第3話

 「健二くん、昨日教えた叩き方身についてる。いいね」

 先輩に褒められ気分を良くした僕は、意気揚々とティンパニを叩く。

 ティンパニとは、音程を調節できる特殊な太鼓だ。僕はその特殊な構造と柔らかい音色に魅了された。

 「健二くんは、どうしてパーカスを選んだの?」

 無我のままティンパニを叩き続けていた僕に、先輩が訊いた。

 「シンプルで、難しいからです」

 ふいに口を衝いた言葉自体がシンプルかつ難解であるのに気づいて、気恥ずかしい思いがした。先輩は苦笑していた。

 打楽器は、歴史の長さという尺度で考えれば、あらゆる楽器の中でも一番といっていいのではないだろうか。古代人が、太鼓と歌声というプリミティブな二つの道具で、魂と魂をぶつけ合っていたのが想像できる。

 それでいて打楽器は難しい。ただ棒で何かを叩くという行為を、音楽という巨大なる生命の一部にするのは、並大抵のことではない。

 不意にチャイムの音が聞こえた。ここで言うチャイムは、授業の始まりと終わりを告げるあの音ではなく、楽器名を表す広義のチャイムだ。

 隣で先輩がその大仰な楽器を叩いていた。最高音のティンパニに顔を向ける流れの中で、チャイムを叩く先輩の横顔に視線を向ける。

 ふと心の中で何かが起きた。古代人から受け継がれた人間としての遺伝子を感じた。心臓の拍動を体の動きへ転化させる様を見るのは、思いの外気分が良かった。

 僕はまたティンパニに没頭しようと努力するが、うまくいかなかった。

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