D××/復活祭からXXXIII日後 アーサー王宮廷の厨房
しとしとと降る雨の音が、静かな宮廷の中にこだまする。その暗い厨房の隅で、背の高い騎士はぼんやりと炎を眺めていた。透明な水が徐々に温かくなっていく様子を、特に意味もなく見つめている。
「ケイ卿、ここにいたのか」
金色の長い髪を揺らして振り向くと、そこにはよく見知った顔があった。空色の髪を後ろで纏めた、雰囲気の良い騎士。美しい瞳を持った彼は、アーサー王の下で重役に任命された、誉れ高きボードウィンだった。
「王が卿のことを呼んでいたぞ。ただの水など見つめて、一体何をしているのだ」
「別に、大したこともない。ただ少し、新しい飲み物を、と思っただけだ」
二人は主であるアーサーが即位した頃からの仲で、ともに戦場に赴いて武器を取り合った戦友でもある。ボードウィンが親しげに肩を並べる様子からも、その事実は見て取れた。
「そう言えば、卿はもっぱら王妃の護衛をしているようだな。王妃付きの騎士とは、やはり忙しいものだ」
「グィネヴィア王妃は花摘みが好きなのだ。あちらこちらに飾ってある花は、全て王妃が摘んできたものだ」
王妃が馬に乗って外出するときは、必ず武装した騎士を引き連れるのが習わしだった。王妃付きの騎士に選ばれた者は、高貴な彼女の護衛のため、しばしば花摘みに付き合わされる。ケイもつい先日、他の護衛騎士たちとともに、近くの野原まで馬を走らせたばかりだった。
「だが王妃付きの騎士とは言え、特に重要な任務が回ってくることもない。その手の仕事はいつも、ランスロット卿が片付けてくれるからな」
「ああ……、それはそうに違いない」
ボードウィンはケイの言葉を聞いて、笑いを抑えたような声を出した。背中に掛かった柔らかい毛先が、その笑みとともに揺れている。
「全く、ランスロット卿は見上げた騎士だ。あれほど熱心に王妃に仕える騎士は、世界中どこを探しても見つからないだろうよ」
「我々からしたら、実にありがたいことだ。その点では、彼に感謝しなければならない」
ケイは水がすっかり湯になったのを見ると、備え付けられた棚へと向かい、白いカップを三つ取り出した。二つはここにいる騎士の分、そして残りの一つは、義弟でもあるアーサー王の分だ。
「私の分も用意してくれるのか。卿は意外と気が利くな」
「目の前にいる騎士に飲み物すら出さないほど、私は無礼ではない。それぐらい、分かり切っていることだろう」
ついでに菓子を取り出そうと、ケイは廊下側の棚を見遣る。すると奥の方から、黒髪の騎士が歩いてくるのが分かった。彼の赤色の左目と桃色の右目は、どことなく険しい雰囲気を放っている。
「あれはアグラヴェイン卿ではないか。見たところ、随分と急いているようだな」
後ろから顔を出したボードウィンは、そのまま通り過ぎる円卓の騎士を眺めている。コツコツと床を鳴らす足音は、すぐに厨房の前を横切り、じきに横へと流れていった。
「確かアグラヴェイン卿も、王妃付きの騎士の一人だったな。ケイ卿、彼のことについて何か知っているか?」
友人に尋ねられたケイは、一瞬思案したような表情をする。しかしすぐに元の顔に戻り、手慣れた様子で棚を開け始めた。
「我々にも我々の事情があるように、彼にも彼の事情があるのだろう。下手に詮索せずに、放っておくのが無難というものだ」
炎の温もりが消えた厨房は、降りやまぬ雨に伴って、徐々に湿った空気に変わる。それはまるで、これから起こる物語を象徴しているかのようだった。
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