第2話

 黒板に書かれた数字とアルファベットの羅列を見る僕の目は、さぞ虚ろな事だろう。

 化学式という暗号をどうにかコード進行へと復号し、脳内で再生しようとする。きっと音楽室に厳かに佇むあの肖像のモデル達は、そんな芸当を易々とこなすのだろう。

 化学式を強引に音にするのを諦め、流行りの流行歌を心中で歌っていると、チャイムの音が僕の歌唱を遮った。

 黒板係に板書を消される前にと、僕は慌ててノートをとった。本来は理解を進めながら取り組むべきその作業を、僕はあくまで機械的に行いながら、放課後の吹奏楽部への仮入部に思いを馳せた。


 音楽準備室へと向かう僕は、室内から聞こえるドラムの音にたじろいだ。

 そのあまりの技術の高さに、昨日までは微塵も感じなかった緊張が、突如として僕の中に生じた。

 昨日まで打楽器パートで僕をもてなしてくれた二人の先輩の顔を思い浮かべた。けれどそのどちらの人となりを照らし合わせても、今聞こえているドラムの音に似つかわしくない。

 ドラムを叩いているのは男であろうと僕は直感した。

 扉を開けるのに、少しばかりの決心を要した。

 案の定部屋の中には、既に顔なじみである二人の先輩の他に、見知らぬ顔があった。

 その男は、僕に気が付いているのかいないのか、何の反応も示さずにドラムを叩き続けている。

 「辻くん、新入生来たよ」

 辻と呼ばれたその男は、ドラムを叩く手を止め、僕を一瞥した。彼の目は、ドラムの技術に相応する才気を帯びていた。僕はその目の中に、光が宿っているのを確認できなかった。

 「よろしく」

 僕は言ったが、声色は固くなった。

 彼は、殆ど表情を変えずに、よろしくと返した。そしてすぐにまたドラムを叩き始めた。

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