やら呟きながら作業を進めていた。

「あ、そうでした。威沙那さんこれを———」


 一分後———


「お待たせしました~ようやくのようやく、転送準備が完了しました! この作業は色々と細かい調整が必要で早く終わって五分の所を最速の一分で完了しました! 流石女神の私、誰か私を褒めて!」

 重荷が取れたようにアリスティアは自画自賛しながら元気いっぱいに復活した。

 普通は十分掛かる作業を九分短縮するのはなかなかのものだ。

「それじゃあ……」

 ポンポン———

「……え⁉」

「わ、いきなり動くなよ!」

「い、いやいや、威沙那さん貴方いったい何を……」

 急にアリスティアは五メートルくらいの距離を一瞬で跳躍し、驚いているせいか顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。

「え、さっき私を褒めてって言っていたから、こうお前の頭を撫でてやったんだが……」

「し、神聖なる私の頭を触るとはいったいどういうつもりですか⁉」

「さっきまで俺がお前に肩つかんで揺さぶったり、アイアンクロウした時は何も言わなかったのに、今更言うの

 かよ」

「ぐ……」

「それに、お前が俺を異世界に転送させるためにあんなゴテゴテした機械をたったの一分で出来たことを本当にすごいと思っているし、それにお前が褒めて欲しいって言っていたから俺はそれに答えたまでだ」

「……そ、そうですか。そういう意味があって私の頭を……」

「なんだ? もっと頭を撫でてやろうか?」

「な、何を言っているんですか⁉ もういいです、先程でもうお腹いっぱいなので……」

「そうか? まぁ時間も押しているならしょうがないか」

「そ、そういえば私がお願いした事は出来ていますか?」

「ああ、俺のケータイに入っている地上で使っていたSIMカードをさっき渡されたこのカードを代わりに入れるってやつだよな?」

 俺が持参していたケータイ端末のスマホを取りだした。

「なあ、あんたが渡したこのカードってなんだ?」

 俺はSIMとほとんど同じに見えるこのカードを見ながらアリスティアに聞いた。

「このカードはどんな時でも電池切れせず、電話をすると天界にいる主に私が出ることが出来る優れもの、その名もSINカード!」

「おおい大丈夫か? 被ってないか?」

「大丈夫ですよ。セーフです、セーフ」

 どうであれ、これで通信経路は途絶えずに済んだな。

「これでもう全部か? 他に俺に渡し忘れている物はあるか?」

「あとは……はい、もう渡す物は渡したので大丈夫です!」

「ふぅ、これでようやく異世界に行けるのか……」

「ハイ、どうですか威沙那さん、最初は帰りたいと駄々をこねていましたが、まだ帰りたいと言いますか?」

「おい、お前変に解釈してないか? 俺は駄々なんてこいてないぞ」

「あれ、そうでしたっけ?」

「まったく、お前はそのからかう癖は治した方が良いぞ」

 確かにここに来た当初はめんどくさいと言って逃げようと思ったが、あの女神のせいで逃げる道も途絶えられて袋のネズミ同然だったから……あれ? 思い返すとこんな事態になったのはアリスティアのせいで俺が仕方なく請け負ったような感じが……。

「なぁ、この状況って———」

「アリスティア様、上から指定された今年リストアップされた転送者のリストを持ってきました……って何やっているのですか⁉」

「ゲッ、サァちゃん⁉」

 いったい何処から来たのか急に髪の色がピンクの女の子が現れた。

「え⁉ ど、どうして? なんでここにもう人間がいるのですか! 転送者を送り出す予定の日にちは確か明日ですよね、それなのになんでこんな小汚くてパッとしない人間の男がいるのですか!」

 小汚くてパッとしないってどういう意味だ、この野郎。

「いやぁ、これには色々と理由がありまして……ちょっとした興味と言うかなんて言うか……」

 え、興味ってどういう意味?

「興味本意で転送者を選んじゃダメですよ! 私が留守の間になんでこんな事をしたのですか、こんな汚らしい人間は早く元の場所に戻してください!」

「でも、もう存在消滅術式使ってしまいました……」

「なんで使ったのですかぁああああ⁉」

 なんか会話に入り込めないな……。

 話している感じ、あの子はこの女神の部下のようだな。さっきから俺に対しての当たり強過ぎる……。

「なあ、アリスティア。その子誰? あと他の転生者って何? 俺以外にも送られる人がいるのか?」

「黙れ、人間! アリスティア様に向けてそのような言葉遣いは万死に値する、貴様のような無礼な人間は蜂の巣が御似合いだ!」

 俺の態度が気に食わないせいか、急に彼女の腕が機関銃に変形し、銃口を俺に向けてきた。

「や、やめろ! なんだコイツ、毒舌狂暴女か⁉」

「私に対してもそのような口の利き方も万死に値する、脳天一撃で終わらせたかったがわざと心臓を避けて体に撃ち、苦しみながら死ね!」

「なんて残酷な! お前は悪魔か⁉ それにその銃どっから出した!」

「待って抑えてサァちゃん。確かに彼はヘタレのニートだけど、もう後には引き返すことが出来ない無名の勇者ですよ!」

 アリスティアは銃口の前に俺を庇った。

「あ、アリスティア様……」

「ここは銃を下げて、私の話を聞いてください」

「ねえ、なんか身を挺して俺を庇ってくれたのはありがたいけど、俺はヘタレやニートでもないから!」

 コイツらさっきから呼吸するかのように俺の事を罵倒しやがって……。


 場はアリスティアが何とか収束させた。

「それじゃあ先に自己紹介から、サァちゃん、彼は私が連れてきた加龍威沙那さん。威沙那さん、彼女は私の部下の」

「サクラ、サクラ・アールボットです。趣味は人の不幸をからかう事。元は天使でしたが天界大戦による致命傷を負って死にかけていたところをアリスティア様とヘパイストス様よって機械仕掛けの天使(サイボーグ・エンジェル)として生まれ変わったハイブリット天使ちゃんです」

 なるほど、サイボーグ天使かそれならさっき腕が銃に変形したのも合点が付く。でもそんな事より……。

「ツッコミどころ多過ぎる! なんでそうアリスティアはともかく、ヘパイストスが絡んでくるんだよ、他に神様はいるはずだろ、それにサイボーグってあの神様は鍛錬神だろ、そんなテクノロジーは鍛錬とは一切関わって無い気がするんだが! そして、この天使は悪魔よりだ。」

「仕方ないじゃないですか、私はヘパイストス様に弟子入りしている女神ですから、あなたの煌具も私が造った煌具ですけどヘパイストス様のアシストで造り上げたのですよ。ちなみにサァちゃんの性格は生まれつきです」

「初耳だよ、あんたがヘパイストスの弟子なんて!」

「あと、ヘパイストス様は新しい物好きだから地上の世界のテクノロジーに興味津々なのです!」

 新しい物好きの神様なんて言語道断だろ、なんて言ったら負けだ……。

 俺は今一度、サクラという天使に目をやる。

 サクラの見た目は俺より一つ二つと下のような見た目だ。そして、髪の色が名前の通り桜色だ。それが何より目立つ、顔はやはり元天使であると言うべきか、見てくれは可愛い。

「何やら邪な視線を感知。発信元を機能停止にします。」

「やめろ、いちいち反応するな! 天使に合うのが初めてだから見ていただけだ、お前みたいなぺったん娘は俺

 のストライクゾーンにはかすりも……おい、なんで銃口を増やしている? わかった悪かった俺が悪かった、すいません!」

「仲良くなるのはいいけど、時と場合を考えてください」

「「誰が仲良くなんて———!!」」


『さて、そんな事よりサァちゃん、あなたが持ってきた転送者リストを見せてください。それとあと少しで転送のカウントまで行けるからこっちに来て手伝ってください』

『は、はい、承知しました』

 急にスイッチを切り替えたアリスティアは俺の知らない言語を使ってサクラを連れて先程アリスティアが作業をしていた機械の所まで行き、何やらリストを貰い、内容に目を通した。

 あれが先程煌具のパスワードでアリスティアが書いていた天界語ってやつか……。


『よかった、日にちも丁度被りますね。このまま転送を実行します。いいですね、サァちゃん?』

『私は別に構いませんが、アリスティア様が上に怒られますよ……』

『大丈夫、この事は墓場まで隠し通して見せます!』

『墓場まではまだまだ掛かりますが、頑張ってください。こういうのは初めてですが、向こうには連絡はしたのですか?』

『ええ、あらかじめ伝えておきました』


 何が何だかさっぱりだ。

「なあ、一応確認なんだが、俺は異世界に勇者として送られるんだよな! 冒険者になって魔王と戦うんだよなあ!」

 俺は離れている二人に聞こえるように声を張る。


『アリスティア様、あの人間、何やら勘違いを———』

『ストップ、この場で彼に真実を話すのは控えてください、それを話したらやっぱり帰るって言いそうで怖いですし、後々怖いけどここは覚悟を決めて、今は転送する準備に集中してください』


 何やらひそひそ話しているがここからだとよく聞き取れないなあ。


『転送装置はどうします? 普段使っている転送装置は不正に使われないように使用履歴が上のデータリストに記録されますが?』

『大丈夫、そんな時のために欠陥品や不良品の転送装置をかき集めて作った、アリスちゃんオリジナルの転送装置を作っています。名付けて『転送装置レプリカ』!』

『キャアアア! ここまで準備万端のアリスティア様流石です!』

『いやぁそれほどでもありますねぇ、でもこれはイザナには言わない事、これを知ってしまったら帰りたいって強行突破してきそうなので』

『はい!』

 さっきからどういう意味でサクラがキャアキャア言っているかわからないが、サクラはアリスティアを溺愛過ぎではないだろうか?


「俺に何も説明やら事情やらを話すことなくどんどん先へ進んでいるような気がする……」

 俺はそんな事を呟きながら待っていると、アリスティアは何やら所々無理やりくっつけたみたいな手荒な部分が目立つ機械を出してきた。

「なんだそれ?」

「コレは転送装置です」

「は? このガラクタが?」

「ガラクタとはなんですか! これは天界の最先端の技術をこれでもかと注ぎ込んだ最も神聖なアーティファクトです」

「こんなのが?」

「まあ、ここ数千年、天界の戦争などで軍勢一万を瞬時に送ったり、ある時はトラップ代わりとして敵を地獄に送り返したり、色々な場所で使っていたので、それなりに年季が入っていると思ってください」

「使い方雑じゃないか? もっと大切にしろよ」


『やりましたよ、正常に起動しています。アリスティア様あともう少しです!』

『安心するのはまだ早いですよ。サァちゃんは早く装置を起動させて、その後に私が言う通りに座標を入力してください』

『は、はい!』

 また俺には何も言わずにモクモクと進んでやがる。

 なぜだろう、確信はないがあの二人、何か俺に隠しているような気がする……。


『設定完了しました』

『それじゃあ、点検をし忘れて座標設定に誤作動を起こしたら大変ですので、シミュレーションを使って無事に転送が完了できるか確認をしてください』

『わかりました』

「なぁ、少しは俺にも今の状況を教えてもいいんじゃないか?」

「あ、すみませんイザナさん。只今、転送装置の二重点検をしています」

「二重点検?」

「はい、転送装置を起動させる前と座標設定が正常に起動できるかシミュレートしています」

 それにしても多いな、転送装置に座標を入れて起動させるだけだのに、何回も点検している。少し心配し過ぎじゃないか?

「おい、アリスティア。装置を起動させるのに意外と慎重だな、失敗したらどうなるんだよ」

「そうですね、実験時の結果では急に異世界に通じる魔法陣が急に縮小して体の一部分しか送ることが出来なかったことがありましたね」

「想像するだけでゾッとする……」

「ですがこうやって何度も点検しているので、実際に被害にあった人はいませんので安心してください」

「それにしても、数千年使っているなら今更そんなに点検する必要ないんじゃないか?」

「え⁉ えっと、コレはデリケートな装置ですので……」

 なんだ? この女神の焦りようは……。


『主様、こちらに来てチェックをお願いします』

『はーい』

 離れているサクラの呼びかけにアリスティアは答えながら走って行った。

『点検終わりました。シミュレーションも異常ありません』

『確認完了、大丈夫のようですね。あとついでにサァちゃんのデータベースに彼の情報も送っておくので目を通しておいてください』

『了解です』

 俺の方からでは作業している風景以外、何一つわからないが、アリスティアはタブレット端末を使いサクラに何やらデータを送り作業が終わったようだ。


「送信完了。そして……」

「ん?」

「そろそろ転送のカウントダウンが始まるので、椅子と今あなたが被っているヘルメットを返却します」

「ああ、そうか……ほい」

 俺は座っていた椅子と被っていたヘルメットをアリスティアに渡した。

「はい、それでは転送までしばらくお待ちください」

 い、いよいよだな……なんかドキドキしてきたな。この感じはアニメや漫画の主人公たちは味わっていた好奇心というものだろうな。

「確かにそのドキドキはわかりますよ。私も昔ハマったゲームシリーズのリメイク版が発売された時は、早く実際にプレイしてみたいという欲求しかありませんでした」

「その気持ちはわかるが、これとは全然違うぞ。それにヘルメットを被っていないとはいえ、人の頭の中を勝手に覗き込まないでくれ」


 二分後———


『座標入力完了……コ、コ、コレヨリかうんとだうん……ノ秒読ミヲ解シ……シマス。』

 転送装置が急に天界語を喋りだした。


「なぁアリスティア、この転送装置はなんて言ったんだ?」

「転送するカウントが開始されました。残り時間はあと一分です」

 そうか、あと一分か……。

 天界語が一切わからない俺はせめてカウントだけは把握できるように、携帯端末に元から備わっているカウントアプリを開き、一分後アラームが鳴るようにセットした。


『ふう、なんとか間に合いましたね』

『もう初めてのケースだったので緊張しっぱなしでしたよ~』

『今回は私が奢りますね♡』

『しょうがないですねぇ』

 あの二人が話している内容はわからんが、あのテンションの様子は多分この後の打ち上げについて話しているのだろう。


 それにしても、さっきから違和感が半端ない、先程からアリスティアは時間が押しているとは言っているが、少し急ぎ過ぎ気がする。それに急なサクラの登場によって少しは急変するような感じだったが、どうしてなのかアリスティアの手伝いをして作業を終わらせていた。確かに普通だが何故か違和感がある……。

 それに不自然なのはあの転送装置だ。確かに年季が入っていると言えば理解はできるが、起動してから何やら一定間隔で鳴ってはいけないような音が鳴っている。

 これは油断している今このタイミングで聞いてみないとボロは出ないよな。

「それにしてもその転送装置、年季が入っていると言っても流石にオンボロ過ぎないか? 起動している途中に狂ったりして大惨事とか勘弁してくれよ」

「そんなはずはないですよぉ、見かけはガラクタですけど、私のお手製ですので心配ありません。それに他の人達は新品の転送装置を使っていますから……」

「あ、アリスティア様!」

「……あ、しまった!」

 やっぱり……。

「帰る!」

「させるか———ッ!!」

 魔法陣から出ようとする俺をサクラが全力で押し留める。

「離せ! こんな自作転送装置なんていう危険の塊に誰が使うか!」

「待て、これには訳があるんだ!」

「訳ってなんだよ、こんないまにも壊れそうな転送装置を使わざる負えない事情が本当にあるのか⁉」

「わかった、話す。話すからここはまず魔法陣の中に!」

「だからどうして魔法陣の中に戻そうとするんだよ、もうカウントダウン始まっているから悠長に話を聞くことなんざできねぇんだよ! それともなんだ、この転送装置はこんな見た目でも有能で安全に異世界に送ることが出来るのか?」

「当たり前だろ、我が主アリスティア様は完璧でパーフェクトな御方だ、側近であり部下である私が言っているのだ、絶対に安全だ!」

「理由になってないだろ!」

 俺は怒りの熱量を下げずにさらに畳みかける。

「それじゃあその完璧な女神様に訊いてみましょうか、この転送装置を使うんだ俺を転送させる前に何回かは実験しているはずだ、その成功率が高ければ黙ってこの魔法陣から出ないでやるよ。さあ言ってみろよ、パーフェクト女神様よぉ!」

 俺の圧に押されて今にも泣きそうな顔のアリスティアがゆっくりと口を開く。

「……ま、まだ実験も何もやって……ないです……」

 話にならねえ、論外だ!

「帰る! こんな事にわざわざ命を懸けてられるか!」

「ま、待つんだイザナ。これは天界の新たな一歩だ! これが成功すれば、お前も実験体第一号として天界の歴史の一ページに加わることになるのだぞ!」

「お前は俺の話を聞いてなかったのか⁉ 失敗したら俺死ぬかもしれないんだぞ、実験体第一号なんてまっぴらごめんだ!」


『かうんとだうん……残リ、ゴ、ゴ、五十秒……』

 ボンッ! プシュゥウウウ———ッ!


「おい、今さっきあの装置から今にもぶっ壊れそうな音が鳴らなかったか⁉」

「……してない!」

「なんだその間は! いいから、転送装置を早く止めろ!」

「お前には天界と電話がつながるように携帯端末を改良しただろ、その時にちゃんと説明しるから転送した後で

 もいいだろ、いいから大人しくしろ!」

「電話ではなく直接説明しろ!」

 この天使、見た目は細身のくせにかなり力が……。


『カ、カ、かうんと……だうん……残リ三十……秒』


「ちくしょう、抜け出せねぇなんちゅう力だ……」

「お前は絶対にこの魔法陣の中から出すわけにはいかないんだ!」

「お前、どうしてそこまで全力に……」

「そんなの当たり前だろ、お前が邪魔だからだ!」

「は? 何だそれ、俺とお前は初対面だろ」

「貴様はどうして転送者として選ばれたかわかるか?」

「え、それは偶々じゃないのか?」

「引きこもりのお前が、偶々アリスティア様が見つけて転送者として異世界に送り込むわけがないだろ! あの時のアリスティア様の顔は……普通ではなかった!」

「え、じゃあどういう意味なんだよ!」

「私も訳は知らされていない……。ですからアリスティア様、今ここで、どうしてこの人間が転送者になる事になったのか理由をお聞かせください!」

「え、えーと……」

 急なサクラの発言にアリスティア急に俯きながら重々しく口を開いた。


「そ、それは……。女神という立場で威沙那さんの事を選んだわけで……た、偶々です……はい、偶々です!」

 嘘つけ、目が泳ぎっぱなしだぞ。

「それでは、アリスティア様がこの人間がやっていた同じオンラインゲームをしていているのは、その大事な調査の一環という事なのでしょうか!」

「さ、サァちゃん、どうしてその事を⁉」

「え、何それ初耳なんだけど⁉」

「ユーザー名は《西の女神様》だ」

「え、えッ⁉ どうしてそこまで知っているのですか⁉」

 ユーザー西の女神様……。ここ最近どこかで見たような……。


『かうんとだうん……ノ、ノ、残リ……十五秒……』


「馬鹿野郎! 変なタイミングで変な暴露しやがって、気が付いたらもうカウント十五秒前じゃないか、早く出せ!」

 携帯のカウントをチラリと見て我に返った俺は再び魔法陣から自力で出るために全体重をかける。

「クソ、失敗か! 気を逸らしてそのまま異世界に消し飛ばすつもりが……」

「おい、何だ消し飛ばすって! このタイミングで物騒なこと言うな……え、消し飛ばすって何?」

「言った通りの意味だ。私とアリスティア様の世界にはお前は不要だ、消し飛べぇええええええ!」

「ヤンデレじゃねぇかコイツ⁉」


『……かうんとだうん残……リ、リ、リ……六秒』


 サクラと葛藤している中、知らぬ間にアリスティアも参戦していた。

「なんでお前参戦してんだよ⁉ 頼むからその転送装置の電源を切ってくれ! お前しかできねぇんだよ!」

「だ、ダメです、私の秘かな楽しみを暴露されたのですから責任取ってください!」

「暴露したのは俺じゃないよ、サクラだよ!」

「あ、アリスティア様これだと私も魔法陣に入ってしまいます。押すなら背中よりもう少し別の所を!」

 だ、ダメだこれじゃあ埒が明かない、それならここは覚悟して……。

「おい、サクラ」

「あ?」

「一緒に行くぞ!」

「へ? ああ!」

 俺は力を抜き、押されている勢いを利用してサクラを魔法陣の中に引きずり込んだ。

『ぜろ……、魔法陣ノ侵入ヲろっくシマシタ』

「は⁉なんですかコレ!」

「ここから出ることが出来ないなら大人しく転送装置が成功するのを祈ってやるよ、その代わり道連れにサクラ、お前も一緒だ」

「いやぁああああああああああああ!」

「さ、サァちゃん!」

「アリスティア様ぁ助けてくださいぃ! 私死にたくない!」

「さあ、一緒に異世界に行こうぜぇええ!」

「こいつ絶対ぶっ殺す!」

 魔法陣は徐々に光を増していくこれぞ異世界の旅立ちって感じだ。

「じゃあなアリスティア!」

「ああ……」

 アリスティアは急いで止めよとするが魔法陣は視界を覆うぐらいの光を放ち……。

『転送完了』

 俺達は光と共に消えていった。



「ど、どうやら転送失敗は免れたようですね……」

 とりあえず動揺している体を宥めるため、一度深呼吸をし、私は両手を合わせて祈りを込めた。

「威沙那さんに神の加護と祝福を……」

 どうしよう、隠していた秘かな楽しみがバレてしまった。

 私は頬を淡く染めながら転送装置の異常はないかタブレットを操作した。

 これでも私は女神。例えサァちゃんが異世界に連れ行かれてもここは冷静に対処を……。

「あれ? こんなエラー、先程点検した時ありましたっけ?」

 私はどこも異常がない転送装置からひとつだけエラー状態の部分を細かく調べた。

「座標装置の緯度と経度は異常なし、標高の設定に異常がありますね、ここは改良の見込みが……」

 私は何かひっかかると思い、一度頭の中でこれまでのことを整理した。

「確か私が威沙那さんとサァちゃんを転送する前の点検でこのエラーは起こっていませんでした。ですが転送後、エラーがあった。というと……そうなると標高の設定がエラーによってリセットされ、標高はゼロの大気圏よりちょっと手前という感じで……」

 私は考え続けるごとに顔が青ざめていった。

「あああああああああ! た、大変です一大事です! オーディエンス・デパートメント起動!」

 私は急いで対処するために送れる範囲で必要なものはないか武器庫に通じる魔法陣を再び展開した。

「早くどうにかしないと威沙那さんが異世界に転送された瞬間にゲームオーバーになってしまいます!!!」

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