第5話 誘拐幼女
病理診断科は患者と医師が診察をする、という科ではないためなのか受付のような場所が設けてあるわけでもない。どちらかというと医局、と説明した方が良さそうだろうか。その場所はひっそりとあった。
ひっそりしすぎて少し迷いました。
漸く見つけたその場所をノックしようと近づくと中から羽織ちゃんの叫び声が聞こえる。・・・内容はよく分からないけれど、罵倒?
扉に耳を立てて内容を聞いてみると「ヤメロッッッ離せッッッッこの幼児性愛者!!!!」と言う言葉と幼児独特の甲高い叫び声。あまりにも必死。
よく分からんけどロリコンに襲われているってことは理解できたぜ!
「羽織ちゃん!!」
扉を開け放ち中に突入する。一体どんなエロ同人プレイ(※エロ同人でよく見かけるようなプレイの意)を受けているんだ!この小説R指定食らったらどうしてくれるんだ!!
そこで見た光景は、綺麗系のやたら顔面がいい白衣の男性に抱っこされはすはすされている羽織ちゃんの姿だった。
必死にのけぞって彼の腕から抜け出そうとしている羽織ちゃんはたまにスーパーのお菓子売り場で見かける駄々をこねている子供みたいだ。・・・いや、子供なんですが。
はすはすしている男の人は「んー・・・、この匂い。やっぱり他とは違うねぇ。」と恍惚の表情を浮かべている。一体なんなんだこの人は・・・顔面がいいからってなんでも許されてきたタイプの人種なのか?確かにその辺の芸能人と比べてもかなりのイケメンで『国宝級』をつけてもいいかもしれない。身長もさっきの祈里さんと同じくらい高いし・・・いや、祈里さんの方が若干高いかも?
「まひろ!!ぼおーっと見てないで助けてくれ!!」
「はっ・・・ごめん!!あの!その子を離してください!警察呼びますよ!!!」
「ん?あれ、お迎え?この子のお兄さんかな。」
「いや、そうでもないんですけれど・・・とっ、とりあえず!羽織ちゃん嫌がってますから離してください!!!」
男の人はすとん、と羽織ちゃんを床に下ろす。下ろした瞬間すごい勢いで俺の背後に回り込み羽織ちゃんは猫のように威嚇している。
「えっと、奏馬先生、ですか?」
「うん?そうだよ〜いかにも僕が奏馬。奏馬 琹(そうま しおり)だよ。」
ぽや〜っ、とでも擬音がつきそうな程ふわふわした空気を纏わりつかせながら彼は名乗った。
さっきの光景さえ見なければただのゆるふわ天然というイメージしかないのに、どちらかというとこの光景を見ても俺はこの人のことを危険人物にしか思えない・・・ッッ!
「なんで羽織ちゃんのことはすはすしていらしたんですか!」
「売店に行ったらこの子が売店の食べ物全部食べようとしてたから止めただけだよ。でね、その時に抱きかかえたら物凄く懐かしい感覚がして、それで・・・つい。」
「止めてくださったのは本当にありがとうございますなのですが、えっと・・・ロリコンのお方ですか?」
「ロリコ・・・、いや、僕は子供に興奮したりはしないよ。でも、そうだなぁ敢えて言わせてもらおう。好きになった女の子がたまたま幼女だけだった、とね。」
その台詞を吐くと彼は決まったぜ、と言わんばかりのキメ顔をきめていた。・・・うーん、なるほど何故これほどの国宝級イケメンが今の今まで放牧されているのか分かった。彼は残念なイケメンなんだ。しかもかなりの残念度だ。
「ねぇ、君はこの子のお兄さんでないのなら親戚かなにかなのかな。」
「いや、血は繋がってなくて・・・今朝僕の家に迷い込んできたんです。それでこの子の元いた場所を探しているんです。」
「へぇ〜なるほど、優しいんだね。普通だったら警察に預けると思うよ。」
警察に預けたらブーメランのように帰ってきたんですよ・・・、と言うのもあれなので苦笑だけ返した。
「じゃあ、僕にこの子くれない?」
「あはは、くれ・・・あげないですよ!?何言ってるんですか!?」
「でも君の親族じゃないんでしょ〜?ねぇお願いっ!ね?」
彼の紅い瞳がうるうると見つめてくる。でもそんな表情で見つめられても俺には・・・。
ーーふと、その思考が途切れた。なんなんだろうこの感覚は、胸の高鳴りは・・・、くっ、やっぱり人間顔なのか?顔が良ければなんでも許してしまうのは自然の摂理なのか?!そこに男女というのは関係ない、そもそも男女の差など些細な問題でーーッ...
パコッという軽快な音が部屋に響くと同時に、深いジェンダー問題について論じ始めた俺の思考は止まった。
丸めた冊子を奏馬先生の頭に叩きつけたその人物は売店で出会った祈里さんだった。
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