第9話 白い雪でも、積もれば泥に。
「楽な、相手ねぇ……」
「?今のに何か問題でもあるか?」
「いや。相変わらずだな、って思ってよ」
何が言いたいのやら、呆れとも嘲りともつかぬ笑みを浮かべたカノンは、肩をすくめてホログラム映像を俺に見せてきた。
どうやら、ナンバーナインの整備状況をまとめたものらしい。ナンバーナインの機体と、そこに幾つも数字や整備状況について書き込まれている。
ざっと見るだけでも結構な被害が書き込まれているなぁ。
ホログラムに書き込まれた情報に思わず俺が舌打ちすると、そんな俺に情報を捕捉するようにアリアとカノンが話しかけてきた。
「……外装については、正直イカの精液をかけられている以外では、多少の傷くらいなものだ。塗装の手入れは必要だが、概ね無視しても良いだろうな。ただ、また姿勢制御ユニットを酷使したろう?そのツケが各種のユニット部、特に関節ユニットに出てる。とりあえず、全部の関節を一から調整する必要があるな」
「い、一応は、軽い調整は済みました。け、けど、通常時の駆動率の六割ほどが限界だと思われます。な、なのでもし次に依頼を受注するとしても、マスターランク以上の依頼を遂行するのは難しいと、お、思われます。で、できれば、ドックに入れて全身整備を、す、すべきです」
ホワイト・スノウ・ナンバーナインの被害報告に、口を揃えて「
「……関節を全部、か。そんなにダメージ酷いのか?」
するとカノンは、俺の質問に答えず、ただ鼻で笑った。
さっきの笑みと言い、こいつさっきから俺に喧嘩売ってねえか?言っとくけど、俺そんなに気のいい奴じゃねえから、売られた喧嘩はノシつけて買うぞ?
すると、そんな俺の啖呵を聞いたカノンは、アリアに抱き締められながら、俺の顔をじっと見据えた。
「……喧嘩売ってると思うんだったら、もう少しお前は自分の立場を省みた方が良い。元々、ナンバーナインはお前が違法改造した機体だろうが。実戦でそれを使うことは元より、未だにそれを使ってサンタクロースを続けていることは、本来なら許されるはずがねえんだぞ?それが何で許されるかと言えば、お前が討伐実績っていう結果を出してるからだ。逆に言えば、結果が出てなきゃ、お前はとっくにブタ箱にぶち込まれてるんだぞ?」
カノンの指摘に、俺は盛大に舌打ちした。
結果が出てなきゃ、ブタ箱行き。痛いところをついてくる。確かにその通りだ。何も言い返せねぇ。
俺は渡されたホログラム映像を一度消すと、何も言わずに整備中のホワイト・スノウ・ナンバーナインを見た。
元々、こいつが動いているのはほぼ幸運みたいのだし、戦えるのも幸運だ。ましてや、勝ちを重ねるなんざ、幸運超えて気持ち悪いもんでも憑いてるんじゃねぇか、ってレベルだ。
そんな幸運に頼ってばかりの俺が、まともな忠告に言い返してりゃ、そら確かにバカにもしたくなるわな。
「分かってるだろうけど、ナンバーナインはかなり特殊な機体だ。強さと速さを手に入れた代わりに、それが脆さに繋がっている。ナンバーナインの出す出力と火力、そして機動力に機体の耐久度が釣り合ってないんだ。出撃するだけでも、内部へのダメージは大きい。ましてや、今回のような大物を相手にした後ともなれば、無傷で勝ててもダメージは避けられない。むしろ、この程度で済んでいるのは、奇跡と言っても良い」
すると、俺のそんな様子を見て、カノンはナンバーナインの欠点を指摘した。
本当に耳が痛い。ただカノンの言葉に、俺は無言で聞き入るしかできなかった。
出撃のたびにガタが来る。か。
俺はその言葉を呟きながら、ナンバーナインから視線を逸らした。もう、何度言われたか、分からねえくらいに聞かされている言葉だ。
お姫さま何て軽口を叩いているが、実際には老兵そのものだなあ。
分かっていたこととは言え、改めて向き直ると、途方に暮れてしまうな。
「……元が違法改造のチューンナップじゃ、とてもじゃないがまともに扱う訳にはいかねぇからな。法律もそうだが、まともに手入れをできる技術を持っている奴もいねぇ。……本当に、どうしたもんかね」
「俺もアリアも、あくまでもトナカイの整備の為にここにいる。……お前の運用方針にまで口を出す気はない。そこを決めるのは、サンタクロースの領分だからな」
カノンがそう言うと同時に、その背後でカノンを抱き上げるアリアも、何度も首を縦に振った。
そんなカノンからの言葉に、俺は肩をすくめてコンビニの袋を押しつけた。
「何だ、それは?言っとくが、差し入れとかなら、俺はいらないからな」
「安心しろよ。全部俺のおやつのゴミだ。これ捨てといて欲しいなぁ、って思って」
なんだよ、その目は?いつも要らねえっていうじゃねえか。そんなにおやつがほしければ、自分で買え。自分で。その程度の金は出してるだろうが。
「じゃあ、俺帰るから。アリアはセクハラかますなら上手くやれよー。仕事の邪魔にならない限りは許可する」
「……お前マジでクソだわ。何で最後にいらねぇこと言うんだよ」
「?!そ、それじゃあ、わ、私たちは仕事に戻ってますね……!!ふひひひ……」
背後では、アリアとカノンが何のかんのと言っていたが、まあいつものことだ。
精々仕事を頑張れよ。そういう訳で、俺は二人に向けて右手を上げると、その場を後にした。
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