第7話
「なあサクラ、大丈夫か?」
「大丈夫なわけあるか、私はお前に無理矢理連れて行かされたのだぞ」
「結局この転送は成功したのか?」
「私たちが生きているという事は成功したと考えていいと思うぞ。流石アリスティア様だ」
「そうか、サンキュな女神様」
俺は天界にいるアリスティアを思い出しながらこの青い大空に向けてグッジョブをする。
「もう一つ聞いていいか?」
「欲張りな奴だな、今回は特別だぞ」
どうやらサクラは生きている事を実感できて喜んでいるらしい。先程まで取り乱したように俺に襲い掛かってきたのが嘘みたいだ。
それはそうと……。
「なあ、俺達なんでお空にいるの?」
「うむ、どうやら転生装置の座標システムにちょっとした誤差があったようだな」
「ちょっとした誤差とかじゃないよ、あの女神もどき絶対許さねぇ、風圧で目が乾くぅうううう!」
俺とサクラは現在進行形で急速落下中だ。
目を閉じていてよくは見えないが、俺が拠点とする街というのは豆粒みたいに小さく遠のいているアレであろうまさか俺が異世界に転送されて初めて見るものが豆粒サイズの街とは信じがたいことだ。
「どーすんだよコレ⁉ ピンチだぞ、このままだと俺即死ルートまっしぐらだよ!」
「安心しろ、イザナ。私に任せろ」
そうだこいつは、性格はトゲトゲでも沢山の修羅場を潜ってきたサイボーグ天使だ、まだ経験が素人の俺よりここはサクラの打開する策を———
「私の体にこういう時に備えている緊急回避プログラムがある、それを起動させて私は助かる」
……ん?
「あれ? 俺は?」
「……見てみろ、イザナ。あの街は三本の河川が繋がっているところにあの街はできているのか!」
「おい、無理ならちゃんと言え、そういう風にわざとスルーされるとかなり傷付くから! それによく見えん」
俺は薄目で拠点の街を見た。
豆粒サイズだった街は段々とだがくっきりと見え始めてきた。つまりこのままだとホントに死ぬ!
「どうすればいいんだよ、お前だけが助かって主人公の立場である俺が死んだら、また天界にUターンしてこのお話終わっちゃうよ⁉」
「心配するな、イザナが死んでも私は天使だ。このような時は死んだお前を天界に導いてあげよう!」
「なんで俺の死が前提で話が進んでいるんだ! 俺を助けてくれ!」
「ごめん被る!」
コイツさっきの道連れの仕返しに俺を殺す気か⁉
———ヴヴヴヴヴ………
俺はもがきながらポケットの中に入っている俺の所持品の一つの携帯端末から着信が来た。
「こんな時なんだ?」
宛名は……アリスティアか!
コイツ、こんな目に合わせた元凶から電話してくるとはいい度胸だな。
「ンだぁ? コラッ! もしもーし!」
俺は怒り任せに電話に出た。
「私に代われ!」
『もしもし? 生きていますか? 会いたかったですか?』
「この女神もどき、ちょっと待ってろ! 今から死んで天界に戻ってお前を剝いてやる!」
『ひぃ⁉ 本当にやりかねないのでやめてください!』
「だったらこの状況をどうにかしろ!」
『わかっています。そのために電話したのですから、私の監督不行き届きである私の責任です任せてください!』
どうやらこんなことになった元凶であることは自覚しているようだ。
『直接は助けることはできないので、この品物を送ります!』
「品物? 欠陥品だと承知しないぞ!」
『大丈夫です。これは欠陥品とかそんな代物ではありませんから! おまけにあなたのステータスパラメータを平均より少し上げておきますから!』
「欠陥品ではないことは嬉しいがおまけに難ありだ、なんでステータスを平均より少し上げるって、そんな事より元々俺のステータスは平均より下だということにかなりショックなんだが! それにちょっと上げるより大幅に上げてくれよ、俺TUEEEE! にしてくれよ!」
『嫌ですよ、そんなのつまらないですよ。私が思うにこういうのだと時間をかけてゆっくりとレベルと経験を積み重ねた方がいいと思います。ちなみに私は育成ゲームが好きだからと言うのもあります』
「お前の好きなゲームのジャンルなんてどうでもいいから、早く俺の死亡ルートを回避できる品物を早く送ってくれ!」
『先程送りました。というか私の好きで愛して止まない育成ゲームをどうでもいいとは喧嘩を売っているのですか? わかりました。ちょっとそのケータイ、スピーカーモードにしてください、あなたが理解できるまでじっくりと———』
「おお、やっと来た!」
「私に代われ!」
『ちょっと、人の話は最後まで聞いてください!』
ギャアギャアうるさいサクラと電話越しのアリスティアを聞き流しながら、俺は空中で空気抵抗もある中でアリスティアが送った品物を何とか手に取り、封を開けた。
「……おい、なんだコレ?」
『急だったからこれしかありませんでした。後はあなた次第です、あなたはこんなところで死ぬ転送者ではないはずです。あがいて生きてください』
「はぁ? お前、何言ってんだ!」
『それじゃあ、頑張ってください! バイバーイ』
「おい、ちょっと待て!」
「私に代われ!」
プッ……ツーツーツー
「あの野郎、電話切りやがった……」
「なぜですか我が主!」
理不尽過ぎるにも限度ってものがあるはずだろ……。
アリスティアから送られてきた品物はたとえ高身長の人間でも余裕で足まで届く位の長いロングコートだ。特徴と言えば内側は黒で外側はダークブルーの色彩で胸ポケットの部分に何やら貴族みたいな何らかの紋章みたいなのが刺繍されていた。他と比べるとこのコートの素材はわからないがかなりの伸び縮みするだけだ。
「どうするんだよ、普通はパラシュートだろ! こんなものでどうすれいいんだよ!」
「という事は、お前はここまでの奴だということだな……」
「あ⁉」
「私もアリスティア様の声は聞こえていた。アリスティア様がお前にあんな事を言うという事はこんな難所でも乗り越えるイザナの事を信じているということだ」
「それって……?」
「私は詳しくは知らないが、お前の情報を見るに、オンラインゲームではそれなりに有名なプレイヤーだったんだろ?」
「あ、ああ……」
「ここはゲームじゃなく現実だが、お前の発送力によってはこの危機を脱出することが出来るんじゃないのか? アリスティア様が言うのだから死んだら承知しないぞ」
「………」
……確かに、こんな所でうじうじと文句を言っている時間があるなら、助かる方法を考えるとするか……。
「分かった、やるよ。大体のタイムリミットはわかるか?」
「うん、大体五分くらいだな。それとこれを付けろ、ゴーグルだ。これで少しはマシになるだろ」
「おう!」
ゴーグルを身に着け制限されていた視界がはっきりと見えるようになった俺は再び握りしめていたロングコートを何かヒントになる物があるか隅々まで調べ上げた。
「残り時間は五分だ。それまでの間に何かこの状況をどうにかできる物が……ちくしょう、ダメだ。このコート普通より良く伸びる以外なにも機能が備え付けられていない……」
よく伸びるから、端と端をつかんでパラシュートにするか? いやそれだと俺の握力では耐えられん……ここは風を使ってうまく滑空を……。
「そうだ、これがあった!」
何か閃いた俺はさっそく作業を開始した。
「よし、これで完成だ!」
「……ほほう、お前にしてはやるじゃないか」
俺は送られたやたらよく伸びるコートの端を引っ張り、自分の両手足にきつく縛り付けて簡単なムササビスーツを作った。
こいつがうまく風に乗ってくれればいいのだが……一様念のため。
「もしこれが失敗したらサクラに搭載している緊急プログラムが起動した所を見計らって、しがみつくから」
「イザナ、こんな時でもセクハラ予告か? この世界の法律にはセクハラ行為の罰はあるか調べてみるか」
「違うわ、セクハラじゃない、万が一の事を想定してだな」
「おい、いいのか? もうすぐ地面に到着しそうなのだが、大丈夫なのか?」
「え? あ、やべっ!」
俺は急いでスーツを着て滑空する体制になった。
そうだ、俺はここで死ぬわけにはいかない、絶対に死んじゃだめだ、あがいてやるよ!
「頼むぞ———ッ!」
俺はムササビスーツを名一杯に広げた。
肌の感覚では今のところ強い衝撃はない……。
俺は恐る恐る目を開けた。
「オオッ! と、飛んでる⁉ 俺飛んでる‼」
とっさに作ったムササビスーツ(仮)がうまく風に乗れて俺はギリギリ何とか地面との衝突は回避した。
「よし、なんとか死ぬことは免れた。後先考えずに行動したからなぁ、後はどうやって着陸するか……。そういえばサクラのヤツはどこにいるんだ?」
俺の視界にはサクラの姿は見当たらない。
もしかして、緊急回避プログラムに異常があってそのまま地面に激突したんじゃ……。
「口は悪かったがいいやつだったな……」
「勝手に私を殉職扱いするな」
「チッ、サクラどこにいるんだ!」
「おい、今舌打ちしただろ、私はお前の真上にいる」
太陽の日を浴びていた俺の体が急に真っ黒な影に覆われた。
「たく、俺の真上にいたのかよ、手間を掛かせるなよ」
俺はサクラのいる方へ目を向けた。
「へ?」
俺は一瞬目を疑った。そこにいたのは紛(まぎ)れもないサクラ本人だ。だがサクラの腰から下の下半身の部分が飛行機に使われているようなジェットエンジンと化していた。
「おい、なんだそれ!」
「さっきも言っただろコレが私に搭載されている緊急回避プログラムだ」
「何が緊急プログラムだ、そんなジェットエンジンいったいその体のどこにしまい込んでいるんだ、絶対に面積的にも異常があるだろ、第一にそんなでっかいジェットエンジン付けているなら普通に俺がしがみついていたって別によくないか⁉」
「それは無理だ。私の体は邪な感情を向けているヤツが触れた瞬間、私の瞬殺コマンドが起動して即死確定だ。」
「だから、お前に対して邪な感情は微塵たりとも持っていないからな! それになんだ、その瞬殺コマンドってのは、物騒過ぎるわ!」
「何を言う、私は一刻も早く天界に帰りたいのだ、そのためにもまず安全地帯でアリスティア様に連絡を取らなくては」
「だったらその安全性を高めるためにその機械仕掛けの体の中に入っている危ないプログラムを消してくれ」
「……スイマセン、ヨク聞キ取レマセンデシタ……」
「嘘をつくんじゃねえ!」
コイツ、嫌でも自分に制限をかけないつもりだな。
「そんな事より、イザナはどうやって着陸する? このままだと拠点の街から遠ざかって行くぞ」
「そうだよ、俺はいったいどうすれば! もうこのまま胴体着陸になりかねん……」
「安心しろ、私にいい考えがある」
何故か嫌な予感がするのは気のせいだろうか? それにサクラが上昇して俺との距離が段々と離して行っているのだが……?
「イザナはそのまま一直線に飛んでいろ、他に何もするな、黙ってじっとしていろ。」
「なぁサクラ、いい考えっていうのはいったいなんだ? もったいぶらずに早く教えてくれよ」
「じっとしていれば、成功確率九十九パーセントで着陸できる方法を思いついた」
「そ、そうか、その方法と言うのはサクラが先程から助走するかのように距離を取っている事となんか関係あるのか?」
「大丈夫だイザナ、お前は街のはずれにある貯水池に向かって飛んでいればいい、何も恐れる事は無い」
「ちょっとおい、質問に答えろ、なんであの池に向かって飛ばなきゃいけないの? それに俺から距離を取るのはいったいどういう意味で……」
俺は察した。これは多分痛い。
勘づいたときには遅く、俺は貯水池の真上を飛んでいた。
「じっとしていろ」
「じ、じっしていろと言うのはどういう意味で——」
「さっきのお返し込みで喰らえ、必殺サクラキィイイイイイッッッック———☆!!!!!!」
覚悟を決めていた俺でも、思っていたより強力なドロップキックを喰らわされた。
「ぐえぶッ⁉」
俺は案の定、勢いは止まらず池に頭から弾丸の如き速さで突っ込んだ。
コイツは絶対に天使としての心が備わっていない、俺はそう思った時には水の中だった……。
「ハックション! ……ぅう、寒ぃい………」
俺が頭から突っ込んだ池は思っていたより深かったおかげで傷ひとつ付いてなかったが、池から出るのに濡れた服が体に吸い付き、陸に上がるためにもがきまくった結果、体力のほとんどが奪われ、おまけに全身びしょ濡れだ。
「なんで俺がこんな事に……」
「大丈夫かイザナ? 服がびしょ濡れじゃないか、ここは私の隠された力を開放する時だな!」
一方サクラの方は俺に仕返し込みの蹴りをキメることが出来て達成感に浸っているようだ。
「誰のせいでこんな事になったか分かっているのか、そんなのいいから、いらないから!」
「[ゴットアビリティ起動、タイプ1ヒートブロー]‼」
サクラの腕が中二病じみた言葉と共にドライヤーみたいな機械が生えてきた。
ヴォーーン
熱すぎず、ぬるくない、そんな温かな風が俺の濡れた体を包み込んでいく。
「はぁ、あったけー」
このドライヤーから出る温かい風は体の他に心も癒してくれそうな温かさだ。
「どうだ? これでもう服も乾いただろう」
「え、あ、もう服が乾いている!」
さっきまで濡れていた俺の服が干したてみたいにカラッと乾いていた。
「このドライヤーはインドの火(か)神(じん)アグニ様の火を動力源にした代物だからな、湿った梅雨に日もこれで安心だ」
「おいおい、神様の力をこんなもんのために使っているのか?」
「こんな物とは失礼な、こういうのは早い者勝ちだと聞いている。ちなみに他のアビリティにもひとつひとつ神様の力を宿している」
早い者勝ちって、天界の神様は平和過ぎて暇なのだろうか?
「よし、所持品は落としてもないし、壊れていないな……そうだ、温まったせいで忘れていた、サクラお前さっきの蹴りはいったいなんだ⁉」
「蹴りってサクラキック☆の事か?」
「そうだ、名前はともかく俺の了承を得る前に行動に移すのはやめろ! 背後からドロップキックの他にいい案とか無かったのかよ」
「すまん、先程私に対してお前が舌打ちをしていたからその仕返し込みでついやってしまった。」
「ったく、舌打ちした件は謝るが、もう少し加減と言うのをなあ……まあいいや、街もすぐそこだろ早く行こうぜ」
俺はコートを手に取り立ち上がった。
「そうだ、過ぎた事を気にしてもしょうがない、ポジティブに行こう!」
こ、コイツ……。
「少しは反省しろ!」
「イタイ! 拳は痛いでしょ!」
俺は一向に反省せずに先を歩くサクラの頭にゲンコツを喰らわした。
「うるせぇ、お前のドロップキックの比率は舌打ちとゲンコツでプラマイゼロだ。これでチャラだ……イツッ、こいつサイボーグだからかゲンコツした俺もダメージが……」
さっきまで痛がっていたのにもうケロッとしやがって……ムカつく。
俺達はやたらデカい塀が聳え立つ拠点の街へ歩き出した。
「そういえば拠点になるって事だけで、あの街の事は何も知らないから教えてくれよ」
「しょうがないなぁ、この街の名はアスベルという。上空でも見た通り三本の河川が集中しているところにある豊かな街だ。特徴と言えばアスベルは魔王軍が攻めてきても瞬時に対応できるように【ペンタゴン・ボーダー】と言う五角形の最強防御結界魔法が起動する。」
「へえ、これなら敵に責められる心配はないな……そういえば上空でアスベルの街の近くに長い山脈があったが名称とかあるのか?」
「あの山脈はレゴルド山脈と言って、大昔、始まりの英雄という一人の人間が肩慣らしで魔法の試し打ちをしてできた跡だという伝説がある」
「え、あの山が試し打ち跡⁉」
「仮にも伝説だ。あれほどの地形を変えるなんぞ有り得ないことだ」拠点の街アスベルの特徴や伝説を聞いている間に街の入り口に到着した。
「塀もデカいとやっぱり門もデカいなぁ」
「この巨大な門はここにひとつと、反対側にひとつ、山脈を通り抜けるトンネルの入り口にある、ここは旅をする商人らがよく出入りをするなどでも有名だ」
「へえ、他に有名な名所とか無いのか?」
「あるぞ、この街にはこの世界で五本の指に入る魔法学に特化した名門学園がある、それによりアスベルは別名魔法学の街とも呼ばれている」
「なるほどね、それにしてもお前、やけに詳しいな」
「こういう一般常識はアリスティア様から聞かれている、私はアリスティア様の部下で下部だ。他にもアリスティア様のあんなことやこんなこともすべて把握済みだ」
「下部とはどういう意味か気になるが、ここは聞かなかった事にする」
まぁ、拠点となる街だから、他にも色々な施設や名所について詳しく知りたいものだ。
俺は塀の所を見渡すとチラホラと塀の上で見張りをしている人達を見た。
そこの人達の装備は動きやすい服装の上に最低限の胸当てやプロテクター備えており、双眼鏡をぶら下げ、頑丈そうな長槍を持って見張りをしている。
「確かにこの見張りの数だと、商人達にとって大事な街で、さらに名門学園があると考えたら当たり前か」
「そこの二人、ここで何をしている!」
「ここは通る許可が下された者か、通行料が無ければこの門を潜(くぐ)ることは許されないぞ」
どうやら旅人か何かと思って門番の二人組が近づいて来た。
「イザナここは私に任せろ」
「おう、ん、なんだその紙?」
「コートと一緒に転送されていた」
サクラは門番と俺から少し離れたところで話し合いが始まった。
あいつは何やらこの街に入ることが出来る許可証みたいな紙を見せているのだが……。
暫くして、サクラが俺を呼び出した。
「待たせたなイザナ、許可が出たぞ」
「おう、わかった」
俺はサクラの方へ走って行った。
「えーと、カリュウイザナとサクラ・アールボットだね、この許可証により君たちはここに滞在できるようになった。これからは安心してこの街アスベルに出入りしてくれ」
なるほど、さっきの紙は滞在許可証みたいなものだろうな。
「ようこそ、魔法学の街アスベルへ!」
おお、ゲーム感があってテンション上がるな!
俺達は大きく盛大に開かれた門を潜り、アリスティアのせいで色々苦労したが、ようやく最初の目的地に到着した。
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