リヴェリオ~新米龍魔導士の異世界記録~

柊 丹人

プロローグ

 現在地——森の奥深く——

 ザザ……ピーピー……。

 通信魔道具からノイズ音が聞こえる……。

『こちら赤髪、茶髪聞こえる?』

 居眠りをしていた俺は眠たげに目をこすりながら通信魔道具のスイッチを押した。

「……ああ、こちらコードネーム茶髪、バッチリ聞こえるぞ」

 通信魔道具のスピーカーから透き通ったきれいな女の声量が聞こえてくる。

 俺は通信相手のコードネーム赤髪に返事を返した。

『今待機ポイントに着いたのだけど、そっちの方から私が居るところは見える?』

「はいはい……」

 俺は双眼鏡を覗き込みながら赤髪を探した。

「ええと、お!」

 あいつを見つけるのに数分は掛からない、何故なら数十メートル離れたところでもコードネーム通りの赤い髪の毛がよく目立つ。

「ああ、お前の身体の隅から隅までよく見えるぞ」

『———ッ⁉』

 俺がケタケタ笑いながらからかうと、俺の視線に気づいた赤髪は両手で自分の胸を隠しながら顔を髪の毛と同化する勢いで真っ赤になりながら通信なしでも聞こえるぐらいの声量で聞こえてきた。

『隅から隅……ちょ、ちょっとどこ見ているのよ変態!』

「おい、なんでそんな事言うんだよ、俺はお前に言われた通りにちゃんと俺が待機している場所から見えるかどうか答えただけなんだが?」

『普通に見えてるだけでいいじゃない!』

「ていうか赤髪、お前俺のところから隅から隅まで見えてるってことはちゃんと隠れていない事を意味してる事を意味するからな、任務後は反省文三枚だ」

『ハァ⁉ なんでそんな事で反省文書かなきゃいけないのよ、まだターゲットが現れてないからノーカンよそんなの!』

「これは隊長命令。あと、俺の命令に異論を言ったため、反省文の原稿枚数プラス三枚だ!」

『そんな理不尽な命令、燃やしてやるわ!』

「あ、また俺の命令に背いたな、もう三枚プラスだ!」

『貴様、後で覚えてろ!』

「上等だコラッ!」


『こちら金髪、あの……この通信はグループ通話なので……』

『こちら桃髪、お前ら二人少し黙れ、任務に集中しろ』

 後から赤髪とは違う優しい声と男口調の声が聞こえてきた。

「こちら茶髪、悪ぃコードネーム金髪。そっちの現在報告を頼む」

『は、はい! こちら金髪、今のところターゲットは来ていません』

「うむ、ご苦労」

『ねえ、さっきから私が名前の代わりに言っているその……コードネーム? それなんか意味あるの? 私はなんか軽く馬鹿にされているみたいでモヤモヤするのだけれど……』

 何やら赤髪がコードネームについて文句を言い出してきた。

 まったく、面倒くさいヤツだ。

「このコードネームというのは、俺が住んでいたところではよく使われていた。簡単に言えば敵に盗聴されている際に個人情報を隠すための暗号みたいなものだ……という建前の雰囲気作りだ」

『絶対いらない気がする……』

「少しは乗り気なれよ……」

『……なるほど、つまりロールプレイングゲームの初期設定のニックネームみたいなものか!』

「——ッ⁉ おい!」

 いけない、つい慌ててしまった。

『ろーるぷれ……何ですか?』

「え! いや……何でもない、気にするな金髪!」

 早く話題を変えねば……。

 俺はすぐに先程の会話にNGワードを投げてきた先程の男口調の声の主、桃髪に怒鳴り込んだ。

「おいピン毛、現状報告を早くしろ!」

『おいおい、どうしたリーダーそんなに慌てて、敵でも来たか?』

「うるせえ、ピン毛! 早く報告をしろピン毛!」

『ピン毛ピン毛言うな、桃髪と言え!』

「同じだろ、お前は時々余裕ぶっていたり、さっきみたいにすぐキレたりして情緒不安定なんだよ! 少しはあいつらを——」

「キシャアアアアアア————ッ!!!!」

 木々が倒れる音と共に骨の髄まで響き渡るぐらいの咆哮が鳴り響いた。

「御出でなすったな、各自戦闘準備に入ってくれ!」

 俺は森の一帯が見渡せる木の上に登り、咆哮が鳴り響いていたところに双眼鏡を向けた。

「思っていたよりデカいな」

 そこにいたのは体の所々から炎を纏わりつかせ手あたり次第に暴れている赤い蜥蜴が這いまわっていた。

「間違いないな。あの形、あの炎の色、ドラゴンランクAのサラマンドラだ」

 サラマンドラは木々を倒し、森を住処にしている動物達に襲い掛かり一向に大人しくなる様子がない。

『普段は火山地帯に生息しているのにどうしてこんな所に』

「お前、書類に目を通してないのか? 以前この森を通っていた密輸の馬車にサラマンドラが暴れて逃げ出したと書かれている」

 あらかじめ目を通していた俺は任務用の報告書をペラペラとめくった。

「サラマンドラは恐怖を感じるとそれを怒りに変えて溜めこむ習性がある、その怒りが一定領域を超えると————あのように大暴れする」

 俺は今も暴れているサラマンドラに目を向ける。

「それにここから先は俺たちが住んでいる王国領地の境界線だ」

『なるほど、これ以上被害が出ないようにここで喰いとめる事が今回の私たちの任務という事ね!』

 赤髪が手をたたきながらようやく理解した。

「お前な、少しは書類に目を通しとけって言ったよな、それでも学園でも名高い『深紅の戦姫』という異名を持つ優等生か?」

『わ、悪かったわよ、リーダーのあなたがいるから、つい……』

 まったく、これだといつ足元を掬われてもおかしくないな、でも俺の事をちゃんとリーダーとして見ているのは少し嬉しい……。

『こちら桃髪。ターゲットの現在状態の解析を完了した。』

「こちら茶髪。サラマンドラの状況は?」

『こいつは長い時間、暴走してたからかなり体力を消費している、死なない程度に一撃を与えられるなら大人しくなるかも』

「よし、俺もそっちに行く、赤髪は魔法や武器でも何でもいい、サラマンドラを傷つけなければ何でもいい、アイツの急所である尻尾(しっぽ)の付け根に軽めに一撃を!」

『了解!』

「金髪はサラマンドラが大人しくなった時、衰退(すいたい)してかなり弱っていると思うから得意の回復魔法とこれ以上暴れないように状態異常回復を頼む!」

『りょ、了解です!』

「それで桃髪は———」

『わかった、私もサラマンドラに一撃を与えればいいのだな!』

 違う、そうじゃない! 全然違う!

「一撃担当は赤髪だってさっき言ったよね⁉」

 俺は急いで桃髪を引き留める。

 一撃は一撃でも与える場所が違えば逆効果になってしまう。

「おい桃髪、お前は暴れているサラマンドラを赤髪が一撃を与えるまで押さえつける重要な役目が———」

『スマナイ、最近本気出してないからたまにこの膨大な力を放出しないといけないんだ!』

「お前の中に膨大なエネルギーが入っているわけねぇだろ! ただのストレス発散なのが見え見えなんだよ!」

『オーディエンス・デパートメント起動、ピック、ナックルダスター。更に『バーサーカーモード』起動……ヒャッハァアアアアアア!!!!』

「人の話を聞けぇええええええ!!」

コイツはダメだ、俺が止めないと!

 ていうか、キャラの変わりようがやばい過ぎるだろ⁉

「赤髪と金髪、俺はあのバカたれを止めに行くから二人は任務続行してくれ!」

『『了解!』』

 俺は桃髪を止めるため自分の体に肉体強化の魔法をかけ、森の中を陸上選手並みの猛ダッシュをした。

「間に合えぇえええええ!!」

 俺は一心不乱で桃髪を止めようと名一杯に腕を伸ばした————


 数分後——


「はい、無理ぃいいいいいい!!」

「なんでこうなるの!!」

「今は逃げることだけに集中を!」

「あ、頭にお星さまが……」

 俺たち一向は桃髪のイレギュラーな行動を阻止できず、案の定サラマンドラの怒りを買い、そして張本人の桃髪は真っ先にやられて今は俺の背中で気を失っている。

「どうすればいいの? リーダー!」

「このままだと食べられちゃいますよ⁉ リーダーさん!」

「リーダーリーダー言うな! ええと、とりあえず動きを止めないと、そうしないと何も始まらない!」

 水でも氷でも今のサラマンドラの火力じゃ蒸発しちまう、だったら……。

 俺は走るのをやめ、サラマンドラの方へ体制を向けた。

「お前は向こうで大人しく伸びてろ!」

「ぐえっ⁉」

 背負っていた桃髪を放り投げ、腰に下げていたポーチに手を掛ける。

「ここは……岩で押し固める!」

 俺は一定時間、魔法の威力を上げるポーションを飲み干し、頭の中でサラマンドラを囲うようにイメージしながら、魔力の込めた拳を地面に思いっきりぶつけた。

「喰らえ!【ロックストーン】‼」

「キシャアアアアアア———ッ!!!!」

 威力を底上げして放ったロックストーンは俺のイメージ通りにサラマンドラの周りをドーム状に囲み、動きを封じた。

「……ふう、何とかなった。回復を頼む」

「はい!」

 さっきの魔法で動きを止められるか、魔力が尽きて自滅するか半々の賭けだったため、とりあえず俺はほっと息を吐いた。

「……はあ、死ぬかと思った」

「全くです……」

 赤髪と金髪も全速力で逃げていたせいか酸欠気味でフラフラだ。

「すまねぇ、この馬鹿のせいで」

 後で説教だなコイツは……。

 気を失っている桃髪は未だに目を回して起きようとしない。

「それにしてもすごいですね、あの初級魔法をここまで愛用していると」

「別に愛用はしてないって、さっき筋力強化の支援魔法を連続で使ったおかげで初級  魔法しか使えなかっただけだよ、それにポーションを使ってドーピングもしたから誰だってできるさ」

「……あなたはこういう時は本当に頭が回るのよね」

「おい、そこの赤いのうるさいぞ! 折角の褒められ気分が台無しだ」


 暫くして、サラマンドラの怒りも治まって大人しくなってきた。

「グルルルル……」

「サラマンドラの暴走は収まりました」

「やっと大人しくなったな。それじゃあ引き続き回復を頼めるか?」

「はい、任せてください!」

 金髪はやる気十分でサラマンドラに回復魔法をかけた。

「よし、これでひと段落ついたな……」

 俺は緊張と焦りでガッチガチになった肩をコキコキに鳴らした。

「おい……」

「あ、お前! やっと目が覚めたか、今日はお前のせいで———」

「この野郎……」

 俺はとてつもない殺気がナイフのように体に刺さる感覚がした。

 おかしいな……俺なんか悪い事したか……?

 今回はサラマンドラを大人しくさせるために必死だったから何も覚えてないんだが……。

「…よくも…よくも! 私を放り投げたな!」

「……ッ!」

 そうだった! 俺アイツの事邪魔だったから放り投げたんだ!

 歩みを止めそうもない桃髪は右ストレートを決める体制になりながら迫ってくる。

「落ち着け、仕方ないだろお前がイレギュラーの事をしなければこんな事にならなかったんだからよ!」

「それはそれ……これはこれだ……歯ぁ食いしばれ!」

ああ、ヤバイ止められない……。

「鉄拳制裁———ッ!!」

「ちょ、待って、グホォオオオオオオオ!」

 俺は桃髪の右ストレートをモロに喰らい、キリモミスピンで吹っ飛んだ。

 ああもう、せっかく最後はうまくいったのに、どうして俺がこんな事に! 俺は悪くないのに! ほんの半年前までは善良な引きこもりだったのに、どうして俺はこうも巻き込まれがちなんだぁああああああ!

 ここは異世界。そして俺は日本人。こんな剣と魔法の異世界には無縁の人間だ。

 どうしてこうなったかは、それは半年前に遡る。

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