第1話

 半年前、場所 日本の住宅街——


「あともう少しで……ここをこうして……ヤバい、やられる……!」

 大画面のテレビの前で俺は近所迷惑にならないようにヘッドホンしながらコントローラーをカチャカチャ動かしながらゲームを楽しんでいた。

「これでトドメだ、よっしゃあ! 大勝利!」

 華麗なコントローラー捌きでゲームのボスを倒した俺はヘッドホンを外し、ガッツポーズをする。

「高難易度だったからな、時間を掛けた甲斐があったわ。いやぁパーティのみんなマジで助かったぁ」

 興奮が抑えきれない俺は、すぐさまゲームのグループチャット機能でパーティメンバーに返事を返す。

『みんなありがとう! 後で報酬の山分けだ!』

『『『わーい』』』

『『『報酬うますぎwwww』』』

『これでひとつ貸しな!』

 俺がチャットに返事した瞬間、他のパーティメンバーは和気藹々と返事を返してくる。

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったが……まさか念願の裏ボスを攻略する日が来るとは思ってもいなかったぜ。特に一か月前に俺達のギルドに加入してきたヒーラー職の《西の女神様》さんには驚いたなぁ、仲間の体力がギリギリになってやられそうになった時に颯爽と回復&バフ強化する対処の速さ……これぞ本当の神様だな!」

 俺はそんな独り言を言いながら、先程手に入れた素材や報酬を確認する。

 このような事をほぼ毎日繰り返しているのだが、時々このように達成感を満たしていると……。

「俺って何のために生きているんだ……?」

 あ、また同じことを……。

 このように、時々不意にこのように訳のわからない事呟いてしまう。

「今までずっとノンストップでプレイしてたからな……今何時だ?」

 先程の口にした言葉を忘れるように俺は疲れた目をマッサージしながらケータイの電源を入れた。

「深夜の二時か……」

 もういつからゲームをしているかわからないな……。

「興が覚めたな。飯の作り置きでもしようかな……」

 俺は再びチャットに『一旦落ちる』と書き込み、ジャージの上着を手に取り台所に向かった。


 台所から聞こえる包丁やフライパンの中で跳ねる油の音が家全体によく響く、だがこの時間は俺の両親と兄弟は夢の中だ。

 夜食兼家族の夕食にこの俺、加龍(かりゅう)威沙那(いざな)様特製肉じゃがを作っていた。

「朝飯用に味噌汁も作っておくか、サービスも大事だしな」

 俺はこの現代社会では引きこもりという立場だ。

 そのため、普通の人達から見ると俺の立場はあまりよろしくは無い存在だということは重々承知している。しかし、俺はそう感じている中でこの引きこもりライフをエンジョイしている、それには色々と訳があった。

 俺は高校に入学するのに合わせて親の仕事の事情で田舎から都会に引っ越しをしなければならなかった。元々、コミュニケーション能力が人一倍劣っていた俺は人と話をする時は滑舌がうまく回らなくなったり、頭で思い描いていた言葉がうまく出てこなくなったりしたりして、すごく時間が掛かってしまったり、それが原因で新しい環境になじめなかった俺は今ではこのようにジャージを身に纏い引きこもっている。

 父親も深く反省し、俺の引きこもりする事を今まで主婦をしていた母親も出稼ぎをする代わりに今まで母親がしていた家事全般を俺がすべて引き継ぐという条件で承諾し、今ではこのように引きこもり生活をエンジョイしているってわけだ。

「よし、味噌汁も濃すぎず薄すぎない丁度いい味だ。……まだ目が痛むな……」

 まだ眠気も襲ってこないしどうしようか……。

「たまには外の空気でもあたってくるか」

 俺は最低限の貴重品を持って玄関の扉を開け、外に出た。


 俺が履いてきた少し大きめのサンダルの音がカタカタと真夜中で無音のせいか響いて聞こえる。

「今日は星空がよく見えるな」

 雲一つない快晴の夜空に星と月が輝いて絶好の夜散歩日和だ。

「公園に到着したし、池沿いのコースでも歩こうかな」

 俺の家の近くにある自然公園の池沿いの路上には街灯と桜の木が順に並んでおり、春には街灯の光で夜桜がより一層に綺麗に彩られる。

「今年の夜桜はきれいだな、ここは映える写真を一枚」

 所持品のケータイ端末で桜の写真を一枚撮る、今の季節は春。つまり、今が見時の夜桜なのだ。

 心が癒される半分、切ない気持ちが俺にはあった。

「なんだかんだで引きこもり始めてもう一年か……」

 四月の暖かな風とまだ冬の名残を思い出すような冷たい風が交互に吹き、桜の花びらが宙を舞った。

「もう、春だな……」

 俺は無意識に宙を舞った桜の花びらを手に取り、眺めていた。

「………」

 静まり返ったっている中、ただ春風が吹——

「ヘクションッ!」

 今ので全部台無しだ……。

「さて、家に帰ってゲームの続きを……」


 本当にそれでいいのか………?

「ああ、ちくしょう、またか………」

 急に頭の中で、これは先程の俺が口にした事と同じように時々俺の本音が幻聴となって語り掛けてくる。いい加減にやめてほしいものだ。

 思うにコレは中学までは真面目に生活していた俺は高校にから急に自堕落な生活に切り替わったせいで、脳が体全体に危険信号を送っていると俺は解釈している。こんな事をしていても無理だという事に無駄だとだと言うのに今だに気づいていない感情が俺の心の片隅にいるのだろう……。


 本当にそれでいいのか……?

 俺にはできることがあるだろ……?

 うるさい……黙れ、何度言っても同じだ、もう手遅れなんだよ。

 それでも俺にはやるべきことがきっとあるはずだろ……?

 今からでも遅くない、明日からでもこの現代社会に貢献するために学校に行って……。

 うるさい! 去年もそうやって前向きになって頑張ろうとしたのに結局失敗したじゃないか!

 ダメだ、俺は確信が無い戦いは必ず負ける、絶対そうなるんだ!

 それは単なる現実逃避するための言い訳を……

「黙れ!」

 つい怒り任せに吐き出した声が闇夜の住宅街に響いた。

「何やっているんだ俺は……今日はもう帰って寝るか……」

 俺は腕時計で時間を確認し、家の方向に足を向けた。

「こんな情緒不安定なところを人に見られてないよな? 駆け足で帰ろ……」

 辺りをきょろきょろ見渡しながら俺は家に帰るためその場を立ち去ろうとした最中、俺は足を止めた。

「なんだ、コレ?」

 俺の目の前には、辺り一面に濃霧が広がっていた。

「こんなに濃い霧とかこれはどういう風の吹き回しだ?」

 普通はこの濃霧に驚くところだがこの公園の周りはよく時間によってこういう濃霧が発生する。理由はわからないがこの霧のおかげで桜をさらにきれいに演出され、少し話題なったことがある。

 それにしてもタイミングが悪い。おまけに数メートル先が見えないくらいの濃霧だ、普通なら引き返して別の道から家に帰ればいいのだが……。

「まあいいや、家もすぐそこだし。こんなのまっすぐ進めばすぐに着く」

 ここが山の中ならまだしも、ここは住宅地のど真ん中にある自然公園だ。足を滑らせて転倒はするかもしれないが死ぬことはまずない。

 俺は何も戸惑いもなく、濃霧の中を歩み始めた。


 歩き始めて三十分……。


「おかしいな、まだ公園から出れない……もう前も後ろも見えないし何処を歩いているか全く見当がつかないな……」

 いまだに俺はこの濃霧の中を徘徊していた。

 さっきまでの余裕の表情がだんだん曇り始めてきた俺は戻ることもできずただひたすら歩くしかなかった。


 歩き始めて一時間……。

「さすがの俺でもそろそろおかしいって感じてくるよコレ!」

 俺の目の前に現れたのは俺の背丈を余裕に超えている神社でよく見る鳥居が現れた。

 俺は数回この自然公園には気晴らしに訪れたりするが、こんなバカデカい鳥居絶対にこの自然公園には見かけなかった。

「ハァハァ、ぜぇ……この距離は引きこもりにはきつ過ぎるって……」

 さらに三十分くらい歩いているのに一向に晴れない濃霧。

 時間ではもう朝の四時くらいになるがそれでもこの霧は一向に晴れる気がしない。

「このシチュエーション、映画で見たことあるぞ……」

 多分この近くにこの濃霧発生させた元凶があるはず……だと思う。

 とりあえずここは呼び掛けて誰かいるなら状況を説明しないと。

 俺はよく目を凝らして辺りを捜索した。

「こっちは……何もない、向こうは……ない、あそこは……ん? 誰かいる」

 霧が少し薄れているところに男か女か見分けはつかないが人影が見えた。

 よし、あとは呼び掛けるだけだ。

 俺は躊躇いなく声をかけた。

「あ………あの……すいま………せん!」

 し、しまった、自分がコミュ障だという事をすっかり忘れていた、恥ずかしいい!!

「はい、どうしました?」

 俺の応答に答えたのならあの人影は俺の幻覚ではないようだ。この声は女性か?

 俺がそんな考察をしていると、濃霧は次第に晴れていき、人影しか見えなかったものは段々とはっきりと見えるようになってきた。

「あ、あの……こ、ここは……」

 濃霧が完璧に晴れて相手の顔が見えてきた。俺は目を見開いた。

 そこに立っていたのは紛れもない美少女で特徴を言うと白銀に少し髪先が青くなっており、服装は修道服みたいなものを着ていて、体系は……服の上から見ているからよくはわからないが……スラッとしているのはハッキリわかる、説明の語彙力がない俺はこの女性を一括りで頭の中で言葉にした。

 女神様と————

「はいそうです、私が女神様ですよ♪ 貴方は加龍威沙那さんですね?」

 うん……え?

「な……なんで………俺……の……」

「フーム、コミュ障という事は知っていましたが、まさかここまでとは……重症ですねコレは」

「な……なんで俺が………コミュ障………だって………!」

「はいはい、わかりますよ、だって私女神ですし貴方の名前も考えていることは大体わかりますよ、先程頭の中で思っていた私の印象を一語一句間違えずに言えますけど、なんなら音読しましょうか?」

「……‼!」

 や、やめろ!

「あらら、これでも治らないのですか、あなたのコミュ障も重症ですね。まずはその口調を独り言みたいに正常に機能してもらわないと先に進めませんね……これを飲んでください」

「……?」

 女神様は俺の前に何やら神々しい光を発した丸薬みたいのものを差し出した。

「これは見ての通り薬です。これを飲めば神パワーというすごい力によって飲んだ人は体の異常な部分を取り除き正常にすることができます。威沙那さんで例えるなら人前でうまく話すことが出来ない重度のコミュ障を治すことが出来ます」

「え……?」

 この今までずっと悩まされていたこの口調を治すことが出来るだと……? 確かに凄い品物かもしれないが、神パワーというのはよくわからないし、ここは信じていいものか……。

「安心してください、毒は入っていません。何ならシロップでコーティングされているので苦くないですよ」

 そう言っても、安心できないんじゃないか?

「え、どうしてですか⁉」

 薬が甘くコーティングされているのは飲みやすくするためであって、安全性があるという事じゃないんだよ。

「………」

 ……なんだこの人、急に黙り込んで。

「いいから飲んでください! 毒じゃないんで!」

「もが……!」

 黙り込んでいた女神様は急に俺の口めがけてその丸薬を押し込んできた。

 あまりにも自分を女神だと言っている者とは思えない行動に驚いた俺は必死に抵抗するも……。

 ゴクッ———

 対応が遅れた一瞬の隙を突かれ、丸薬を飲んでしまった。

「ゴホッ、ゴホッ……な、何しやがる……」

「だって、貴方が疑ってなかなか飲んでくれなかったからいけないのですよ、飲んでもらわないと先に進まないし……」

「そ、それだったら……そうと言えば……」

「因みに、あの丸薬は効果が効くのに少し時間がかかるので……」

 なんかムカつくコイツ。人の事を考えずにドンドン先に進めてしまう……。さっきの登場のシーンは神々しくて女神みたいな風格があったのに性格がハズレとか最悪だぞ。これで効果がないなんて言うオチだったらシャレにならんぞ!

「あ、効果が表れ始めましたね、胸のとこ見てください」

「胸……?」

 俺はあの女神が指を差す自分の胸辺りに目をやると……。

 バチッ———

 急に俺の体の中から体の外から分かるくらいの神々しい光と共に電気が流れたような衝撃が隅々に走った。

「アアアアアアアアアア!!!」

 何だこれ⁉ もしかしてコレがあの丸薬の効果か⁉

 それから五分間、俺の体は輝き続いていた。


         

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