第8話

 合奏の直前には、打楽器大移動が行われる。

 しかし合奏が始まってしばらくは、打楽器は管楽器のチューニングを聞いている。顧問から管楽器に檄が飛ぶのを、傍観している。

 ホルンパートの誰かがピッチを大きく外した。しびれを切らした顧問がチューニングを中断させ、合奏は一時解散となった。

 不安な箇所があった僕は内心ほくそ笑んでいた。

 両手に二本ずつのマレットを持って、僕はマリンバと格闘した。

 木立のざわめきと言おうか、木霊の囁きと言おうか、その耳障りの良い音たちは、言い得ぬ快感を生みながら、僕の体を貫いた。

 隣で小太鼓の音がした。

 その高く突き抜ける音の中に、野性的なものを見出した。見るまでもなく、その演奏者は辻であると確信した。

 僕は演奏を中断し、腕のストレッチをした。

 同じタイミングで、辻が小太鼓を叩く腕を止めた。

 音の渋滞の中に生まれた僅かな隙間に、僕は緊張した。

 隣で木琴を叩いていた先輩からの視線を感じた。

 「健二くん、一回合わせてみない?」

 僕は、更に高まる緊張感と顔に浮かびそうになるほころびを何とか堪えつつ、頷いた。

 「じゃあ辻君に、前で見てもらおうかな」

 辻はおもむろに、指揮台に置いてあるメトロノームの所へ行き、こちらへ体を向けた。

 「12小説目からね。辻君、お願い」

 辻は「いきます」と一言言い、メトロノームを動かした。

 僕はマリンバを叩く。先輩の木琴の音を包み込むマリンバの音。僕は無心で叩いた。

 「ちょっと待って」

 突如として覆いかぶさる肉声に、僕は狼狽した。演奏を止めたのは辻だった。楽譜を見て確認する。ミスはしていない筈だった。

 「20小説目から、健二の音が硬いな」

 タイミングのずれを指摘されることを懸念していたので、音色への指摘は想定外だった。

 「そうか、ごめん。でもマレットを変えてないから、音色を変えるのは難しくないかな」

 「音色は叩き方によって変わる。健二の動きを見れば、音が硬いことはわかるよ」

 動きから音色を把握する。辻らしくない気障なニュアンスを持つその言葉に、僕は驚いて辻の眼を見た。

 彼はまっすぐに僕の眼を見つめていた。

 僕はその時、今まで辻の眼をはっきりと見た事が無かった事に気が付いた。彼の眼は精悍とし、それでいて美しかった。僕はその言葉に嘘が無い事を悟った。

 「じゃあもう一回やってみよう」

 先輩の言葉に僕は我に返った。再びメトロノームの音が響いた。

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