第2話
「な、何だったんだ……⁉」
俺は体のあちこち触り、体の状態を確認する。
「どうですか、効果出ましたか?」
女神は俺の顔をうかがいながら近づいてきた。
「これでも治らなかったらもう殺処分しか方法がありませんね……」
……は⁉
「なんだよそれ⁉ 女神のくせにそんな怖い事を言うな!」
「効果は出ているみたいですね、これでやっと本題に入れます」
「え? ……あ、俺の声が!」
問題なく喋れている!
手強かったコミュ障がたった数分で本当に治っている、こんなにうれしいことはない!
コレが神パワーっていうやつなのだろう、ありがとう女神様、これならさっきの俺に対する半ば強引なやり方は水に流してやる!
「ああ、心の中で私を称えてくれてくれるのはありがたいのですけど、この丸薬、元々はミネルヴァ様が作られた薬ですので、私が作ったわけではないのですけどね」
「え、そうなの……? ……ていうか、ミネルヴァ様ってあのミネルヴァ? あのギリシャ神話に出てくるあのミネルヴァ⁉」
口調が治ったせいか、テンションが上がっている俺は声を荒らげる。
「あの……」
「確かパズカミだとミネルヴァって戦いの神って感じだけど、あの丸薬を作ったと聞くと医療の神様とかの何かに分類されるのかな?」
「あの……!」
「一応、ググってみるかここ電波飛んでいるのかな?」
「おい!」
「は、はい!」
いけない、つい俺の調べたくなる癖が出てしまった。
「まずはこの椅子に座って私の話を聞いてください!」
「は、はい……」
今にも爆発しそうな女神の圧に押され、俺は言う通り椅子に座った。
「よろしい、それでは本題に入ります」
女神は俺が座っている目の前の椅子に腰かけ何やらタブレット端末を取り出し、ページをめくる動作をする。
「威沙那さん驚かないで聞いてください、ここは天界です」
「あ、知ってますよ」
「……え、どうしてですか、私ここが天界だって言いましたっけ⁉」
「いや、あんたが『ここが天界です』と言う前になんかあまりにも在り来りな濃霧で此処に誘い込んで、それに自分のことを『女神です』と言って俺に神様が作った丸薬を飲まされてこの通り、病気でもない俺の口調が治したんだ」
「は、はあ……」
先程とは打って変わった感じでペラペラと喋る俺に圧倒されている女神を見つつ、俺は話し続ける。
「最初からおかしいと思っていた。確かにあの公園は原因不明の霧の発生で一躍有名であったが数メートル先まで見えない濃霧なんて聞いたこともないし、それにあの公園にあるはずのないバカデカい鳥居を見つけた時点でもう八割の割合でここは俺の知っている場所ではないと気づいて更に、自分を女神だと主張する美少女ときた。察するしかないだろ」
「ええと……」
「しかも見てみろ、この場所を、地平線の先まで何もなくただ単に広がる光り輝く空間、明らかに日本の中にある普通の住宅地にあるわけがない、触れなかっただけで俺は気づいていたからな!」
この一年の引きこもり生活の中で異世界ファンタジー系のライトノベルとノベルゲームをやってきて培ってきた観察眼で見通した、ここが天界だと理解していた理由をすべて言い終わった俺はふぅと一息つき、女神に『どうだ?』と言わんばかりのどや顔で女神を見た。
「は、はい、その通りです貴方の言う通りここは天界ですが、詳しく言うと天界の端っこつまり天界の入り口です」
「……そうなのか」
「ふふん♪」
俺よりこの天界に詳しいというマウントを取る女神に少しイラッとするがここは我慢するのが先決だろう。
「なあ、俺がこの天界に来た理由を教えてくれないか? 俺はこの先の展開が薄々とわかっているが女神のあんたから直接聞きたいのだが?」
「そうですね、でもその前に……これを被ってください」
女神様は俺に何やらメタリックなヘルメットを渡された。
「なんだコレ?」
「私はこの神の眼で相手の心の中を直感的に感知することが出来るのです」
「千里眼みたいなやつか?」
「はい」
なるほど、だからコミュ障でうまく喋れなかったときはその能力を使って俺と会話していたのか。
「それでこのヘルメットと何の関係があるんだ?」
「このヘルメットは被ると心の中を見ることが出来ないんです」
「つまり?」
「私の神の眼は自分でオンとオフが出来ず、常時発動されています。ですので、威沙那さんにこのヘルメットを被って貰わないと貴方の言ってる事と考えている事が同時に滝のように押し寄せてきて本題を説明するのに集中できないんです」
ああ、そういう意味ね、常時千里眼発動とは何とも不便だ。この女神と友達になったら隠し事が出来ないな。
「これも聞こえていますので……」
俺は無言で渡されたヘルメットを被る。
「コホン、本題に入る前に自己紹介をしましょう。私は女神のアリスティアといいます。気軽に女神様、アリスティア様と呼んでも結構ですよ」
「は、はあ」
様付けは確定かよ。
女神アリスティアが何を言うかは予想できる、ザックリ言うと異世界へ行って魔王を倒してくださいなんて言われて強い武器を貰って異世界に転生するシナリオだ。
俺はアニメやラノベとかでよくある鈍感主人公ではない、特にこんな王道、嫌でもわかる。だが俺はそれより大事な事情を抱えている、だからここは先手必勝。
「先に言っておくけど、嫌です」
「異世界に……え、嫌? ど、どうしてですか⁉」
俺の意外な答えに驚愕したアリスティアは、あたふたとしている所を見ると俺はアリスティアから渡された神の眼の能力を完璧にシャットアウトするヘルメットがあって心からよかったと実感した。
これ聞かれていたらまた強行突破しかねないからな。
「用事があるからだ。それに第一に……」
「引きこもりのあなたが言う用事って何ですか? 自分の部屋でゲームばかり、それしかやってない人に用事ってなんですかね!」
く、コイツ急に言葉の圧で俺の戦意を失わすつもりだな……そうはいかんぞ!
「俺にはまだ未プレイのゲームや読んでいないラノベ、録りためているアニメが山ほどあるんだ、いくらあんたが女神だろうと、ここは絶対に曲げない、だから早く俺を帰してくれ!」
「……残念ですが、貴方をこのまま地上に戻すことは出来ません」
「は、はあ? なんでだよ」
アリスティアの口からとんでもない返答をはっきりと聞いた俺は即座に激昂する。
「もしも仮に威沙那さんが地上に戻ったとしても、そこに帰る場所はありません」
「か、帰る場所がない……? さっきから何を言って……」
「あなたはそこに存在していないということになっているから……とでも言っておけばいいですかね?」
……はい?
「なんだそれ? それがベストアンサーなつもりか? 何を言っているのかサッパリだ」
「そうですよね、わからないですよね、ですのでこれを」
アリスティアは自分のタブレット端末を俺に渡した。
「このタブレット端末で地上の様子を見れるようにしておきました。丁度威沙那さんの家の座標に設定されています。実際に自分の目で確かめてください」
「なんでそんな必要があるのか知らないが、俺は何がなんでも帰るからこんな脅しは意味ないからな!」
俺はそんな捨て台詞を吐きながらタブレット端末を覗き込んだ。
「……ん? ……え、な、なんじゃこりゃ⁉」
「言った通りですし、見ての通りです」
俺がタブレット端末を通して見た光景は俺の家、俺の部屋だ。だったはずだ……。
「な、なんで俺の部屋が物置に……?」
俺の部屋であったはずの物置は俺の居た面影はなく、ただ埃を被ったダンボールの箱が積み重なって置いてあるだけだった。
「あなたが濃霧に触れた瞬間、私が作り上げた【アリスちゃん流存在消滅術式濃霧】。通称神隠しによって地上でのあなたの存在を消滅させました。ちなみに一度かかったら二度と戻すことは出来ない禁忌術式です」
アリスティアは霧の塊を手で弄びながら自慢げに言い張った。
「存在消滅……?」
「そうです、存在消滅。家族や友達などのあなたと接触した人間の記憶からあなたの存在だけがきれいさっぱり消えてなくなっています。あ、タブレット端末は返してください」
「ぜ、全部が……消えた?」
俺は頭の中で現状処理が追い付かず、ガクリと膝から崩れ落ちた。
「ですので、威沙那さんは地上に戻ったとしても、行く宛のないホームレスになってしまいますよ」
「家族も、友達も、俺の事を忘れて……」
「学校に通っていたこと、思い切って片思いの幼馴染に告白して玉砕したことなど、すべて消えてしまいました」
「全部……ん?」
俺はタブレットをアリスティアに返しながらふと絶望で頭がいっぱいである頭の中に疑問が生まれた。
「お前、なんで説明のどさくさに紛れて思い出したくない俺の思い出を? なんで知っているんだよ、今俺の考えていることはヘルメットを被っているから分からないはず……!」
「………」
「………?」
「——という訳なので、迷える子羊に残された道は私のお導きを聞くしかありません!」
「スルーすんじゃねぇ! ちゃんと説明しろ!」
俺は座っていた椅子を蹴飛ばし、アリスティアの胸倉を掴みグワングワンと揺さぶる。
「お前さっきから、俺の事ただの引きこもりだと思って舐めているだろコラッ!」
「め、目が回ります! 説明するので離してください!」
「どうして俺の存在を消してまでここに連れ出してお前ら天界の目的はなんだ! それになんで俺の恥ずかしい過去を知っているんだよ!」
「お、落ち着いてください! 話すにはいろいろ順序というのがあるんで、順番に話しますのでとりあえず揺らすのをやめてください、手を放してください、目が回る~!」
アリスティアは俺の威圧に圧倒され涙目になって必死に答える。
どうやら俺は怒りや羞恥で感情が昂(たか)っていつの間にかこの女神の頭を高速でシェイクしてしまったようだ。
「す、すまん……」
俺は普段は出さない感情の昂りに気づき手を離した。
「ったく、声がうまく出るようになった瞬間にこんな大それた行動を取るとか調子に乗るなっての……」
「おい聞こえているぞ、女神だっていうのにそんな暴言吐きやがって、そんな暴言吐ける元気があるなら今度はその立派な胸を揉むぞ。言っておくがこれはマジでやるからな今の俺は何でもできる気がするから覚悟するんだな」
「す、すいませんごめんなさい……」
俺の脅しを本気だと感じ取ったアリスティアは借りてきた猫のように大人しくなった。
「私はこの神の眼で人の心の中を勝手に覗き込んでそれをネタに人をからかってしまうからかい癖がありまして、今回はなるべく控えようと抑えていたのですが、度々(たびたび)少し変な行為してしまって……」
あの時の女神らしからぬ行動がチラホラ出ていたのはアリスティアの癖が原因だったわけか……困った性格だ。困難だったら俺が使ったミネルヴァ特性の丸薬を飲ませてやりたい。
「あんたの癖については理解した。だが、思い出したくない俺の恥ずかしい記憶を知っている事に関しての話は別だ、その時はヘルメットを被っていたからな、それについての説明をしてくれないか?」
「それについては、本題をちゃんと聞いてくれるのでしたら詳しく説明するので、そこで理解してもらえれば」
本題? ああ、何やら話したげに言っていたな。それを俺が全部脱線させたんだった。
「加龍さん、今更ですがお伺いします。ここから先は後戻りできません。覚悟の方は出来ていますか?」
「本当に今更だな、もう地上にも戻れないのによく言えたなそのセリフ」
「こ、このセリフは一度でいいから言ってみたかっただけなので!」
覚悟ね……まあここまで来たのなら腹を括るか。
「アリスティア」
「え?」
「アリスティアだろ?」
「あ、はい!」
「いいぞ俺はいつでも、覚悟は出来た。気張ってやんよ!」
俺は転がっている椅子に再び座りアリスティアの前に座った。
「初めて私の名前を……」
「ん、なんか言ったか?」
「い、いえ何でもないです! それでは話の内容をお伝えします」
何やら先程より顔が赤いアリスティアは再びタブレット端末を操作しだした。
「威沙那さんももう察していますでしょう、これから異世界に行ってもらいます」
「異世界か……」
このセリフ、普段だったらまず真っ先に言うセリフだったんだろうな、アリスティアのやつ、目尻から少し涙が出てやがる。
「その名も異世界転生ならぬ、異世界転送です!」
「……異世界転送って何? 異世界転生じゃなくて?」
「あ、それについても後程詳しく説明させていただきます」
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