第10話 アイデンティティなんていらない。
クリスマスツリーの格納庫から出てきた俺は、とりあえずエントランスホールに戻った。
ひとまず、エントランスホールに出店している売店にに立ち寄ると、デザートで甘ったるくなった口直しに無糖の缶コーヒーとバニラ風味のプロテインバーを購入した。
そうして、プロテインバーを齧りながら先ほど同様に雑多な人々がたむろっているエントランスホールをうろつくと、とりあえず目についたベンチに腰掛けてコーヒーを煽った。
目の前には、ノグシーの討伐依頼やら、情報のやり取りやらで、多くのサンタクロースやその関係者たちが盛り上がっている。
そんな賑やかな場所にあるベンチに腰掛けていると、不意に俺の目の前にロリっぽい体格の無表情の女が立ち尽くした。
「どうでしたか、お金の方は何かしら工面の見当がつきましか?ナンバーナインの調子が良いようなら、何かしら依頼を引き受けると言う話でしたが、どうです?」
「……関節ユニットは全調整が必要だそうだ。とりあえず、暫くの間は依頼は受諾できねぇな。後はまあ、金を借りられそうなやつをざっと当たってみたけど、ゴメンで切り捨てられたな。マジでどうしたら良いかねぇ」
そう言って、俺は目の前に立ち尽くすエリーゼを横目に、手にしていたプロテインバーと缶コーヒーを平らげると、新たに売店で購入したおやつを取り出した。
俺はそんなエリーゼの前で売店で買ったおやつ用のビーフジャーキーを開くと、それを齧りながらコーラを飲んだ。
あー。ジャーキー特有の塩気と噛み応えに加えて、コーラの持つ炭酸の刺激と特有の甘さが喉ごしよく胃の中に滑り落ちていく。たまんねー。
すると、俺を見てどう思ったのか、エリーゼは小首を傾げて俺に訊いてきた。
「どうしました?いつになく辛気臭い顔をして?引退でもするおつもりですか?」
何で俺の周りにいるやつって、一々一言多いんだ?心配するんだったら普通にしろよ。別に俺に優しくしたからって、天がバチを与えてくる訳じゃねーぞー?
ただ、まあ、そうだな……
「……引退、か。それも良いかもな、案外」
俺は格納庫での、カノンとアリアの言葉を反芻しながら、そう呟いた。
極めて危険な機体、俺自身の判断と立場、実績を出し続ける必要のある現状……
諸々考えて、決してこのまま安穏としている訳にはいかない。いやむしろ、そろそろ自分自身にケリをつけるべき頃合いなのかもしれない。
俺は残ったコーラとジャーキーを流し込んで、盛大なゲップをかました。
「お前も知っているだろう?ホワイト・スノウ・ナンバーナインは、本来、存在してはいけない機体だ。鉄屑にされて然るべき存在なんだよ」
そう。改めて口にすると、苦々しい事実が突きつけられるな。
ホワイト・スノウ・ナンバーナイン。それは、俺が組み上げてしまった時限爆弾そのものだ。
予定された時刻は決まっていないが、いずれは確実に爆発する。俺は単にそれを誤魔化し誤魔化し、今までやってきたに過ぎない。
そう、思ったのだが……。
「って、聞いてる?俺一応、今結構深刻な話してんだげけど?」
指の爪を見ながら、心底興味なさそうに振る舞う
言っとくけど、部下の話に耳を傾けないのは、人としてどうなんだ?
「え?ええ、聞いてますよ?貴方も、競馬と麻雀とご飯のこと以外に考えることあるんだなぁ、って」
「あのなぁ、そんな言い方だとまるで俺が博打と飯のことしか考えていないクズみたいじゃねぇか。言っとくけど、俺はこれでもギャンブルとタバコと女遊びが世界で一番嫌いな真面目人間なんだぞ?」
「ちなみにこの前のG1どうでした?」
「勿論大勝ちしたぜ、バカ野郎!!まさかの3連単を一発当てて、三百万も勝ったぜ!それでその日は、本マグロ一本丸ごと買い取ってトロ三昧よ!!美味かったぜぇ〜本マグロの大トロ丼はよぉー!」
「‥‥十分クズに見えますけどねえ……」
エリーゼはそうため息を吐くと、丁寧に整えた髪を無造作に頭を掻き崩した。
「……冗談抜きにしても、こちら側としては貴方に抜けられると困るんですよねぇ。どんな仕事でも、人手が抜けて困らない仕事なんてありませんよ?ましてや、専門的な技術職ともなれば尚更ね。できれば、代わりを入れてから辞めてくれません?」
「それを見つけるのは、お前の仕事じゃねえの?まぁ、今すぐにって話でもねぇし、そこら辺は考えとくよ。とりあえず、そういう考えもあるってだけだ」
そう言って、俺はその場を立ち上がった。その時だった。
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