第10話
絶対音感を持つ人間は、音楽を聴いた時に全てドレミの音が頭に浮かんでしまうから、リラックスできないと聞いたことがある。
僕はそれを聞いた時、持たない人間の恵まれた側面を知って、無邪気に喜んでいた。その時の僕は本当に無邪気だったのだろう。
そんなことを考えながら、マリンバを居残りで練習している。居残り練習は、その厭な響きとは裏腹に、僕の中では特別な時間だ。不可侵な感じがするからかもしれない。
隣では先輩が木琴を叩いている。先輩の音が耳に馴染み、自然と僕のビートが変わる。いつの間にか僕はマリンバの練習を止め、先輩が木琴を叩く姿を見ていた。
僕の視線に気づいた先輩は、不思議そうに僕を見つめた。
「どうしたの?」
「いや、何でもないです」
とっさにそう答えた。少しだけまだらな空気が流れた。
「実は昨日、プロの打楽器奏者を見てきたんです」
「え、羨ましい。どうだった?」
「なんだか、凄く…」
僕は言い淀んだ。昨日の演奏を言葉に表そうとするが、うまい言葉が見つからない。
「音楽って改めていいなと思いました」
「そう。私もコンサート行きたいな」
まだ僕の中には、昨日の演奏の余韻が消えていないのだ。この余韻が、いつまでも消えないで欲しいという思いと等量、消えてもなお残るものを視たいという思いがあった。
僕はマリンバを再び叩き始めた。しかし今叩いている明るい曲調の曲が、今の自分の気持ちには似つかわしくない気がした。しかし先輩がいる傍ら、全く別の曲を叩くのは気が引ける。
僕は叩くのを続行した。腕に伝わる衝撃が心地よく感じて、跳ねるように叩いた。耳に入る音が変化した。
音の変化は僕に、僕自身を外側から見てみたいという思いを起こさせた。
今の僕は、どんな風にこの楽器を叩いているのだろう。叩いている僕をみた人は、どんなことを思うのだろう。
ふと妙な考えも浮かんだ。叩いている僕を見た誰かに、叩いているという印象をあまり強く持ってほしくない。いや、確かに叩いてはいるのだが、もっと奥にあるものを見てほしい。耳に入った音を通して、僕の中に存在する何かを見てほしい。
きっとその時の僕の音は、儚く美しいものであり、またそうであって欲しかった。
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