第11話

 今日はアンサンブルコンテスト前日だ。

 僕たちは打楽器四重奏で出場する。

 辻が隣でドラムを叩いている。ドラムの音を聴いただけで、その日の辻のコンディション、テンションがわかるようになった。

 その日の辻のドラムからは、焦りのようなものが感じられた。ありていに言えば、辻の音らしくなかったのだ。

 僕はティンパニを叩きながら辻を見た。辻も僕を見ていた。

 「健二、音が軽いよ」

 まさか声をかけられるとは思っていなかった僕は、虚を突かれた顔になるのを抑えながら彼を見た。

 「軽快じゃないんだ。ただ軽いだけなんだ」

 彼の言葉はいつも、僕が僕自身を見つめるきっかけを与えてくれる。

 この言葉ももはや、音楽的なことだけでない、もっと本質的なメッセージが隠されている気がした。

 彼の言い方は少しキツいところもあるが、なぜだか素直に聞ける。彼の目の奥に、その奥底に宿る光には優しさがある。

 僕は僕自身の中に生まれた新しい僕をみつめて、微笑み返した。

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