第4話

 狭義のチャイムが鳴り、名残惜しさを感じながら帰路についた。

 高校への通学には慣れてきた。中学は家から20分圏内にあったので、電車での通学というものに不安と憧れを等量抱いていた。

 いざ始まってみると、電車とはいささか落ち着くものだ。

 単語帳を開いて英単語を頭を叩き込むのを邪魔しない程度に、雑音が場を支配している。いつも自然音を流しながら勉強をしている僕にとっては、電車の走行音と自然音は等価なのだろう。

 電車内の風景も、嫌いではない。

 人々の振る舞いは、独房に閉じ込められた人間ほど、自由でも不自由でもない。程度の差こそあれ、自分を客観視している。

 電車内で、完全に他人の目線を遮断して、自分の世界に引きこもる人間はいない。いつ誰に見られてもいいように、最低限の注意は払うだろう。

 あまり良い趣味とは言えないだろうが、僕はその"造られた人間の機微"を見るのが好きだ。

 いつものように、ドア付近で人間観察を始めると、反対側のドアの手すりにもたれ、車窓から外を眺める男の横顔に目が行った。

 先輩から辻と呼ばれていたあの新入生だった。彼は僕に気が付いていないようだ。

 僕は逡巡した。話しかけようか。

 結局僕はその時、話しかけることはできなかった。時間的に電車内が混んでいる事を自分への言い訳にしたが、本当の理由は別のところにあった。

 きっと今僕が彼に語りかける言葉は、その時の表情は、電車内のどの人間にも勝るほど、不自然に演技じみたものであっただろう。

 僕はヘッドホンをつけ、ドラムのイメージトレーニングをした。辻のドラムの叩き方が脳内でよぎるのを抑える努力をしながら。

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