サプライズ
そして俺たちはシュルツ男爵が屋敷を置いているノーマの街に向かう。
徒歩と馬車を組み合わせて五日ほどの旅の後、俺たちの前に街が見えてくる。
ここはこれまで俺たちが活動していた地域と違い、魔物の領域が近いため、街は市壁に囲まれている。街道にも護衛や衛兵をつけて歩いている人が多い。
そして街の周辺には広大な農地が広がっている。
通常街の外には魔物があるため、これほど大きな農地は他ではあまり見ない。
農地の間に点々と存在している台座があり、よく見ると、そこにはごついクロスボウがくくりつけられていた。
確かにクロスボウであれば普通の人でも高威力の矢を放つことが出来る。
とはいえ、いくら武器があるとはいえ魔物が出るかもしれないところで好き好んで働く人はいるのだろうか?
そんなことを思いつつ見ていると、やはりというか暗い顔で働かされている人がいるのが見える。
どこも大変なのだな、と思いつつ俺たちはノーマの街に到着した。
市壁の中に入ると、中は思ったよりも繁栄していた。綺麗な建物が並び、人々は活気に満ちた様子で商売をしている。
「わあ、すごい」
それを見てセレンは楽しそうな声をあげる。
「セレンはこういう街は初めてなのか?」
「そうね……あ、あれかわいい!」
そして近くの店で売っている服やアクセサリーを見て声をあげている。元貴族のエルナは何とも思っていないようだが、リネアは周囲を見て少しだけ表情を動かしている。やはり彼女も本当はこういう風景が羨ましく思えるのだろう。
何か買ってあげたい気持ちもあったが、俺も金持ちではないし、それよりもセレンに先に買おうと思っていたものがある。
そんなことを思いつつ街の中心に向かっていくと、領主の屋敷や商会、ギルドなどより綺麗な建物が増えていき、周囲を歩いている人もきらびやかな服装の割合が増えていく。
セレンはそんな周囲を見渡してしきりに感動していた。
「あれっ、ギルドはあっちだけど」
が、俺たちがギルドを通り過ぎるとセレンが首をかしげる。
「いえ、それよりも先に行くところがあるの」
エルナが答える。
それを聞いてセレンは軽く首をかしげた。
俺たちが向かったのは綺麗な建物が並ぶ中では比較的地味に見える、教会だった。
「え、教会に何の用が?」
セレンが首をかしげる。
別に先に話しても良かったが、俺たちは申し合わせたように誰も口を開かなかった。まあサプライズっぽくした方が楽しいと思ったのだろう。
俺たちが教会の中に入ると、一人の小柄な少女が出迎える。
「いらっしゃいませ。どのような御用でしょうか?」
小柄な体躯の彼女は清楚な修道服に身を包み、かわいらしい顔の上にヴェールを被っているが、そこからきれいな銀髪がこぼれているのが見える。
いかにも純真な少女だが、魔力の量はかなりあるのを感じた。
もしかすると教会の中でもかなりの実力者かもしれない。
するとエルナがごく自然に答える。
「職業を授けて欲しくて」
「はい、分かりました」
神官の少女はにこりと微笑む。
が、それを聞いてセレンは困惑した。
「え、い、一体誰の職業を買うの?」
「あなたの職業よ」
「え!?」
エルナの答えにセレンが驚いた。
俺たちの間で合意がとれていないことに神官少女は若干困惑している。
「一体どうして……」
驚くセレンを見て、俺は数日前の夜の会話を思い出す。
*
「なあ、セレンの職業は本当に盗賊のままでいくのか?」
エルナに尋ねる。するとエルナははっとしたように答える。
「実は私もそれは思っていたの。あのときはそれでもいいと言ったけど、盗賊二人は微妙だし、それにランクが低い人が前衛のままというのは危ないから」
基本的に任務で戦う魔物はパーティーのレベルに合わせた敵になるが、このパーティーはエルナが強いため、必然的に強い魔物と戦うことになる。そうなると前衛職で一番ランクが低いセレンは必然的に苦戦を強いられることになる。
もちろんほぼ無尽蔵に回復することは出来るのだが、負担はかけてしまうだろう。
「でも、今パーティーに足りないのは魔術師だけど、魔術師職を買うにはかなりのお金が必要になるわ」
俺も支援魔術師を買ったから分かるが、基本的に魔術師は高い。
「俺とエルナでお金を出し合えば足りるんじゃないか?」
「え、いいの?」
エルナは驚いたように言う。
「ああ。せっかくパーティーにはいってもらう以上はセレンにもきちんと活躍してほしい」
気持ち的な面を置いておくとしても、職業を買うためのお金は大金だが、実際こうして冒険者としての報酬を得られるようになると、そこまでの金額ではない。
だからセレンに適切な職業を買い与えた方が長期的には収入が増える。
セレンもそう思ってお金を借りてでも職業を買おうとして、怪しいやつらに騙されたのだろう。
「アークイーグル討伐で思ったより稼げたからな」
「ちょっと待って下さい!」
そこに現れたのはリネアだった。
それを見てエルナは後ろめたいことでもないのに少しどきりとした様子を見せる。彼女としては出来るだけ秘密にことを進めたかったに違いない。
「き、聞いていたの!?」
するとリネアはきっぱりとした口調で言う。
「はい。そういうことをするのでしたら私にも出させてください」
「あなたもいいの?」
「当然です。むしろセレンは私の幼馴染なので本来は私が出すのが当然ですから……」
「じゃあ私たち全員で出そう」
「俺もそれがいいと思う」
こうして俺たちはセレンに黙って金を出すことに決めたのだった。
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