2015/08/07 オークニー諸島 Broch of Burrian
フランの一家が代々受け継いできた宿屋は、きれいな海を一望できる、島の港の近くにある。ブリテン本島からは離れたところに位置するが、毎年暑い季節になると、涼しさを求めてやって来る観光客も多かった。
「あそこに見えるのが、この島で有名な遺跡です」
フランは宿泊客の家族と一緒に、島の南端にある史跡を訪れた。海に臨む小高い場所に、壁のように石が積まれている。考古学の用語では「ブローチ」と呼ばれる、発掘調査がおこなわれたことでも有名なところだ。
「確か、昔の工芸品なんかが発掘されたんだっけ?」
「はい、そうみたいです。オガム文字の碑文も、この辺りから見つかったらしいですよ」
優しそうな男性に返事をしながら、フランは彼らを海際まで案内した。家族の連れの子ども姉妹は、ダネルと楽しそうに追いかけっこをしている。
「でも本当に、オークニーは涼しいわね。毎年来たくなるわ」
女性は白い日傘を差した、上品な婦人だった。言わずとも、女の憧れが表れている。
「冬もそんなに寒くないですし、結構過ごしやすいですよ。お客さんはアメリカからいらしたみたいですけど、やっぱり夏は暑いんですか?」
「まぁ、場所によるわね。私たちが住んでいるところは、本当に暑いのよ」
家族は本島に住む祖父母に会う傍ら、このオークニー諸島にも足を延ばしてみたようだ。彼らの話は島の生活とはかけ離れていて、フランにはそれが羨ましく思える。
「私はこの島のことしか知らないので、暑いのもいいなぁって思ってしまいます。アメリカかぁ……、私も行ってみたいなぁ……」
「君は若いんだから、行こうと思えばどこへでも行けるさ。大学には入る予定なのかい?」
「うーん、考えたこともなかったです。正直、勉強は得意じゃないですし」
何を考えずとも、両親と同じように結婚し、彼らと同じように宿屋を営む。決められた運命を辿っているようだったが、彼女はそれを疎ましいと思ったことはなかった。
「あら、それはもったいないわ。一度きりの人生なんだもの、ちゃんと考えないと損よ」
「確かに、それもそうですね……」
フランは大げさに腕を組むと、頭の片隅で将来を想像してみた。思い描けば描くほど、未知の世界への期待が高まっていく。
「アメリカのことで良ければ、僕たちが教えてあげるから。何でも聞いてね」
「はい、ありがとうございます」
波打つ海の先には、大きな世界が広がっている。そのどれか一つにでも、勇気を出して踏み込むことができたなら……。フランは澄んだ瞳を輝かせながら、溢れる未来に夢を抱いた。
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